山里紀行  W日本  <第128回> 木の三輪車

(平成13年12月5日発行の「山林・No1411」より転載)

内山(たかし)  (哲学者)

  

上野村の郷土玩具館の一画に、「遊びの文化」というコーナーが設けられている。それは山里文化祭の企画のひとつで、昭和二十年代から三十年代頃の子供たちが使った遊び道具がそこに展示されている。ほとんどの物は、昔の記憶をたよりにして村の人たちが復元した。
 クギッチョ。これは木の枝にとまる小鳥を獲るワナである。枝に粟などの穂をしばりつけておき、その実を小鳥がついばもうとすると、まるでギロチンの刃のようにパチンと横枝が落ちて、小鳥の首の骨が折れるようにつくられている。とてもではないが、実演してみせるわけにはいかない。時代は変わった。人々の価値観も変わった。ほんの四十年ほど前までは、そうやって子供たちが獲った小鳥は、貴重な肉として食卓にのぼっていたのだけれど。
 訪れた人たちは、少し前の子供たちがもっていた技に驚いている。ズングリは木製のコマである。米ゴマのようにヒモで回し戦わせた。ヒノキの枝の芯の赤いところをナタで削って作った。
 見学者たちが感心する物のひとつに、木製の三輪車がある。片足で地面を蹴りながら進むスクーターと呼ばれた物を木で作ったと思ってもらえばよい。三つの車輪もハンドルの部分も、もちろん車軸もすべて子供たちが自分で木で作った。金属は全く使われていない。当然適した木が使われていないと、車輪や車軸などはすぐ割れてしまう。
 それは山の中腹の集落に暮らす子供たちにとっては、必需品でもあった。朝学校に行くとき、これを使って、いっきに山を駆け降りたのである。帰りはハンドルにつけたヒモを持って、引きながら家に帰った。帰宅は時間に追われることはなくても、忙しい朝には、便利な乗り物であったらしい。
 「遊びの文化」では、そういったものをいくつも展示しながら、子供たちが少し前までは、自分たちの暮らしの文化をもっていたことを、そしてその暮らしの文化は、子供たちの技や自然についての知識から生みだされていたことを、伝えようとしている。
 展示品は、見学にきた子供たちが自由に使うことを許されているから、休日などはけっこう賑やかである。ときには、ズングリの作り方を子供たちに教えたりもしている。子供たちが、真剣な顔をしてナタを手にする。
 今年の上野村の気象は、けっして順調ではなかった。乾燥した暑い七月を過ぎると、大雨を繰り返した寒い八月が待っていた。そして、そのまま、村は秋に入っていた。秋の畑では大豆がほとんど結実していない。村中不作である。秋野菜も白菜の出来があやしくなってきている。松茸は最近経験したことがないほどに不作だった。茸は松茸にかぎらず出が悪く、九月の終わりに早くもナメコが出ていたのには驚かされた。自然の世界は、年を追うごとに、おかしくなってきている。山の木々も、いつ紅葉したらよいのかわからず、戸惑っていた。
 だから、山里文化祭は、根本的な何かが崩れかかっていると感じながら、だからこそ主催者である「おてんまの会」のメンバーたちは、四月から十二月まで頑張りつづけてきたのである。放っておけば、何もかもがこわれ、消えていきそうな山村の現実がある。その現実がわかっているから、「おてんまの会」のメンバーたちは、自分たちは何ができるのかと問いかけ、誇り高き山里の文化を継承することに、活路をみいだそうとした。
 十月十四日に村の運動会があった。こんな行事も、私たちは山里文化祭の彩のひとつと位置づけている。運動会は、村にある十二の区の対抗戦のかたちでおこなわれる。小さな方に属する区が健闘した。当然なのである。たとえばリレーの第一走者は区長、つづいて第二走者は伍長(集落の代表)から、と決まっている。そうすると、大きな区ほど高齢者の数が多いから、どうしても区長や伍長の年齢が高くなるのである。六十代の区長と八十代の区長では、リレーの走者としては差が出るのは仕方ない。
 Iターンの人たちの活躍も目立った。どこの区でも、多くのIターン者を前面に出してきた。勝つには若い人の力を借りるしかない。
 ここでも、子供たちの競技は人気がある。未来の村を守ってもらわなければならないのだから。
 こうやって、みんなの力を出しあっていると、村はまだまだ大丈夫だという気持ちになってくる。そして、だから村の運動会も、山里文化祭と結ばれているのである。
 私の暮らす須郷集落の辺りでは、二、三年前に伝染病がひろがって絶滅したかにみえた狸が、また姿をみせるようになった。毛が抜けて、弱っていく狸の姿をみていた村人たちは喜んだ。狸は、しぶとく生き抜くことに成功していた。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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