山里紀行  W日本  <第137回> 新しい課題

(平成14年9月5日発行の「山林・No1420」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

 山の頂き近くまでつくられた人工林をみていると、よくも植えられたものだと感心してしまう。伐採、地ごしらえ、苗木を運び上げるだけでもたいへんだったはずだ。山奥に造林小屋を造って、そこに寝泊まりしながら木を植えていったところも、各地に存在している。
 私の上野村では、広い面積の人工造林がはじまったのは、一九五〇年代後半の、昭和三十年代に入ってからである。特に一九五〇年代も終わりに近づいて、炭焼きが下火になり炭焼きの人々の離村というかたちで、村の過疎化がはじまったころから、人工林づくりは拡がった。村を去っていく人々を横見にみながら、当時の人々は苗木を植えつづけた。二、三ヘクタールも苗木を植えておけば、四、五十年後には、都会のサラリーマンの退職金よりも大きな収入が得られる、といわれていた時代である。
 実際、村に残った若者は、そのことに希望をいだきながら、山に木を植えた。もっとも上野村では、比較的早く、人工林を増やしつづけることに疑問をいだいた人々が多くて、そのことが七割近い天然林を残すことになったのだが、過疎化しはじめた山村に残った人々が、将来の希望を人工林づくりに託したこと自体は、全国の山村に共通する動きだったといってもよい。そんな気持ちがなければ、山奥の頂き近くまで木を植えていく気力は持続できなかったことだろう。
 その人たちの気持ちを、今日の木材価格は裏切った。市場経済が、その人たちの気持ちを足蹴にした。といったほうがよいかもしれない。
 そして、それ以上につらいことは、いま私たちが、別の視点からも、かっての人工林づくりのある部分を、批判せざるをえない立場に立たされていることである。
 なぜスギやヒノキが良好に育たない場所にまで、人工林をつくったのか。なぜ、その後の手入れができないような人工林をつくったのか。私も、一部の人工林は、将来は天然林に戻したほうがよいと考えている。不適地造林の存在することは否定のしようもない。それに、森は人間だけのものではなく、そこに暮らすさまざまな生き物たちのものでもある。
 と言っても、そう述べるときの気持ちは楽しいものではない。なぜなら、都市化していく戦後の日本の社会変化のなかで、最後の希望を人工林づくりに託しながら、山に木を植えていった人々の気持ちを、私たちは知っているのだから。森の現実に対する批判はあっても、その人たちの気持ちを批判するようなことはしたくない。夢が市場経済に打ち砕かれた人々に、さらに追い打ちをかけるような真似はしたくない。
 そういう気持ちがあるから、これまで多くの人々は、国有林のあり方に対しては批判をしても、民有林に対してはあまり発言しない、という立場をとってきた。自分の山に木を植えてきた人々の気持ちを考えると、私有林に対しては発言しにくかったのである。あるいは私有林に対して発言するときには、不在村地主の森の問題や間伐の遅れを問題にするだけで、それ以上の事は言いにくかった。
 しかし、現在では、そのようなアイマイな態度はとれなくなってきている。市場経済を前提にしたかたちでは、林業も、林業を基盤にした森林管理も、未来の可能性がみえなくなっている。ごく一部の優良林家はまだしも、大多数の山持ちにとっては、いまでは、林業は幻の産業になったといってもよい。
 しかし、どのような状況下にあっても、森林管理が必要なことに変わりはない。それを可能にする方法を、私たちは考えださなければならない。その方法のひとつに、木材の有効利用を高める努力があることは確かだろう。発電をふくめて木の燃料的な利用を促進すること、部材の規格化によってもっと木を利用しやすいものにすること。そのような努力が必要なことは間違いないだろう。だが、その努力だけで十分な森林管理ができるとも思えない。森は自然と人間の共有財産であるという視点にたった、社会的な森林管理の方法を考えださなければいけないところに、現在の私たちは立たされているのではないか。実際、だからこそ、コモンズ論がいろいろな分野で議論され、森林所有権とは何かを考え直そうという機運が高まっているのである。
 それは、いままでの延長線で、私的所有、林業、森林管理を考えていたのでは、どうにもならない時代がはじまっていることを意味している。そして、新しい転換をはかるためには、とりわけ戦後の、私的所有、林業、森林管理の結びつきが、どのような役割をはたし、どのような問題点をもつくったのかを、検証しなおす必要が生じている。
 こうして、現在の私たちは、過疎化する山村に残り、造林に希望を託した人々の努力を検証しなおすという、つらい作業をしなければならなくなった。たとえ、森とともに暮らした人々は、この苦しさを突破してくれるだろうことに、期待をいだいているとしても。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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