山里紀行  W日本  <第131回> 国と地方

(平成14年3月5日発行の「山林・No1414」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

国有林と林野庁が、日本の社会から消えていく。最近の私はそんな気持ちをいだいている。
 もちろん、七六〇万haにのぼる国有林は、現在も存在しつづけているし、いま国有林や林野庁を解体、解消しようとする動きがあるわけではない。その点では、国有林も林野庁も健在である。それなのに、何となく消えゆくものを感じている。
 それは各地を歩いていると、山村の人々の意識のなかから、国有林や林野庁が、急速に存在感を失ってきていることに気づくからである。存在感を失っているというより、意識のなかから消えかかっている、といったほうがよいかもしれない。その急速な変わりようは、唖然とするほどである。
 かって国有林の周囲で働いていた多くの人たちが、いまではほとんどいなくなっている。特別な山村を除けば、林業が村の産業政策のなかに入らなくなっている。そういうことも、国有林や林野庁の存在感を薄くしているのだろう。しかし原因は、それだけではない気がする。背後に日本の社会の大きな構造変化が、人々の意識のなかで起こっているような気が。
 それは、たとえばこういうことである。昨年林野庁は、国有林にならって、民有林のゾーニングを促した。水土保全林、人と森の共生林、循環的利用林のゾーニングである。都道府県は、現在、その結果をまとめつつある。ところがこのゾーニングの方針が下ろされたとき、多くの山村でも、また森林に関わる人々の間でも、このゾーニングが適切か不適切かといった議論は、ほとんどのところで全く起こることなく、はっきり言ってしまえば、何の関心を示そうとはしなかったのである。書類をつくらなければならない人々が、きわめて事務的に、この仕事に当たっただけであった。
 その様子をみていて、私は、旧来の国と地方の関係が、人々の意識のなかから、意味を失いつつあるのではないかと感じた。というのは、国からみれば、国と地方の関係でも、その地方に住む人々は、この関係を、いまでは国と自治の関係としてとらえ直しはじめているのである。この意識は山村に行けば行くほど強く、村人は村の行政に、村の自治をおこなう機関としての役割を強く求めはじめている。この村の自治をすすめるために、国からの補助金なども利用すべきなのだ、と。
 そういう意識が強くなってきているところに、国からの民有林ゾーニングの方針が下ろされた。しかもそれは国有林にならって民有林をゾーニングするものであった。人々は、国がまた国の方針で、地域の森を図式化しようとしているのだと感じた。つまり、今日の自治意識の高まりからすれば、それは無視してしまえばいいものだったのである。国が地方に方針を下ろすということ自体が、地方分権を無視した発送のように思われていた。
 この気運は、森林にかぎらず、さまざまな領域で高まっているような気がする。なぜなら今日の山村は、これからは国が山村の面倒をみようとはせず、次第に国から切り捨てられていくだろうと感じているからである。交付税交付金も減らされる方向にある。費用対効果が重視されれば、山村の社会基盤整備は推進できなくなるだろう。つまり、農業も林業も、村の二次産業も観光業もゆきづまっている時代背景のなかで、これからは村は自分の力で自立しろと国は言っているように、今日の山村の人々は感じている。
 この動きに対する対抗意識が、国と地方の関係という意識を急速に弱め、それを国と自治の関係として組み立て直す意識を、高めさせているのではないか。だから、地域の自治にかかわってこない国有林が、意識のなかから消えようとし、国の林業、森林政策の枠内で民有林をみようとする林野庁、を感じるとき、林野庁の存在感も薄れていった。
 私には、今日の山村には、このような動きが生まれている、としか思えない。
 少し前までは、林業や森林を守っていこうと考える村の人たちは、林野庁はもっと頑張れという話をしたものだった。そこには、批判をしながらも、自分たちの代表として林野庁を認めている意識があった。ところが、今日の林業や森林を守ろうとしている村の人たちのなかに入っていくと、もらえる補助金はもらおう、というドライな意識が林野庁に対してあるだけで、これからの林業のあり方や森の守り方を模索している村に行けば行くほど、国の林野行政とどうつき合わせるかは、どうでもよくなってきているのである。むしろ、自分たちの自治の論理で、森林をとらえ直そうとする雰囲気のほうが拡がってきている。
 それは、明治以降の国と地方の関係が変わっていく序章なのか。それとも追いつめられた山村の現実が生みだしたものなのか。現状はまだ、モヤモヤとしていて、正体をつかめない。何かが変わりつつある、というだけである。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
 なお「山林」のバックナンバー及び新刊は大日本山林会にお申し込み 頂けば入手が可能です。定価400円。詳細は大日本山林会
(пE03-3587-2551:Fax・03-3587-2553:振替口座・00190-8-5792)迄お問い合わせください。
 

山里紀行・目次へ     山里紀行・‘02年4月号へ     山里紀行・‘02年2月号