子どもに関する事件・事故【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
051206 いじめ自殺 2006.3.26、2006.5.7 2007.1.28 2008.3.22. 2009.3.7 2011.1.19更新
2005/12/6 長野県小県郡丸子町の県立丸子実業高校の高山裕太くん(高1・16)が、自宅で首吊り自殺。
裕太くんは所属するバレーボール部内でのいじめや暴力を訴えていたが、学校は対応策をとらず、校長が約束した加害生徒と校長の謝罪文ももらえなかった。
学校は登校拒否を続ける裕太くんに「このままだと留年になる」と登校を促していた。 
 
遺 書  裕太くんの足元には、B5版レポート用紙4枚に書かれた手紙が残されていた。
(原物は、すべて実名入り)


「お母さんがねたから死にます」


K先輩へ
なんで先輩は平気にばれーしてられるんですか、ぼくはからかわれているときに本当につらかったです。こんな時間でもぼくは寝つけません。


○○先生へ(バレー部監督あて)
ぼくはK先輩にいやがらせをされて、でも先生はみんなぼくが声がでないことわかっているからといっていたのに先輩は、ぼくに声のまねを何回もされて 先生の言葉で安心していたのにそういうことをされ本当に悲しかったです。

先生はぼくに安心して部活できるから心配するなっていっていたのにK先輩に声のいやがらせをされても助けてくれないし、全然電話にも出てくれません。


クラブに対する気持ち
ぼくはK先輩に自分の声のマネを何回もされて死にたいぐらいの気持ちでずっといました。
先輩には声のマネするのをやめて欲しかったけど他の友達が口答えしたときもおこられたので声のマネをするのはやめてと言えませんでした。
その事を考えていたときにぼくは先生がいったひどい言葉によってもう居なくなっていいやと思って出ていってしまいました。
K先輩とはもうバレーをやりたくありません。ぼくの気持ちを本当にわかってください。

2005/9/20  高山裕太

(注:以前、裕太くんが書いたものを母親が他の書類と一緒にしまっていたが、裕太くんが自ら持ち出して、遺書と一緒においてあった)
ノート ノートに裕太くんは、自分の気持ちを書いていた。

2005/9/27 (登校拒否していた裕太くんが、校長に、校長と加害生徒からの「謝罪文」を渡すと約束されて登校した日)
「親が○○先生に電話したとき、ふざけるなバカヤロー」という大声が電話してないぼくにまで聞こえてきました。」
「○○先生も○○先生に電話した次の日に学校に行ってそのことを謝罪してもらおうとおもったけど、先生たちは全々わるいと思ってなかったです。その日にその前の日たのんだ、いじめに対するいじめをした人の謝罪文と、校長先生の謝罪文をもらう約束してあったのにもらえませんでした」

12/5 (亡くなる前日)
「今の気持ちとして、いじめをなくしてもらって、謝罪をしっかりしてもらいたい」
と書いていた。

12/6 (亡くなった当日)
学校にしっかり謝ってほしかった。教頭先生はこういうことあったからぼくとバレー部の一年生が話せる状きょうじゃないっていうけど、ぼくがメールしたら、返さないんじゃなくて、今は話せないとかいうのを返してほしかった。メールを返してくれないとぼくは学校に行づらくなってしまいます。
27日に学校に行ったとき仲がよかった先輩に無視されたとき話しはしなくてもあいさつぐらいならしてくれてもよかったと思った。ぼくは無視されたときかなりつらかった。」
手 紙 2005/11/6 裕太くんは、学校あてに手紙を郵送。

「休んでいた理由
今までぼくは、勉強を学校で受けたかったけれども、担任の先生の言葉やバレー部のK先輩の言葉や○○くんのいじめやバレー部の仲間からのいじめにより恐くて学校に行きたくても行けませんでした。
8月30日に家を出た理由も担任の言葉とバレー部の○○くんと2年生からのいじめを何ヶ月間も受けていたので死にたい気持ちで家を出ました」
メール 2005/11/30付けで、裕太くんはメールを書いていたが、実際には送信されていなかった。

