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山里紀行 W日本 <第138回>
ある途惑い
(平成14年10月5日発行の「山林・No1421」より転載)
内山
節
(哲学者)
「自分の考え方が、そのまま仕事に反映していく」。上野村に暮らす皆子さんは、農業とはそういう仕事だという。高齢になって他の仕事をしなくなったために、専業農家にカウントされた統計上の専業農家を別にすれば、皆子さんの家は、いまでは上野村唯一の専業農家である。プラムを栽培し、多品種の茸をつくっている。かっての主要農産物である蒟蒻がたちゆかなくなってからは、果樹と茸を中心にして農業を展開してきた。
息子が跡取りとして農業に加わっているから、皆子さんの家はにぎやかである。いまは四世代住宅で、夏には東南アジアから農業を学びにきた人たちが、泊まり込みで研修を受けたりしている。「山間地の農業を知っていれば、国に帰ったとき役立つだろう」と、毎年研修生を受け入れてきた。
農業は悪くない仕事だと言う。確かに命ぜられることはない。自分の考え方や工夫がすべてである。自分で調べ、研究をし、意のままに働く。それだけで暮らしていけるのだから、と。もちろん苦労もあるけれど、それを補ってありあまるほどの自由と自在さがある。
確かに農業は不思議な産業である。農業では十分な所得はあげられないというのも事実なら、農業は工夫次第で暮らしていける、というのも事実である。このふたつの考え方が並存し、農民たちの考え方も分かれる。そして、実際、工夫次第で暮らしていけると考える農民は、農業で暮らしているのである。農業という仕事は悪くない、と考えながら。
おそらく、それが可能なのは、農業は比較的短期間で転作ができ、作物の品種も質も多様だからなのではないかと思う。工夫次第でつくる作物を変えていくこともできる。同じ作物でも品種を選ぶことができる。つくり方で、味も安全性も変わる。もちろん、それを収入につなげるには流通の確立といった課題もあるけれど、農家が一度消費者や市場から得た信用は、案外強いものである。
そんな視点にたってみると、水田がなく、稲作に縛られることのない皆子さんの農業は、有利さももっているのかもしれない。自分たちの自由な発想で、すべてを組み立てることができるのだから。
皆子さんのような専業農家のものではなくても、私は山村の畑をみるのが好きだ。どこの畑でも、実に多品種の作物が栽培されていて、その家の人たちの農業に対する考え方までが推測できる。ソバをこんなに作っているのはなぜだろうか、とか、これだけあれば冬のネギに事欠くことはないだろう、とか考えながら、私は他人の畑の横を通り過ぎる。
そして、私の畑もまたにぎやかである。夏には約三百キロのジャガイモを収穫した。その作付面積をみて、村人は「友人にあげる気なのだろう」と推測する。少しずつ植えてあるナス、キュウリ、ピーマン、トマト、シシトウ、インゲン、トウガラシ、ネギ。それらが自家用であることはすぐにわかる。その横では大豆が実をふくらませ、小豆も実をつけはじめている。大根、白菜、蕪、野沢菜、……。
専業農家には専業農家としての工夫と努力があり、私のような「農民」にもまた、それなりの工夫がある。それが畑の表情をみる者に伝わってくる。
もしかすると、林業がもっていないのは、この自在さなのかもしれない。だから、今日のように、木材価格が低迷してしまうと、工夫の余地のない人工林がひろがってしまう。
もちろん、一面では、それは林業がもっている宿命である。一年を単位として収穫する農業とは違って、林業は植え付けから収穫までに、五十年以上の年月を必要とする。農業のよう小回りは林業にはない。
しかし、それが林業の宿命であるのなら、林業にふさわしい工夫の仕方があるのではないかという気もする。といっても、もちろんその方法は私にもわからない。それは、さまざまな樹種を育てておくことかもしれないし、多様な品種の木を育てることかもしれない。植栽した人工林と、天然更新とを組み合わせて、造林コストを多様化することかもしれないし、それらを組み合わせるだけでは不十分なのかもしれない。
はっきりしていることは、日本中に一斉に同じ木を植え、同じような造林法を導入してしまったことが、それぞれの林家の工夫の余地を奪ってしまっていることであろう。そして、その問題点がみえはじめた時代になっても、林業とはこういうものだという固定観念から、多くの林業関係者が抜け出せないでいることであろう。考えてみれば、専業林家も兼業林家も、兼業にさえならない零細の山持ちも、同じ林業を促されるというのは、異常なのである。農業なら、それぞれのやり方は違うはずなのに。
林業の自在さを取り戻すためにはどうしたらよいのか。現在の私は、そのことに途惑っている。
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