チェチェン総合情報

チェチェンニュース Vol.03 No.26 2003.07.06

発行部数:950部

■モスクワ、コンサート会場自爆事件の背景

最近の事件から。モスクワ近郊で、爆弾事件が発生した。NHKなどによれば、7月5日午後2時半ころ、モスクワの北にあるツシノ空港で開かれていたロックコンサート会場の入り口付近で、2度爆発があり、16人が死亡、50人以上が負傷した。会場には当時、2万人の人出があった。ロシア内務省筋は「現場で発見されたパスポートがチェチェン人のものだった」と発表して、この犯行がチェチェン人によるものと示唆しているが、状況は詳しくわかっていない。この日、アメリカに亡命しているチェチェン外務省のアフマドフ外相は、この事件にチェチェン政府は関与していないと声明した。

かいつまんで事件の背景をまとめると、99年からロシア南部で続いている第二次チェチェン戦争は、昨年10月のモスクワ劇場占拠事件以来、ロシアの民間人を巻き込む形で進行している。ただし、チェチェンでは当初から民間人がロシア軍の攻撃のターゲットにされており、すでに10万人が殺されていると言われる。昨年中の死者/行方不明者の数は1,314人にのぼる。この数字は親ロシアのチェチェン政府の発表で、最小限の数字でしかない。

驚くべきことに、ほとんどのチェチェン関係のテロには、ロシア特殊部隊が関与している。同時に、チェチェン側の最強硬派、シャミーリ・バサーエフ野戦司令官も、チェチェンのマスハードフ政権とは別の思惑で、凶行に走ることが多々ある。

この事件がチェチェン側によるものと断定された場合、チェチェンに対する戦争と人権抑圧が強化される公算は高い。これは戦争によって利益を得ているロシア軍部にとって都合がよい。また、バサーエフ司令官は、チェチェンでの自らの立場を強めるために、しばしば確信犯的に凶行を組織するので、ロシア軍とバサーエフの利害は一致している。最後に、ロシアのプーチン大統領は、チェチェン戦争における強硬策によって、国内で権威を得ている。そのため、来春3月の大統領選で再選するには、チェチェンを力で屈服させる必要がある。この事件は、その意味で非常にいいタイミングで起こったといえる。

この事件は、ふたたび、チェチェンの抵抗勢力と、市民への弾圧となって結果を残すだろう。

これまでのチェチェンのテロのパターンについて:
http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/chn/0321.htm

チェチェン戦争の原因について:
http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/chn/0325.htm

■ロシア当局、独立系テレビを強制的に放送停止に

ふたたびロシアでは言論統制が厳しくなっている。6月21日未明、モスクワで放送していた最後の独立系テレビ局、TVSが突然放送を中断した。政府側によると、同局のかかえている負債の返済が滞っているため、このような措置を取ったという。読売新聞によると、この負債は日本円で120億円ほどだが、他の国営局も同程度の負債はあるといい、今回の放送停止は恣意的な報道機関への統制と言っていい。

TVSの社長だったエフゲニー・キセリョフは、2001年4月に内務省特殊部隊に制圧されて経営陣が交代させられたNTV(独立テレビ)から追い出されてTV6に移籍し、TV6が同年12月に強制的に放送を中断させられると、TVSを設立して報道を続け、チェチェン戦争を含むプーチン政権の政策に批判的だった。

ところで、今回のTVSの放送中断後、画面はすぐに別のスポーツ専門局に切り替わったのだが、TV6が突然放送を停止させられたさいにも、同じようにテニスの放送が始まった。翌2002年1月、プーチン大統領のスキーのコーチである、ロシアオリンピック委員会のレオニ−ド・チャガチョフ委員長は、「人々は政治に疲れている。国民や政治家がスポーツを愛好するようになれば、非常にいいことだ」と話した。

国民には、いっこうに進まない改革やチェチェンの現実ではなく、スポーツを見せておけばよい。こういう哲学のもと、ロシア国民は、政府に批判的な視点をもつ最後のテレビメディアを失った。ロシアは、これから来年の春にかけて議会選挙と大統領選挙を迎えつつあり、テレビメディアの掌握は現政権にとって必須である。

読売新聞/露独立系TV全滅、与党人気低迷で報道規制強化:
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20030629i301.htm

チェチェンニュースの近況

チェチェン研究に多忙な日々です。ニュースと並行して、官庁の委託研究の一部を担当しています。さらにチェチェンについての単行本を書いていて、もっとも重要なのですが捗々しくありません。「全部、内容を一緒にして労力を1/3に減らさないか?」という悪魔のささやきが聞こえますが、つとめて無視しています。

忙中閑あり。昨日、ロシア学の一分野を専攻している友人と会って食事をした折、激しくレアな本を譲ってもらいました。フランス人作家の書いた小説「コーカサスの虜」の邦訳。何と太平洋戦争もたけなわの昭和19年刊行。戦中を知る出版人によると、戦争と関係なければ、どんな本を出しても飛ぶように売れた時期とか。なおこの年、チェチェン人はロシア政府によってカザフスタンに強制移住させられています。

プーシキン、トルストイをはじめ、何人ものロシア人作家によって歴史的に競作されている「コーカサスの虜」というテーマは、その時代ごとのロシア人のチェチェン観を代表しているのではないかと思いました。このあたりは整理してみる価値がありそうです。それにしてもフランス人まで書いているとは。

(2003.07.06 大富亮/チェチェンニュース)