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山里紀行 W日本 <第130回>
半商品
(平成14年2月5日発行の「山林・No1413」より転載)
内山
節
(哲学者)
冬の上野村は静かである。、十一月に入って狩猟が解禁になると、それまで里に降りていた猪や鹿たちは山奥に逃げる。夜中に我が家の庭を歩いていた猪も、料がはじまってからは姿をみせない。鹿の声が部屋のなかに響くこともなくなった。
もっとも、猟の対象にならないテンや狸は、冬になっても大胆なものである。狸は、上野村では、二、三年前に伝染病がひろがって姿を消した。まるで全滅したかのようであった。ところが、昨秋から若い狸が姿をみせている。私の家の近くだけで三匹、そのうちの一匹は、我が家の縁の下に出入りしている。そこにネグラがあるのかどうかは判らないが、夜中に縁の下で狸がケンカをしている声がするところをみると、もう一匹、我が家の縁の下を狙っている狸がいるのかもしれない。
一時、死に絶えたかにみえた狸は、再び王国を築きはじめているようである。
自然は、その時々の変化にさらされながらも、永遠の営みをつづけている。人間が、彼らの暮らす世界を破壊しつくさないかぎり。山を埋めつくす木々も、木材価格がどうなろうとも、そんなことに関係なく成長しつづけている。そして冬の山の景色をつくりだす。静けさのなかにすべてが飲みこまれていくような、冬の山の景色を。
そんな冬の山の景色をみていると、私は再び、林業とは何なのだろうかと迷いはじめる。林業とは木材を生産することなのか。それとも森を守ることなのか。
それは、あまりにも初歩的な問いだと笑われるかもしれない。林業は森を育て、木を生産する。木材を生産することと、森を守ることとの、調和をはかってきた人間たちの行いが林業である。模範解答は、とうの昔に用意されている。
しかし私は、この冬の山の景色をみていると、あらためて、この問いを発したい気持ちになってくる。いま私がみている森は、商品ではない森だ。たとえ人間によって植えられ、手が加えられている森だったとしても、木は自分が商品であることなど関係なく成長し、森をつくろうとしている。その森のなかで動物たちが暮らし、茸が顔を出す。私たちが森と呼んでいるものは、こういう森である。そしてこの森は、人間の労働が加えられることによって、よりたくましく、多様な生物の暮らす森になっていく。
この労働を林業というのなら、林業は森を守り、つくる仕事である。
ところが、木材の生産が林業だということになると、私たちは、たちまち市場経済の現実に引き戻される。しかもその市場経済は、良い悪いは別として、現実には、国際市場として成立しているし、集成材、合板といった加工技術や木材代替商品と競合し、流通や工務店、建築メーカー、ユーザーなどの傾向に影響されつづける。ここでは市場経済の仕組みが主導権を握っている。
もちろん私たちは、この構造を少しでも変えようとして、国産材や近場の木を使う運動をしたり、木の文化を伝えようとしている。それは、文化を提案することによって、市場経済だけで律したくない木と森の世界と、人間を結ぼうとする試みである。 とすると、ここで扱われている木材は、「半製品」ということにはならないだろうか。「半製品」とは、経済社会学者の渡植彦太郎さんが唱えていた概念で、商品として流通してはいるけれど、商品経済の論理だけでは動いていかないもの、つまり、文化とか経済的なものだけではない価値に支えられて動くものを、さす概念である。 この視点を導入するなら、今日の私たちは、日本の木材を、純粋な商品としてではなく、「半商品」として生産し、流通させようと試みていることにはならないか。そのことによって、日本の林業を守ろうとしている。
そして、もしそうだとするなら、林業をとおしてつくっている森は、木材という商品をつくる森でなく、さまざまな文化や価値意識に支えられた「半商品」としての森、でなければならなくなる。それなら、その「半商品」としての森をつくる林業とは、どうあったらよいのか。こんなふうに考えていくとき、私はあらためて、林業とは森を守る仕事なのか、木材を生産する仕事なのかと問いかけたくなる。なぜなら、森を守ることを第一義にした労働から生まれた木材だからこそ、人々は、その木材に、純粋商品とは違う価値をみいだしているのだから。
すなわち私には、木材生産をとおして森づくりをすることと、森づくりをとおして、木材生産をすることとの相違を、明確にしなければいけない時代が、そろそろ来ているような気がするのである。それを計画の上でも、技術的にも明確にしないと、林業を支える社会はつくれないのではないか、と。
静かな冬の山をみながら、今年の私は迷いはじめている。
大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に
掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。
感謝申し上げます。 なお「山林」のバックナンバー及び新刊は大日本山林会にお申し込み
頂けば入手が可能です。定価400円。詳細は大日本山林会 (пE03-3587-2551:Fax・03-3587-2553:振替口座・00190-8-5792)迄お問い合わせください。
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