「僕は一年生みんなを信じていたのにどうしてみんな助けてくれなかったの? みんなは今どう思ってる?」

母親が死後、このメールが未送信になっているのを見つけ、1年生部員にメールをしたが、何人もの部員は裕太くんからのメールを受信拒否していた。
経 緯 2005/4/1 裕太くんは、県立丸子実業高校建設工業課に入学。バレー部に所属。

5/30 家出
声帯異常で声がかすれ気味なため、部活動の応援練習や授業中の音読で、みんなの前で読めないと悩んでいた。「嗄声」の診断書を学校に提出。

8/30 再び家出。携帯電話は家に置いてあり、弟あてに「自分の物を使って良い」という置き手紙があった。

8/31 朝6時に警察に捜査願いを提出。

9/5 家出から7日目、母親が東京の上野まで配りに行った写真入りビラがきっかけで、裕太くんが上野署に保護される。

9/7 裕太くんは母親に、部活動で声の出ないのを真似をしてからかう、上級生が下級生に対してハンガーで頭を叩くなどの暴力があったことを打ち明ける。
裕太くんの意思としては、学校で勉強したいこと、いじめがなければバレーボールをしたいことを確認。
教育委員会の働きかけで、母親が学校長と会う。文書による謝罪を要求。

9/10 事前に連絡なく夜の11時頃、校長が高山家を訪れる。家出に関して担任の指導に不適切な点があったこと及び捜索に思いやりが欠けていたという内容の文書を見せる。
しかし、いじめや暴力について一切触れられていないことに納得がいかず、高山さんは再提出を要求。

9/14 母親が全国高体連バレーボール専門部にメール。

9/16 学校で、クラス保護者とバレー部保護者を対象に説明会。
母親が「今回の件での会議ならば、当事者のいないところで話すのは人権侵害」として中止を要請したが、学校側は続行。

9/17 母親が全国高体連バレーボール専門部にメール。

9/18 声の出ない真似をしてからかった先輩部員宅に、母親が電話。

9/26 今井正子県議会議員が、裕太くんに同行して学校に行く。(多忙な議員の都合で、この日になったが、急なことだったため、母親は仕事を休めなかった)
それまで、いじめはなかったとしていた校長は、いじめていた生徒を校長室に呼び、裕太くんの前で注意。謝罪文をもらうことで裕太くんも納得し、仲直りの約束として握手を交わした。

今井議員からは、「学校ではみんな反省しているから」と報告を受けていたが、学校から母親に、そのことについて一切の報告がなかった。
夜、母親が担任教師に電話するがつながらず、バレー部部長に電話する。
部長は裕太くんをすでに部員扱いしていなかった。やり取りの末、部長は「バカヤロー、ふざけんな。さんざん勝手なことしやがって、てめえら」と大声で怒鳴った。

9/27 裕太くんは「学校に行きたくない」と言ったが、今井議員から「今日学校に行かないと謝罪文がもらえないし、約束違反になるので、どうしても学校に行くように」「暴言を吐いた教師には注意してあり、裕太くんに謝罪をすることになっているから」と説得されて登校。
しかし、バレー部部長からはさらに「バカヤロー」と暴言を吐かれ、校長と加害生徒からも約束の謝罪文はもらえなかった。また、以前は裕太くんと仲のよかった3年生のバレーボール部員から廊下で無視された。裕太くんは半日で体調を崩して、早退。
母親が適切な対応を求めて、田中康夫県知事に手紙。

10/8 裕太くんは長野県教育委員会のなかにある「子供支援課」に電話で、いじめと暴行のことを具体的に訴えたが、「事実であれば警察に行くように」と言われる。

10/10 裕太くんが警察に出向いて、被害届を提出。

11/6 学校は、登校拒否を続けている裕太くんに「このままだと欠課になる」「留年になるので登校しなさい」旨を郵送。(学校には、裕太くんの病状によくないので、学校から出席日数についての通知を出さないよう依頼していた)

