山里紀行  W日本  <第123回>機織りの復活  

(平成13年7月5日発行の「山林・No1406」より転載)

内山(たかし) (哲学者)

  

 多くの山村がそうであったように、上野村でも、かっては養蚕が大きな役割りをはたしていた。 古い家はどこも二階が蚕室としてつくられていて、村の旧盆は一月遅れの九月半ばにおこなわれた。八月は養蚕が忙しく、お盆を 迎えることもできなかったのである。
 ほとんどの家が桑畑をもち、機織りまでの仕事をおこなっていた。養蚕と和紙、畑作、 主として炭焼きのかたちでおこなわれていた林業の組み合わせが、村人の基本的な生業の様子であった。
 もっとも私がこの村を はじめて訪れた一九七〇年頃には、養蚕も和紙も炭焼きもほぼ姿を消していたから、私はそれらが活発であった時代を知らない。 ほんの何軒かだけ養蚕をつづけている農家があり、畑にコウゾを植えている家があった程度である。それもコウゾは紙に 漉かれることなく、コウゾのままで出荷されていたし、養蚕も蚕の卵をとって他の養蚕地に出荷されていて、糸を紡ぐことも、 機の音がすることもなくなっていた。
 いまではコウゾ畑も、養蚕を営む人も一人もいなくなっている。それらは、昔の村の 記憶としてとどめられるばかりになった。
 上野村に小倉さんが引っ越してきたのは、十年近く前のことではなかったかと思う。 村に小中学生の山村留学のシステムがつくられ、その子供たちの暮らす「かじかの里学園」ができたとき、小倉さんは「学園」の 園長先生として村に来た。前橋での教師生活にピリオドを打ち、山村留学の子供たちと一緒に暮らすようになったのである。いまは 園長先生の仕事も定年を迎え、そのまま村人になった。村に来たときから、機織りや糸紡ぎ、草木染めなどがやりたかったらしい。 いつの間にか家に機を置き、機の音を響かせるようになった。こうして、ささやかに村の機織りが復活したのである。
 現在 開催している上野村の山里文化祭では、その小倉さんを中心にして、機織りのプログラムが組まれている。月に一度、希望者が 機を織る。
 一年ほど前にこの計画が固まったとき、山里文化祭の主催者である「おてんまの会」は、 村人に機が残っていたら貸してほしいと呼びかけた。かってはどこの家にもあった機は、その後物置に仕舞われ、ついに大半が 壊されている。それでも何人かの村人が機を探し出し、提供してくれた。ところが満足に動くものは一台もなく、修理を必要と するものばかりである。
 それからが大変だった。新しい機ならいまでも作られているけれど、古い機を修理できる職人が みつからない。「おてんまの会」は各地に当たり、ようやく桐生に職人をみつけだした。こうして、とりあえず、一台の機が 動くようになった。小倉さんが使っていた新しい機と二台だけで、山里文化祭の機織りプログラムははじまったのである。
 こんなふうに、ささやかに開始された文化祭の機織りも、いまでは新しい動きを起こしている。そのひとつは、 機織りが村外の参加者に好評だっただけでなく、機織り経験のない若い世代の村の女性たちにも好評だったことである。 ここから、若い世代の機織りグループが生まれた。古い機の提供を申し出る村人もふえ、そのなかの比較的程度のいいものから、 順次修理に出すことになった。村で木工を仕事にしている人のなかから、機の修理技術を覚え、村のなかで修理ができるように したいという、希望者も現れた。機織りを経験した世代の人たちのなかからも、自分もまた機織りをしたいという人が何人も でてきて、これまで小倉さん一人だけだった機織りの先生が、一遍にふえはじめた。
 こうして、上野村の機織りが 復活のきざしをみせはじめたのである。「おてんまの会」は、もちろんこの動きを歓迎している。山里文化祭の目的は、 観光客への観光サービスではなく、村外から参加した人たちと一緒に、村人自身が残したい村の文化を再発見することに あるのだから。
 五月のある日におこなわれた「おてんまの会」の会合で、小倉さんから、山里文化祭では使わない機の修理代も 「おてんまの会」の予算で支払えないだろうかという提案があった。家で機織りをしたいという村人の機も修理したいのだが、という希望である。「おてんまの会」のメンバーは、全員がただちに賛成した。 「山里文化祭は単なるイベントではなく、そういう動きが生れることのほうが、むしろ主旨なのですから」と、会長の八紘さんが 締めくくった。
 経済性を失って、一度村から消えた機織り。それが、村の暮らしを楽しもうと考える人々の手で復活してきた。それを定着させるにはどうしたらよいだろうかと、いま「おてんまの会」は考えている。最終的には、織物を販売できる 体制までを考えなければならないだろう。
 上野村の山里文化祭ははじまっている。

 
 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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