わたしの雑記帳

2002/1/17 岡崎哲くんの裁判、傍聴報告。裁判官の判断と責任。


昨日(1/26)は、岡崎哲くんの裁判・第一次訴訟(加害者とその両親に対する裁判)の最終弁論だった。
最終弁論と言っても、書類のやりとりだけで終わった。
弁護団の先生の解説では、今回は主張の整理ということで、
1.どういう事件だったのか。被害者である哲くんのほうも悪かったのではないかと言われているが・・・
2.上野医師や寺田看護婦の証言から、死因や暴行態様について
3.遺族の心情やかかった費用など、損害の証明
この3種類の書類を提出したとのことだった。

次回、3月27日(水)午後1時30分から、東京地裁703号法廷で、いよいよ判決が言い渡される。
見通しはどうか?裁判の結果はふたを開けてみるまでわからない。

ただ、今回、哲くんの死因に関して、もっと長い時間を要するかと当初思われていたが、意外にも、上野医師の証言だけで、これ以上論議する必要はないでしょうと裁判長に言われた。被告側からの反証もなかった。上野医師の診断は、少年審判における死因・『ストレス性心筋症』と真っ向から対立する。体質的なものが原因のいわば事故、暴行によって亡くなったわけではないので傷害致死。従って、少年審判の結果は保護観察処分と軽い。少年審判に誤りがあったことは認められるだろうか?

一方で、上野医師の診断を採用するなら、数発軽く殴っただけというH少年の供述に、多くのウソがあったことになる。立ったまま殴っただけではこうならないほどの強い打撃が右下腹部にあったことになる。
少年の供述とも真っ向から対立する。にもかかわらず、裁判官は少年の証人要請を頑ななまでに拒んだ

もうひとつ、気になることがある。ほとんどの裁判では「過失相殺」が問われている。被害者にも過失があったとして、賠償金額から差し引かれる。この事件の場合にはどうなるのか。
事件直後の報道では、哲くんが一方的にH少年に執拗にけんかをしようと迫ったかのように書かれている。H少年もまた、哲くんのほうから「けんかをしよう」と誘われ、仕方なくやったと供述している。
一方、第三次訴訟の中で、教師全員が、哲くんを「問題のない生徒だった」と証言している。友人たちは、哲くんは自分が殴られても殴り返さなかったと言っている。また、H少年の仲間のひとりは、自分がH少年のパシリであったことを、法廷で思わず暴露している。
第一次訴訟の裁判官は当然、土浦での裁判を見てはいないが、その内容は書類として提出されている。裁判長は哲くんをどう判断するか。哲くんのほいから仕掛けてきたという、死人に口なしの一方的な加害少年の言い分を鵜呑みにするかどうか。
もしも、哲くんの過失分を大きく見積もられるようであれば、当然、遺族は納得しないだろう。この裁判は、遺族にとって、子どもの踏みにじられた人権、名誉挽回のための闘いでもあるのだから。

多くの裁判で、すべての決定権は裁判長にあることを私自身、実感してきた。
原告にとって決定的な証言が得られ、原告の勝利を確信していても、その証言そのものを裁判長が信憑性のあるものとして評価しなかったりする。いかにも保身にかられた証言、被告側の言い分を覆すことができず、敗訴することがある。かと思えば、いつも苦虫をかみつぶしたような表情の裁判長が、意外に遺族の心を汲み取った判決を下してくれることもある。おだやかに、原告の主張に頷いて見えた裁判官の判決が被告寄りだったりもする。

裁判では、客観的な事実を重視、証言を重視すると言っても、そこに必ず裁判官の主観が入る。同じ証拠・証言でも、見方が違えば意味は大きく変わる。真っ向から対立する証言のどちらを信じるかは、裁判官の心証による。
そして恐らく、裁判長もまた多くのしがらみを抱えている。今後の出世その他を考えたら、国家権力を批判するような判決が出せるかどうか。

裁判の結果は裁判長が握っている。その責任は大きい。しかし、その責任を国民に問われることはほとんどない。せめて私たちは、それぞれの裁判官の判断をしっかりと見極めたいと思う。
そういうことに気づき初めてから、このサイトの訴訟事例(いじめ裁判事例 体罰・事故その他の裁判事例)でも、わかる範囲で裁判官の名前を記すようにした。民事訴訟とはいえ、多くの人々の人生がかかっていることを忘れないでほしい。国民が、自分の国の司法の世界では正義が行われていると誇りに思える裁判であってほしい。善良なる市民の納得のいく判決を出してほしい。


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