山里紀行  W日本  <第144回> 林業政策

(平成15年4月5日発行の「山林・No1427」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

 十年ほど前、大型台風が日本を縦断したことがあった。森林は各地で大きな被害をだした。
 その直後に私はある林業地を訪れた。三十年生から五十年生くらいの杉林を中心にして、ここでも山の木がなぎ倒されていた。その様子をみながら、村人たちは途方に暮れていた。倒木処理だけでも、どれだけの労働力が必要になるのか。森を再生させる力が、自分たちの地域に残っているのか。そんな思いが、地域の人々になかにひろがっていた。みているだけでも気の毒な光景。私は早々この村を立ち去ろうと思った。
 そのとき、一人の林業家と出合った。彼もまたこの地域を襲った惨状を説明した。しかし、その説明をしながらも、彼の表情は複雑だった。というのは、彼が所有している森林は、台風の被害からまぬがれていたのである。風は、不思議なことに彼の森をさけて走った。当然林業経営者としては、いろいろな気持ちが芽生えてくる。これほどの倒木被害をだしたのだから、何年か後には出荷量が減って木材価格が上昇するかもしれない。もしもそうなれば、一人の林業経営者としては、台風は偶然の有利さをもたらしたことになる。ところが、そうも言っていられない。この出来事によって地域の林業が衰退していけば、産地としての地位も、林業労働力も低下していくだろう。それは自分の林業基盤もゆるがすことになる。つまり短期的には有利な条件が生まれたような、中・長期的にはより深刻な事態を迎えたような、複雑な気持ちが芽生えるのである。そのうえに、同じ地域に暮らす者としての、他の林業家たちへの思いもある。
 この話を聞きながら、私は、林業とは何なのだろうかとあらためて考えていた。林業が純粋な産業であるなら、他の経営者が災害によって脱落することは、経営者としては好ましいことである。たとえば数年前に、台湾で大きな地震があり、台湾の半導体工場が倒壊したことがあったけれど、このとき世界の半導体価格が急騰し、他の半導体製造企業は大きな利益をあげている。産業とはそういうものである。
 ところが林業はそうはいかない。半導体工場のような自己完結性をもっていないのである。ここでは地域という課題がつねにつきまとう。
 ごく一部の林業経営体を除けば、林業は地域の労働力に依存している。必要な労働力が、植栽、下刈り、間伐、伐出などの時期に集中する以上、限られた森林面積で常勤雇用することはむずかしく、その結果森林組合の作業班や地域の請負会社がその役割をはたしてきた。そこから、地域林業が力をもっていないと、個々の経営体の林業もうまくいかないという関係が生まれる。とともに地域の林業意欲が低下すると、林業に従事すること自体の労働に対する誇りを低下させ、働く人々の気持ちを圧迫する。その点では林業は、地域あっての林業なのであり、近代産業のように地域から離れて市場とのみ結びつくのはむずかしい。いわば個別経営体だけで自立することが困難なのである。
 そのうえに林業には時間の長さが必要になる。それは市場経済が想定しえない長時間を必要とするばかりでなく、近代産業のような資本投下が利潤に結びつく構造を、この時間の長さが破壊しているのである。だから林業では、長い時間をかけて資産を形成し、その資産を売却しながら資金をえる、というかたちをとらざるをえなくなる。もちろんこの問題を解決する方法としては、法正林づくりという理論があったのだけれど、それはあくまで順次的な資産形成と、順次的な資産売却を可能にしていこうということにすぎないのであって、近代産業における資本投下の理論とは違うのである。そして、この資産形成の過程に地域のあり方が関与する。ここに成立したのが日本型の林業なのであり、それは欧米型の林業会社がおこなっている林業経営とは異なる。とすると、林業を近代産業化していく困難さは、時間の長さ以上に、地域の影響を受けながら長い時間をかけて資産形成をする、という日本型林業の過程そのものにあるのではなかろうか。
 そして、そうであるとするなら、林業政策は産業政策としてではなく、地域政策のなかで考えるべきものだという気がする。その地域を安定的に維持していくためには、山村はどんな森林管理や、林業の持続が必要なのかを考えることが課題になる。逆から述べれば、しっかりとした地域政策のなかで林業を考えていかない限り、林業の持続も困難になっていくのではないだろうか。
 思い出してみると、台風に襲われた山村で複雑な表情をしていた一人の林業家の姿は、このことを物語っていたような気がする。最近の私はそう考えている。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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