通知を見て、裕太くんの体調が悪化。病院で療養が必要との診断を受け、学校に送付。
同時に、裕太くんの気持ちを考えてほしいこと、学校の対応を改めてもらいたいこと、謝罪文の要求などをする。

11/9 県教委に、被害者アドバイザー(飯田高校の刺殺事件に対する反省から、長野県で被害者救済のためにできた制度)を要求。返事なし。

11/15 校長から書留で、バレー部内で後輩を指導するために暴力があったとの事実を認め、バレー部員に生徒指導をしたとの報告と裕太くんの登校を促す内容の文書が送られてくる。
(生徒や保護者に確認したところ、生徒指導の事実はなく、部内での反省の空気もないことが判明)

11/20 母親と裕太くんが、バレーボール部での話し合いに参加するために学校に出向く(裕太くんは車内で待機)。監督は、裕太くんを無視したのは教育委員会の指示だと言う。

11/21 母親が学校にあてて、今も裕太くんは部員に無視されており、バレーボール部に反省がないこと、裕太くんの気持ちを理解してほしいこと、安心して学校に行けるようになるため二度といじめが起きない環境にしてほしいこと、学校側が送った書類の欠席理由は不当であり、裕太くんは今、病気で、これ以上、通知を出さないでほしいこと、バレーボール部の監督に裕太くんときちんと話をしてほしい旨を手紙に書いて出す。

11/28 学校から校長名で、「2年生への進級が困難である」「留年になる」という通知が届く。

12/1 丸子警察署に出向き、バレー部全員の取り調べが終わったということで、最終訴状に署名押印をする。

12/2 母親が何度、欠席理由を書いた手紙を送っても学校側の対応が変わらないため、裕太くん自身が学校に行けない理由を書いた文章を学校に送る。

12/4 田中県知事からメールで、誠意をもって話し合いをしたい旨の申し入れがあり、母親は県教委、学校と話し合う。(バレーボール部監督と直接、話したいと申し入れるが、大会出場を理由に拒否される)
学校側は言い訳ばかりで、裕太くんの気持ちやいじめのことには触れない。誠意ある対応は見られなかった。
母親は何度も、いじめのことを先に解決して安心してから登校させたいと訴えた。しかし、学校側は、いじめのことはあとから考えると言って、留年をたてに、12/5から登校することを合意させられる。

12/5 裕太くんが朝、「行きたくない」と言ったために、登校させない。
学校から、登校しないのは約束違反である、登校するようにと強要する電話が入る。
担任教師からも、裕太くんに直接、登校を促す電話が入る。
母親が、マスコミ、複数の県議にメール。
母親と裕太くんは、眠れずに遅くまで起きていた。

12/6 早朝、裕太くんが自殺。
被害者 スポーツが好きで、小学生の時からバレーボールやスキーの選手として活躍していた。

中学2年生頃から、声帯異常で声がかすれ気味で通院していた。本人も気にしていた。
1学期の成績は、トップクラスだった。

バレーボール部の練習については、「全然、厳しくない。平気だ」と言っていた。

家出後、登校を拒否していた。
裕太くんは登校することに極度の恐れと不安を覚えていた。病院で、うつ状態と診断される。

裕太くんは、1年生のバレーボール部員に何回かメールを出していたが、無視されていた。
被害者の親の対応・ほか 2度目に裕太くんが家出をしたとき、母親は写真入りのビラ50枚を作成。裕太くんが東京行きの新幹線に乗ったという情報をつきとめ、1人で東京に行き、上野駅近辺の交番や警察など30件ほどに捜索をお願いした。

裕太くんが家出から帰宅後、母親は子どもが安心して学校に通えるよう、教育委員会や学校長と交渉を続けていた。学校には、いじめを起こらなくするためのいじめに対する人権教育をお願いしていた。

また、バレーボール部員の保護者や議員、いじめ相談窓口の「子供支援課」など、いじめを解消するために、思いつくあらゆるところに相談。(のちにこのことが、PTAなどから、高山さんが学校や部に対する誹謗中傷をばらまいていると非難の対象にされる)

