山里紀行  W日本  <第149回> 時間速度

(平成15年9月5日発行の「山林・No1432」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

 最近、各地の山村を歩いていると、何となく山村の疲労が蓄積していると感じることが多い。以前より山村の疲れが増してきているというような感じ、とでも言えばよいのだろうか。
 もちろん、それは、今日の都市にも農村にも感じられることであって、山村だけのことではないのかもしれないし、自信をもって村づくりをすすめている山村の人々もたくさんいる。それなのに、私は、山村は急速に疲れをみせはじめたと感じる。
 もちろん、山村の現状をみれば疲れがたまる原因はいくらでもある。農業は輸入作物との競争に苦しめられているし、林業不振は林家を圧迫しているだけでなく、森林組合などで働く現場の人々の賃金の引き下げをも招いている。山村経済の一本の柱になっていた建設土木の仕事も減少しつづけている。ホテルや旅館は価格競争にさらされているし、観光事業自体が低下傾向である。付加価値の高い加工品の生産をおこなっていたところでは、それ自身の売れ行きが落ちてきている。それに加えて村役場の予算は急激な低下を余儀なくされ、さらに市町村合併の圧力の前に、右往左往せざるをえない村も多い。
 経済的にはすべてが落ち込み、市町村合併の圧力や交付税の減少のなかで、役場も「村の政府」としての機能を果たせなくなっている。
 しかし、それだけが山村の疲労の原因かといえば、それだけではないような気が私にはする。底流にもっと根本的な何かがあるような気が。
 それは、変化していく時間速度に村の暮らしが適応できないことから、きているのではないかとわたしは思っている。つまり、こういうことである。
 たとえば森をみれば、森を変化させるためには必要な時間がある。いうまでもなく、森を人工林に変えるにせよ、逆に天然林に戻すにせよ、最低でも五、六十年の時間は必要であろう。ところが木材をめぐる市場の変化も、人々の森に対して求めているものも、この時間を許さない速さで動いていくから、森の時間も、森にかかわる人の時間も適応できなくなってしまう。
 農業でも同じことが言えるだろう。確かに農業は林業と較べれば、一年単位で作付作物を変えることもできるが、農民がもっている農業観も技術も、そんなに簡単に変えられるものではない。今日の農業は、やっと農民が新しい作物の栽培技術を確立し、その栽培となじんだ生活スタイルをつくりだした頃には、農産物市場自体が変わってしまうのだから、ここでも時間に適応できないという問題がおきてしまう。
 観光業や付加価値の高いものをつくる産業でも同じことで、客のニーズに合わせて宿泊施設を改造したり、新しい生産物をつくりだしたりした頃には、客のニーズも市場も変わってしまうのである。
 おそらくこのような時間の変化速度に対しては、都市の方が適応しやすいだろう。なぜなら都市では労働と生活が分離していて、長い訓練期間を経てはじめて身につくような技術が、必要とされる労働は少ないからである。ところが山村はそうはいかない。働き方と暮らし方は強い相互関係をもっているから、新しい労働を定着させるためには、生活となじませるための時間が必要となる。それに山村ならではの生産物をつくろうとすれば、そのとき要求される技も高度なものになって、短時間で身につけられるようなものではなくなる。さらに、自然との関係を基盤にしておこなわれる労働は、自然自体がそう簡単には変わらない以上、人間の労働だけを一方的に変えてしまうことはできないのである。

 それだけではない。山村の社会はつねに伝統的なものを継承しながらつくられている。自然との関係の伝統、技の伝統、村の伝統的なとらえ方、祭りや伝統芸能、伝統的な信仰。そういったさまざまな伝統を受け継ぎ、再生させながら、村の暮らしも労働も展開している。とすれば、山村では、変化するときにも、たえず伝統との調整をはかりながら変化させていかないと、村自体がこわれることにならないか。
 そういう視点から考えるなら、戦後の山村は、本来必要な時間の変化速度をこえて、急速な変化を試みてきたといえる。その結果、いまでは、その無理が村の疲労としてたまってきた。しかも市町村合併や農協、森林組合の合併圧力などの面からも、現在では村にふさわしい時間速度を無視した、変化速度が強制されている。これでは時間速度に適応できないことから生ずる疲労が、蓄積されないはずはない。
 地域には、その地域を維持するにふさわしい時間速度がある。私たちは、そのことをあまりにも無視しすぎたのである。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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