山里紀行  W日本  <第124回>農林業と文化  

(平成13年8月5日発行の「山林・No1407」より転載)

内山(たかし) (哲学者)

  

四月にはじまった上野村の山里文化祭は、すべてが順調である。十二月までつづくのだから、主催者の「おてんまの会」のメンバーたちは、お互いに疲れないようにと気づかいながら、毎週の行事を継続している。
 夏に入ると農業への気づかいがふえた。「お宅はしばらく忙しい時期だから、しばらく休んだら」といった会話が、会議のたびに出てくるようになった。こんな会話を聞きながら、私も「おてんまの会」のメンバーに、農業や林業を仕事にしている人が多いことに気付いた。
 率直に述べれば、上野村の農業も林業も、今日では壊滅的である。ほとんどの村人は、自家消費用の農業や自分の森を維持するだけで精一杯で、収入を得る農林業からはとっくの昔に手を引いている。ところが、それでも、工夫を重ねながら農林業をつづけている村人も、ごくわずかは存在する。「おてんまの会」のメンバーには、そんな人たちが多い。メンバーの皆子さんの家は、果樹や茸を中心にして複合的な農業を経営している。兵工郎さんは最近では、ギンナンの栽培を軸にした農林業を組み立てている。和男さんは林業で頑張っている。宮沢さんは神社の宮司兼農林業である。他のメンバーにも一次産業に関係する仕事をしている人が多く、今日の村の現実を考えるなら、「おてんまの会」のメンバーの一次産業者の比率は、特別に高い。

 それは偶然ではないのかもしれない。

 林業をしている和男さんは、文化とは「かたち」ではない、という。それは「かたち」になる前のものであり、「かたち」をつくっていく力のようなものだと。とすると、その力とは何なのだろう。
 山里文化祭で表現したいものは、山村の暮らしや労働のなかに埋めこまれている文化である。その半分の部分は、山村に暮らした人々がつくってきた。しかし、人間だけが村の文化をつくったわけではない。半分は、村にひろがる森や川がつくりだしたものだ。いわば自然と人間がともに生きてきた歴史が、森とともに暮らす文化を生み、畑や季節の移ろいとともに展開していく文化を生んだ。
 「おてんまの会」は、この文化を表現したかった。村のなかに記憶されている文化を呼びさまし、現在の暮らしのなかにいかしてみたい。

 こんな考え方を基礎において展開している山里文化祭だから、一次産業にかかわっている人たちの割合が高いのだろう。たとえば林業や農業をしている人々にとっては、過去の記憶は、過ぎ去った思い出ではない。記憶は現在の自分の労働や暮らしのなかで甦る。記憶は現実の営みのなかで再生され、決して思い出にはならない。
 もちろん、林業でも農業でも、具体的な作業はときとともに変わってきている。昔は上野村で林業といえば、炭焼きや薪づくり、鉄道の枕木づくりをさしていた。いま和男さんがすすめているのは、スギやヒノキの人工林づくりである。皆子さんの農業も、果樹にしてもハタケシメジやマイタケといった茸栽培にしても、新しいかたちの農業である。それでも、季節とともに、自然とともに働き、その労働とともに暮らす生活ぶりは、両親や祖父母が営んできた村の労働と暮らしを受け継いでいる。

 仕事のなかで、両親や祖父母のかっての仕事ぶりが甦ってくることもあるだろう。過去の人々の暮らした夏の季節が、こうして、いまでも再生されるのである。この再生されてくるもののなかに山里の文化がみえる。山里の文化は、この再生をとおして持続している。山里の文化は、この再生を通して持続している。山里文化祭をすすめることによって、私たちはあらためて農林業は大事だと思うようになった。上野村の農林業は、生産力としてはたいしたことはない。森の七〇%が天然林という村だから、ほうっておいても森の機能がさほど壊れるわけではない。しかし村の基礎的な力を維持していくうえでは、農林業はいわめて大事なのである。和男さん流に述べれば、「かたち」をつくりだす力が文化なのなら、その力は、受け継がれていく自然と人間の営みが生み出しているのであろう。
 山里文化祭は、忙しい季節を迎えた。夏休みは、文化祭もいろいろな事業をつづける。そして「おてんまの会」のメンバーたちは、農業の忙しい時期を迎えている。
 「おてんまの会」には、一人だけ東京在住のメンバーがいる。大学院に通っている恵さんで、熱心に参加しているうちに、正式のメンバーになった。
 その恵さんが夏の一ヵ月間、皆子さんの家で働くことになった。農業を手伝いながら、山里文化祭の仕事もする。人手が足りなかった皆子さんも、アルバイト先を探していた恵さんも助かった。「おてんまの会」のメンバーたちも、よかったと思っている。

 
 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
 なお「山林」のバックナンバー及び新刊は大日本山林会にお申し込み 頂けば入手が可能です。定価400円。詳細は大日本山林会
(пE03-3587-2551:Fax・03-3587-2553:振替口座・00190-8-5792)迄お問い合わせください。

 なお「おてんまの会」のHPはこちらからご覧になれます。

 

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