母親は、落ち込む裕太くんに「もしかしたら無視しない仲間もいるかもしれないから何か問いかけてみたら。もし今返事がなければ学校に無理に行かなくてもいいよ」と話していた。
裕太くんは「やっばりみんな返事をくれなかった」と話していた(実際には、このときはメールを出していなかった)。
加害者ほかの対応 裕太くんの生前、母親が同じ1年生部員のS宅に相談の電話をすると、父親から「ばかやろうー、家には二度と電話するな」と怒鳴られた。

裕太くんの葬儀のとき、母親がバレーボール部の1年生部員に、「裕太はみんなを信じていたんですよ。なんで無視したんですか」と問いかけたが、誰も答えなかった。
2年生部員のなかには、ニタニタ笑うものもいた。
いじめ・暴力態様(警察での裕太くんの証言) 10/10 警察に出向いた裕太くんは、被害届けを提出。

『5月21日の休みの日、夕方6時半頃、1年生の部室で1年生全員がK先輩から頭をプラスチック製のハンガーで殴られました。力は思いっきりでピシーッとです。
理由は先輩に対して僕以外の1年生がへんな態度をとっていたので、部活後1年生全員が集められ、その前に2年生が相談していて、1年生が連帯責任として正座させられ頭を全員が思いっきり殴られました。
その理由は、○○くんがふてくされた態度をとりました。K先輩のほかに2年生が3人くらいいた。そこにいたK先輩以外の他の先輩が、「そういう態度をとるなといっておいただろう」と言った。
頭は跡が残るくらいの力で殴られ、頭がじんじんするくらい痛かった。
その場では痛い顔をするとまた先輩に怒られるのでがまんしたが、あとで頭が赤くなっていて、血がにじんだようになっていました。次の日も頭は赤くなっていた。
ハンガーは黒で1年生の部室に落ちていたのを拾って、先輩は立って殴りました。
「次にちゃんとしなければまたやるからな」と先輩が言った。
K先輩以外の先輩たちは外を見ながら見張っていた。K先輩はレギュラーです。
ぼく個人だけ殴られたのではなく、全員がされました。それは自分としては嫌でした。理由もなく暴力され許せないです。
他の1年生も先輩たちがいなくなったあとでふざけんなと言っていた。
自分の気持ちとしては、ハンガーで叩かれたのは強い力で、範疇を超えていて許せません。』
などと話した。

また、
『K先輩に声のことを真似され、いやだと思っています。部活のおわったあととか、普通の時間です。かすれた声の真似をして話しかけます。わざとぼくにかすれた声で話しかけます。馬鹿にしたようにです。いつも急に話しかけますが、部活の終わったあとに、5月くらいからずっとありました。その後は普通に笑って帰ってゆきます。
かすれた声で真似をして僕の名前を呼んだり、他の芸人の真似みたいに僕の声の真似をわざとしたり、ぼくの目の前でやられます。それは、自分の前だけで言ってみたり、他のひとに聞こえるようにと両方あります。
家出したのは、K先輩にいじめられ馬鹿にされるのが嫌で部活に行きたくないなと思ってです。ものまねされなければクラブしたい。
学校にはいじめのことは伝えてあります
と話した。
担任・ほかの対応 8/29 家出の前日、担任教師は、「製図の8月25日の提出締切りに間に合わず、2学期の評定が1だそうだが、どうして間に合わなかったのかね。お母さん悲しむね」と言っていた。
(学校側は、このことを家出した裕太くんの情報を求めるための学級通信に掲載)

8/30 裕太くんが2度目に家出したとき、夜9時頃、帰宅しないのを心配して電話した母親に、担任教師は「朝からいたし、さっきまで文化祭の手伝いで私といた」「心配しないでください」と話した。10時頃、同級生に電話をしたところ、朝から学校に行っていなかったことが判明。担任は前日と勘違いしていたという。

担任はふだんから、「成績で1を取ったら留年になる決まりだが、個人的な方針として私のクラスは自主退学をさせている」と言っていた。

8/31 家出した裕太くんを探す際、担任とバレー部部長が来たが、親が部活動でいじめがあったと言うと、「そんなことをする生徒はいない」「友だちの家にでもいるんでしょう」と笑っていた。

