ニュース第53号 00年2月号より
NO.37 女人高野の赤い箱
●蜘蛛の巣
冬、三重県名張市を訪ねた。
近鉄の車窓から、おだやかな山並みを眺めていたら思い出したことがある。
もう、20年以上前のことだ。奈良から伊賀上野に向かい、夕暮れに国鉄・伊賀上野駅で降りた。驚いた。なにもない。聞けば、街中心部は近鉄の駅方面にあるらしい。閑散さに呆然としているうちにも夜が迫ってきている。で、タクシーに乗って街中心部に向かいながら「どっか泊まるところはありませんかねぇ」と尋ねた。運転手氏は、あれこれ無線で連絡し、山際わの温泉宿に連れていってくれた。
ところが、宿は満員状態、なんと大広間に泊まることになってしまった。まあ、部屋は広い方がいいのだけれど・・・。
あの宿からも、こんなおだやかに山並みが見えていた。
さて、名張市の静かな近鉄・赤目口駅で下りて、「赤目の里山を育てる会」に向かった。
ここの事務局はペンション「エコリゾート赤目の森」にある。ペンションは、このあたりの里山に計画されたゴルフ場開発に反対するために、また里山を里山として楽しむための拠点としてつくられた施設だ。
ゴルフ場計画が中止された後には、産廃場計画がもちあがった。里山は格好の「開発」対象地となってしまう。そこで地域の人たちは対象地の一部を買い取る「ナショナル・トラスト運動」も行ってきた。そして、トンボ池や観察
小屋づくり、トラスト地内の除伐や薬木の植林、シイタケづくりや炭焼きなども行っている。
事務局の伊井野雄二さんは、里山を守っていくには「里道を再び使えるようにすることが大切です」と話している。公図で、里道・赤道(あぜ道)・青道(水路)を調べ、その道を自分たちで整備して使えるようにする。歩道があれば、里山を楽しむ人が増える。
そう、里山に、マスクメロンの表皮のように、クモの巣のように、道がつなげていくこと。インターネットでは、初めのところにWWWと付いている。あれはWORLD
WIDE WEBのことで、WEBというのは『クモの巣』という意味だ。ネット(網)は、世の中の幹線道になっている。
「でも、どんなに情報化したって、森は歩かないとなあ」
「人はやっぱり会ってみないとなあ」
などと思いながら整備された里道を歩いた。葉を落としたヤナギが、傾いた光をいっぱいに受けている。
●味方です
隣り駅に室生寺があることを知り、訪ねることにした。
寺の前でバスを下りたときは、もうすでに暗くなりかけていた。山門
の石塔に〈女人高野〉と書いてある。同じ宗派の高野山が女人禁制だった時、室生寺は女性の参詣を受け入れていたところからそう呼ばれている。
誰もいない境内を、走るように石段を上がる。石楠花はどのあたりで咲くのだろうか。目の前に緑色のシートに覆われた建物が見える。98年の台風7号によってスギが倒れ、五重塔を直撃。樹齢650年のスギ(直径1.5m、高さ約45m)によって塔は半壊してしまった。近寄ると、シートのなかから明かりと工事の音が漏れている。
残っている杉に比べて建物の背丈が低い感じがする。この五重塔は、屋外に建つ塔としては日本最小(16.1m)で、通常の五重塔の三分の一の高さらしい。
周辺を歩いて驚いたことがある。台風から1年半も経っているというのに、数日前に台風が来たかのような場所もあるではないか。これでは高野でなくて荒野ではないか。なぜなんだろう。
さらに暗くなった石段を下りる。入口近くに元保育園らしき木造平屋の建物がある。シーソーやブランコといっしょに何本もの丸太が置かれている。横たわる丸太の背は、子どもたちが遊ぶ鉄棒より高。太い。なんだか、屋久島の貯木場のようでもある。
けれど、しばらく眺めていたら、暗い園庭の裸電球に照らし出される丸太たちは、五重塔破壊犯として収監され「さらしもの」にされているようにも思えてきた。
「だいじょうぶ。ボクは、ずっと君たちの味方だからね」。
涙をためた園児の心で、声をかけたくなる。
●500万世帯分
完全に暗くなった。赤い欄干の太鼓橋を渡る。シーズンオフで旅館の窓に明かりも見えない。街灯も少ない。と、
前方に、欄干よりも赤く光るものがある。玄関先に自動販売機。なんなんだこれは。誰が、ここに設置したんだろう。
怒りがわいてくる。「コラ!・コ−ラ!」。洒落ている場合ではない。小さいけれどこれは暴力的な景観破壊だと思う。
だいたい自動販売機が多すぎると思う。調べてみたら、全国には自動販売機が500万台以上あり、1台あたりの電力消費量は、家庭1世帯と同程度だという。ムダである。なんてこったである。
せめて、愛知県豊田市のように「市が管理する
公共施設には、原則として飲料水・菓子類の自動販売機を設置しない」のが正しいと思う。
暗い道端。ひと気はないし、道と平行する川の音も聞こえない。月が冴えている。ちっとも進まない時計を眺めると、バスが来るまで20分もある。寒い。
すぐそこにも自動販売機がある。けれど、卒園後40年余を経た元園児は固く決心している。
「絶対に、ジョージアは買わないよ。駅の売店でワンカップにするんだもんね。ザマーミロ」。
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