山里紀行  W日本  <第126回> ある林業家

(平成13年10月5日発行の「山林・No1409」より転載)

内山(たかし)  (哲学者)

  

堀川さんは痩せている。中学を出てから、五十代になる今日まで、民間の林業の現場で 生きてきた。上野村の中腹にある二軒しかない集落に暮らしている。
「かって、中学を出て山に木を植えておけば、 みんなが定年を迎える頃には、サラリーマンの退職金よりもずっといいお金を得ることができる、 といわれた時代もあったのですが」
 そこまで言って、堀川さんは恥ずかしそうに笑った。もちろん、 林業をつづけたことが恥ずかしかったのではない。自分が林業の道に入った動機が、お金が入ることであるかのごとく 説明したことが、ちょっと恥ずかしかったのである。
「やめましょう。昔の林業の話は。そんなことより、 これからの林業の話をしなければ」
 自問自答するようにそう言って、堀川さんはつづけた。
「林業は社会のための 仕事だと思うんです。保水機能、炭酸ガスの固定化、温暖化防止…。そういうことへの社会貢献。自分の利益のために 林業をする時代は終わったと思うんです。正確には、はじめから利益のためだけではなかった。 森の魅力に引っ張り込まれたんです」
 堀川さんは、森の魅力について説明しなければならない、と思ったらしく、 それにふさわしい言葉を探していた。
「屋久島まで出かけました。林業にたずさわる者として、 あの島はみてみなければいけないと思って。屋久杉は千年を超えた杉をいうんです。それまでは小杉と呼ばれる。 千歳になって一人前。そういう世界があるんです。千年以上たった杉を、人間が大事に使わせてもらう。 この辺りでは千年というわけにはいかないけれど、同じような気持ちになれる。何百年も育てて、その木の価値を もっとも引きだせるかたちで利用させてもらう。夢を追いつづけられる何かが、林業にはある」
 その代わり、 生活は大変だったんでしょうね、という雰囲気が、聞いていた人たちの間に流れた。堀川さんはその雰囲気を感じとった らしい。
「生活に困ったとか、生活が大変だとか思ったことは一度もないですね。ぜいたくはできないかもしれないが、 生活はいつも十分だった。都会のサラリーマンの方が大変なんじゃないですか。お金のことが頭から離れない生活を しているんだから。私たちは、お金のことなんか、考えなくたって、暮らしていけますからね。林業には、 そんなものはどうでもいいと思わせてくれる魅力がある。その上、村で暮らしていくには十分な収入もある」
 それから、 堀川さんはちょっと、間をおいてつづけた。
「何か質問してくれませんか。何でも答えられると思います。 中学を出てからずっと林業をしていますし、その間に林業をとりまくものがどんどん変わりましたから。 ずっと林業をしてきた者は、自分でいうのは嫌だけれど、勉強もたくさんしています。自分で好きな話をしていると、 どんどん深みに入っていくので、質問をしてくれた方がわかりやすい話ができると思います」
 後継者は、 という質問が出た。
「それは悩みの種ですね。でもね、これだけ魅力のある仕事だから、人は必ず戻ってくる。 いま頑張っていれば大丈夫だと思っています」
 どんな林業を理想としているのか、 という質問がつづいた。
「林業には、全国一律の方針も理想もありえないものなのです。ですから、この村の林業の理想になるのですが、 ともかく森を美しくしたい。この村は天然林が多いし、事実、天然林があっている。だから天然林も間伐して美しくしたい。 村の人がそれを自慢する。観光客がその森をみて驚く。そういう森は、社会のためにも、保水能力をとっても、 自然を守る面でも役立つ。その陰に、私たちの労働がある。それが理想です」
 林野庁などに言いたいことはありますか、という質問がつづいた。
「そりゃあ。ありますよ。しかし、 そういうことさえ小さく感じる魅力が林業にはある。頼まれて、短期間ですが、北海道などに働きに行ったことも あるのです。どこに行っても、この村で培った林業技術は通用する。森をみるめも通用する、自分はどこに行っても 生きていけるんだ、仕事ができるんだと思った。誇りをもっていられる。それを森が教えてくれた」
 上野村で おこなわれている山里文化祭では、毎週土曜日に「語り部の夕べ」が開かれる。村の人が一人ずつ来て、 村人や観光客を前に、自分の語りたいことを話す。八月のある土曜日は、林業をしていた堀川さんだった。 彼はいま、請負会社の社長をしている。話がおわったとき、観光客としてきた都会の人から、大きな拍手がわいた。

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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