担任教師は、高山さん親子からの電話を無視していた。
担任が電話に出ないので、裕太くんは何度も留守電に「高山ですが、話があるので連絡を下さい」とメッセージを入れていた。しかし、担任からの電話はなかった。
(12/4 県教委、学校と話し合った際、担任は電話を無視した事実を認めた。しかし、そのことを「悪いとは思わない」と言った)

バレーボール部の監督も、高山さん親子の携帯電話からの着信を拒否していた。
(今井議員の前で、高山さん親子が電話して確認)
自殺前の学校の対応 裕太くんが家出した際、教師は心配する母親に、「そのへんで遊んでいる。捜す必要はない」と言った。

学校は、欠課通知書のなかで、8月30日から11月25日までの57日間の主な理由欄に「家出」と書いていた(実際には家出による欠席は7日間のみ)。

学校側は、生徒や保護者たちに、いじめや暴行事件は事実ではないので、裕太くんや母親とは直接接触しないようにと指導していた。

学校は県教委に、12/27の登校について、「裕太君にお母さんから具合が悪いふりをしろと言うメールが来て裕太君が早退した」と報告(事実なし。また、裕太くんは教師に携帯電話を見せていない)。
また、約束していた謝罪文を出さなかった理由を「今井議員がそんなものは出さなくていいと言ったから」とした。
自殺後の学校・ほかの対応 12/7 学校長は記者会見で、「ものまねは6月の1回だけあった。ただのものまねで、いじめとは認識していない」と話した。バレーボール部の先輩部員が1年生部員をハンガーで殴ったことは認めたが、その後、きちんと対応しており、自殺との関連は考えられないとした。

Kをはじめ、1年生への暴行に加わった2年生部員に一切の処分はなく、レギュラーとして試合にも参加。

その後、学校名が丸子修学館高校に変わる。
事故報告書 2006/2/17 「学校事故報告書」を受け取る。
学校や加害生徒に都合のよいことばかりが書かれていた。
PTAほかの対応 2/8 バレーボール部父母会が、記者会見を開く。

上級生部員が下級生をハンガーで叩いたことについて、「いじめをどう定義するかによるが、いじめられた側がそう思うのであれば認めなければならない」としたが、かすれ声の真似をしたことについては、「6月のインターハイ前日の激励会で食事後、3年生の緊張をほぐすために笑わせようと、事前に高山くんを含めて1年3人、2年5人で事前に打ち合わせをしている。高山くんは積極的に参加して楽しんでおり、自分からものまねの特徴を指摘していた。上級生とコンビを組み漫才をしていた。また、この1回だけであったがいじめではない」とした。

さらに、「母親から部活教員や生徒宅に暴言や誹謗中傷のファクスなどがあり、部活動にも影響が出た」とした。
誹謗・中傷 母親のせいで子どもが自殺したと言われる。

裕太くんが母親のサイフから金を盗んだ。そのことを母親から直接聞いたとバレーボール部員の保護者が話す(事実なし)。

高山さん親子を支援していた今井議員に対して、バレーボール部員の父親から、「これ以上、高山さんにかかわると選挙に影響する」との電話が入る。

2006/1/ 匿名の年賀状が届く。
「何故子供が鬱病になったか考えなさい! この病気にかかると誰でも死にたくなる。いじめのせいにしているけど、本当は母親の○○による情緒不安定! 何が「自分は○○○ちゃん」だ! そういう異常な親に育てられたから現実逃避したくなったのでしょう。 今彼はやっと救われたのだから大げさに騒ぐのはやめなさい! 貴方の過去が世間に知れ渡ってますよ!」と書かれていた。
背 景 同校バレーボール部は、2004年の全国大会第2位という強豪チームだった。

