ニュース第49号 99年10月号より

 NO.34  テネシー森物語
                 
中沢和彦
30年の誤解

 
VALLEYの和訳を「渓谷・谷間」とだけ思いこんでいたところに過ちがあった。
 高校2年の世界史の授業だったと思う。ニューディール政策の関連でTVA(Tennessee Valley Authority)が出てきた。
「1930年頃、国家資本による失業救済事業と地域総合開発をすすめた」。
 そして、その和訳は、テネシー渓谷開発公社と習ったように思う。渓谷といえば深い谷である。人跡未踏のような切り立った渓谷にダムをつくり電源開発を行う・・・フロンティア。そんなイメージだった。

 テネシー州ノックスビル市は、シカゴから飛行機で2時間ほどの50万人の町だ。ここにTVAの本部があり、機会を得て、その周辺を訪ねることができた。
 紅葉のネクタイ姿で現れたTVA職員から「現在、TVAは政府援助を受けていない」という説明などを受けた後、かつてTVAがつくったノリスダムの湖水に挟まれた保護林(州有林)に行った。若い州職員が最初に案内してくれたのは、60年生ほどのストローブ松の純林だった。まっすぐに力強く伸びている。この森林には物語がある。
 TVAは電源開発のほか森林事業も行ってきた。その代表的なのものが、1930年代に行われたCCC(CiVilian Conservation Corps)である。これは、伐採され荒れたままの35万エーカー(1エーカーが約40a)に若者たちが植林した取り組みで、ここはその60数年後の姿である。

 途中の林道で「KUDZUが、あっという間にはびこった」という話があった。クッズーとはなにかというと、日本の野山でお馴染みのクズである。法面緑化などのためにアメリカに移入され、旺盛な繁殖力ではびこった。そして、ぐんぐんと北上しているらしい。1980年代、日本企業のアメリカへの経済進出は「まるでKUDZUのようだ」と言われたのだとか。当方のセイタカアワダチソウのような話である。
 そういえばキリも見かけた。これも、いつの間にかテネシーの森林に生えてきたようだ。後で知ったことだけれど、日本からアメリカにやってきて迷惑がられている植物は、クズのほかにスイカズラ、ノイバラ、イタドリなどがあるのだという。

●チューリップツリー

 あまり傾斜のない自然林を歩いていくと、ドッグウッド(ハナミズキ)やサワーウッド、オークなどの中に、ユリノキの大木がある。日本では、公園や並木でしか見られないユリノキが自生していることが、なんだか不思議だ。
 材の色からイエローポプラと呼ばれている。テネシー州立大学の木材研究室で強度試験に使われていた材片は、緑色を帯びてホオノキのようでもあった。

 そうだ98年の夏に、この木を大分県の森林で見たことがあった。1991年の台風で「心の支えだった」80年生以上のヒノキ林10haをすべて失ったAさんの森林でだった。被害地には、ふたたび80年後をめざしてスギやヒノキが育てられている。その一角に広葉樹が育てられていた。夏の陽ざしに大きな葉が揺れている。ユリノキだった。
 東京なら、四谷・迎賓館前の並木がそうだし、日本における元祖ユリノキは、新宿御苑の芝生中央に3本が寄り添うように立っている。
 外側が緑色で全体がオレンジ色の花は、たしかに、チューリップのような形をしている。葉の形が半纏(はんてん)に似ることからハンテンボクと呼ばれたり、花の雰囲気からチューリップツリーとも呼ばれる。
 あの台風の後、大分では、森林を多様にしていこうと「日田ユリノキ会」がつくられ、県内で5万本ほどが植えられたという。Aさんも実験的に数十本を植えている。
「もちろん、将来は材として活用したい。でもね、ここに来ると明るくて気持ちがいいんです。それだけでも植えて良かった」。
と話していた。
 材は、アメリカからイエローポプラという名で家具や家具財として輸入されている。ヨーロッパでチューリップツリーと呼ばれるのに対して、アメリカではこの呼び名が一般的なようだ。

 テネシーの森林で見上げると、もうすぐ黄葉しそうな葉が揺れている。ユリノキはテネシーの州木でもある。

●60年という時間

『アメリカはなぜダム開発をやめたのか』(築地書館)のなかに、この周辺のことが書いてある。

 ノリスダムは1936年に完工した。TVAはこのダム建設に当たって、土壌保全の名目で15万3000エーカーの土地を購入した。実際に水没したのは3万4000エーカーだった。これによって約3500世帯(1万4000人)が立ち退くこととなる。うち59%が小規模な土地所有者で、残りの41%は小作人だった。後者は立ち退き補償を受けられなかった。彼らの多くは、18世紀から19世紀にかけて入植した人たちの子孫であり、土地に強い愛着を持っていた。だから、立ち退きに反対する。

 しかし、「最終的に公権力が行使され、強制立ち退きが行われた」「ノリスダムの建設に伴う最大の悲劇は、住民移住の問題が片づいていないにもかかわらず、TVAが工事に着手してしまったこと。このやり方は、悪い意味での先例を示すこととなった」(同書)。
 そんな歴史を見つめてきた森林なのだった。

 ところで、TVAでは現在、原子力発電も行なっている。また、火力発電では石炭に木材を混ぜた試みも行っている。木材はエネルギーになる割合で2%ほどで、理由は大気汚染防止だとか。ただ、エネルギー源として森林を伐採をすることについては反対意見もあり、廃材を使っているとのことだった。

 紅葉ネクタイの職員に、ひとつ質問をした。
「アメリカでは、ダムは環境に負荷を与えるとのことから、ダム利用を中止して破壊するケースがあると聞きます。TVAにそうした例はないのでしょうか?」
「貝の一種を保護するために、完成していたダムを貯水することなく利用中止にした例がある」と答えてくれた。
 貝かぁ・・・。60年間で、なにが変わったのだろう。 

●流域

 ノックスビルを飛び立った飛行機からは、いくつもの湖水が見えた。その風景は、私が訪れたところと同じように「渓谷」とは違う平地林のような森林の中にあった。辞書を調べたら、VALLEYには「渓谷」のほか「流域・盆地」という意味も書いてあった。

 帰ってきて、書店で受験参考書をながめたら、テネシー渓谷開発公社のほかに「テネシー川流域開発公社」と載せているものもあった。

 

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