山里紀行  W日本  <第147回> 民 家

(平成15年7月5日発行の「山林・No1430」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

 かっての日本の社会には、農閑期に農民がつくる工芸品がたくさんあった。焼き物でも、有田や九谷、瀬戸といった有名産地のものとは別に、時間のあるときにその土地の土を使って焼く焼き物が各地にあって、その多くは地域の人々が日常雑器として使用した。ところが、それらは、けっして名工になろうとしてつくったものではないのに、いまみると何ともいえない美しさを備えているものがたくさんある。今日の陶芸作家たちがつくれないような美が、である。
 それは焼き物だけにかぎったものではない。農閑期に織られた紬、編み細工、木工品、……。そんなさまざまな作品が農民たちの手でかってはつくられていた。
 こんな作品のなかに「無事の美」をみいだしたのは、柳宗悦であった。自然との間に無事な関係をつくりだしている人々、自分の営みとの間に無事な関係があることを知り、村の歴史の無事や生きることのなかに無事な世界があることを知っている人々、そんな人々が自然にかもしだしてくる美が、これらの作品のなかにはある
 芸術作品がもっている美でもないし、機能美でもない。その土地で暮らし、その土地で暮らすことの価値と意味を知っている人々の日常の意識がつくりだす美である。
 それと同じものを、農山村の古い民家をみていると感じることがある。それらは、その土地の木や土を使い、大工と建て主、村人が手分けしてつくった家である。作業場としての土間があり、居間にも作業場にもなる囲炉裏のある部屋や縁側がある。その縁側は、客間的な役割を果たすこともある。気のきいた家では奥に客間があり、たいていは納戸を備えている。作業空間、生活空間、客間としてのコミュニケーション空間が境界線を明確にしないままにつながり、全体を土地の木や土、さし込む陽ざしや流れ込む風が包んでいる。
 こんな古い家に、いま私たちはやすらぎを覚えるようになった。つい何十年か前までは前近代的な家という評価さえあったのに、いつの間にか時代は評価を変えはじめた。
 今日では伝統的な民家のかたちを取り入れて設計をする建築家たちも、数多く生まれている。ところが、そんな家をみても、何かが違うと感じることが多い。それは人々の住まい方が違ってきているからで、かっては作業、生活、接客が一体になって展開する空間の無事が家としてつくられていたのに、今日ではそれがなくなっている。作業をとおして家の技術を伝承するというようなことは、今日では求めることもできないし、接客の内容も、地域の人々が仕事の合間にちょっと用を足していく、というようなものではなくなった。だから、太い柱やハリ、土壁などが「建築物」としてみえているだけで、伝統的な民家がもっていた世界が、そこからは消えている。
 さらに述べれば、かっては、地域に開かれ、地域の自然や歴史とともにおこなう無事な営みの空間として家があったからこそ、その家が地元の木でつくられることにも、地元の大工と建て主、村の人々の協働で家をつくっていくことにも意味があった。風土で育った木が用いられ、風土のなかで暮らしつづける人々が家をつくり、その家はまたその風土のなかでの無事な営みを守る空間として、機能しつづけるという連続性がそこにはあったからである。だからこそ古い民家は、さほどの出来のものではなくとも、無事な落ちつきを備えていた。
 ところが古い民家の技術を取り入れてつくられた今日の家は、その落ちつきが、木のつくる落ちつきや土壁のもつ落ちつきに変わっている。とすればそれは、かっての民家とは違って、数奇屋づくりの家の民家風つくり、とでもいったほうがよいことになる。そして数奇屋づくりの家なら、地元材にこだわる必要はなく、むしろ適した木を各地から集めればよいし、建て主と村人、地元の大工が協働でたてる必要もないばかりか、地元の大工にこだわる理由もない。
 もちろん私は、このような家を否定しようと思って、こんなことを書いているわけではない。それは、柳宗悦が「無事の美」をみたものとは違う、焼き物や工芸品でいえば「作家モノ」の方に属すると言いたいだけである。そして「作家モノ」には「作家モノ」のもつよさがあることも、また言うまでもない。
 今日各地で、地元の材を使おう、地元の大工に建ててもらおうという運動が起こっている。私も多少はそれにかかわってうる。だが、何かが足りないと思うことがある。それは民家とは単なる建築物ではなく、その風土のなかで暮らす人々の無事な空間を守るものだということが、消えていると感じるときの思いである。
 民家における木の文化は、風土と結びついた暮らしの文化のなかで受け継がれてきた。それは、木の美しさを取り込むというだけのことはなかった。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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