丸子実業高校では、暴力やいじめに対しての生活指導は、強制退部と自宅反省が通常。
しかし、今回はそのような指導は行われなかった。

匿名で、バレーボール部顧問の暴力や、自分にたてつく親子への父母会を巻き込んでの嫌がらせ、バレーボール部内での陰湿ないじめが過去にもあったとの告発がある。
要望書 2007/2/3 裕太くんの自殺後、母親は高見澤昭治弁護士を代理人として、高校体育連盟の会長あてに要望書を提出。
1.同校バレーボール部の一定期間の活動自粛と2/12の県大会をはじめとする対外試合への出場停止。
2.暴行およびいじめを行った生徒のバレーボール部からの放遂。
3.バレーボール部における高山裕太および他の部員に対する暴行・いじめを放置し、これを隠蔽した同部の監督・部長・コーチの解任。
刑事告訴 2006/1/10 高見澤弁護士を代理人として遺族が、殺人と名誉棄損事件としての捜査を求めて、県立丸子実業高校の校長を刑事告訴。

2007/10/4 長野地検上田支部が、上級生(19)を家裁送致。校長は「嫌疑なし」として不起訴処分。
裁 判 1 2006/3/10 学校を管理する長野県といじめ・暴行をした生徒と両親、校長に対して、損害賠償を求めて民事裁判を提訴。

陳述書 参照
裁 判 2 2006/10/31 丸子実業バレーボール部の監督とその妻子、部員や保護者を含めた総勢30名が、裕太くんの母親に対して、ありもしないバレー部内でのいじめをでっちあげ悪評をばらまいたあげく、死後も抗議の電話などで監督や部員らに精神的な苦痛を与え、いじめがあったかのごとくマスコミに吹聴して名誉を傷つけたとして、3000万円の損害賠償を求めて、逆提訴
判 決 2009/3/6 長野地裁の近藤ルミ子裁判長は、上級生1人に対して1万円の支払い命令。
上級生がハンガーで裕太くんの頭をたたいたことを「指導の名目であっても人の身体に直接、力を行使することは許されない」としたが、「(高山君が自殺する前の)家出やうつ病発症の原因になったと認める証拠はない」と判断。
上級生の声まねによるからかいは「不法行為に当たらない」とした。

また、うつ病と診断された高山君に登校を促した学校側の対応は「必ずしも自殺の危険性を高める行為とは言い難い」とし、「学校や県教委の監督義務違反があったとはいえない」として、原告の訴えを棄却した。
近藤裁判長は、いじめを明確に認定せず、自殺との因果関係も判断しなかった。

バレーボール部の顧問と部員・保護者30名が裕太くんの母親を逆提訴したことに対しては、
近藤ルミ子裁判長は、高山さんが「平穏な私生活を違法に侵害した」として、顧問ら23人に1人あたり5千円から5万円、計34万円の支払い命令。 
控 訴 2009/3/12 高山さんは控訴。
2009/10/14 高山さんが控訴を取り下げる。1審判決が確定。
裁 判 3 2009/6/ 当時の校長が殺人容疑で告訴されるなどして精神的な苦痛を受けたとして、母親と弁護士を相手取り、600万円の損害賠償と新聞への謝罪広告、ブログへの謝罪文掲載などを求めて提訴。
判 決 2011/1/14 長野地裁上田支部の川口泰司裁判長は原告の社会的評価を低下させ、名誉を傷付けた」として、母親と弁護士に計165万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた。
母親の告訴について、「自殺を予見することは困難で、犯罪の嫌疑をかける客観的な根拠はなかった」と判断。
参考資料 「丸子実業高校生 いじめ自殺事件」ブログ(http://blog.livedoor.jp/yutatakayama/ 、「教育問題の総合サイトCEBc」のサイト http://cebc.jp/2007/10/5毎日新聞 2009/3/7信濃毎日新聞(サイト)、2009/3/7産経新聞(サイト)、2009/3/7毎日新聞地方版(サイト)、2011/1/15読売新聞 ほか



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  いじめ・恐喝・リンチなど生徒間事件 子どもに関する事件・事故 1
  教師と生徒に関する事件 子どもに関する事件・事故 2
  熱中症・プール事故など学校災害 子どもに関する事件・事故 3


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