ニュース第47号 1999年8月号より

 NO.32 HONG KONG TREKKING
                           中沢和彦

●森はあるの

 7月初めの香港は蒸し暑かった。
 訪ねるのは2度目だし、「買い物」にも「観光」にも、とりたてて興味はない。
 「ならば、どうして香港に出かけたの?」
などと問わないでほしい。
 「森を歩いてみようか」
と出かける直前に思いたった。はて、香港に森はあるのだろうか?。

 日曜の朝。3人で、九龍公園から香港島セントラル駅まで地下鉄で行く。切符はカード式になっている。地上に上がったら駅近くの広場がすごいことになっている。若い女性だらけなのである。見ていると、なにをしているわけでもない。ただ、立ち止まって、ベンチや噴水の縁に座って話し込んでいる。なかには、賛美歌を歌うグループもいる。
 男がいた。中近東あたりの風情の男性が路上に物品を並べて販売している。それ以外の、何千、いや1万人をこえる人々はすべて若い女性なのである。
「すごい。男はどこに行ったんだ」
と、同行のM君(独身)も興奮気味である。
「やっぱり、男は疲れて寝てるんじゃないの」
と、50歳代のKさんは推測する。

 あとで知ったところによれば、女性たちはフィリピンの人たちで、彼女たちは英語を使うということもあり欧米人家庭のメイドなどとして出稼ぎに来ている人たちなのだという。そして、週末になると、ここに集まってさまざまな情報交換するのだとか。そして、その「集まり」を快く思っていない地元の人も少なくない、とか。なんだか、代々木公園や上野公園の話と似ている。

●ラマ島

 ここからラマ島(南Y島)に渡る。ラマ島は、新空港ができたランタオ島、香港島に次いで香港で三番目に大きい島だ。南北に7q、人口は12000人ほどで、島内には自動車が走っておらず「ゆっくりと散策を楽しむことができる」との事前情報だけが頼りなのである。

 50人ほどが乗った船は、40分ほどで島の榕樹湾(ユンシュー湾)に着いた。この榕樹というのは、中国語でガジュマルのことだ。 そんな木が見られるのだろうか。

 今日は、ここからちょっとした峠を越えて4kmほど歩く計画である。雨だ。港でしばらく釣りを眺めてから、小雨になった道を歩き始める。道は狭く、両脇に土産物店や食べ物店が並んでいる。なんだか、江ノ島のようである。その先は住宅街になった。
 ここで、ちょっと驚くのは西洋人の多さだ。歩いている人の3割ほどは欧米系といったところ。前日、一人で散策した植物園で見たような樹木の間を行くと、海水浴場に出る。驚くほど清潔なシャワー施設と救急施設が整っている。

 そこからは、少しずつ登り坂になる。歩道は舗装されていて手摺りも真新しい。右後ろの海岸に見える巨大な煙突3本は火力発電所で、あの香港の夜景を担っているわけだ。軽装で家族連れで歩いている人たちが多い。赤ちゃん連れのお母さんもいる。そんな平和なアジアの小道、ファミリー・トレイルを、突然、2台の完全武装MTBが走ってくる。黒い大型犬を連れて婦人がさっそうと歩るいてくる。むろん、西洋の人たちである。

●海風亭

 あたりには草と低木しかない。この島は、海岸付近には木があるが、中腹から上には木はほとんどない感じだ。だから、見晴らしはすこぶるいい。右上方に、屋根の四隅がピンとせり上がった「いかにも中国風」東屋が見える。海風亭という休憩所である。あそこでひと休みしよう。さっき買った缶ビールはすでに生ぬるくなっているだろう。

 M君とKさんの二人は、脇道を山の頂上に歩いていったので、私はその間、風景を楽しむことにする。
 見回すと、山肌は岩が露出している。おそらくかつて中腹にも樹木があったはずだ。しかし、樹木が伐採され、雨で土が流されて裸山になったような気配である。「植えたけれど枯れた」といった感じの細い木もある。このあたりの山はそのまま海に落ちており、見下ろす南シナ海は上から見る限り意外なほど青い。水上スキーを引いてボートが走っている。海風は湿っていない。

 休憩所の壁には「雨雲到此一遊」のいたずら書きがある。雰囲気が伝わってくる。「朕悪殺参上」などという大きな文字もある。なんとなく分かるのがおかしい。日本語のそれがなくてホッとする。ラジオを大音量で聴きながら歩く60歳代のおじさんのザックには誇らしげに「山林」のワッペンが付いている。
 さらに歩いて、峠を越えると目的地のソックー湾が見える。しばらく下って集落が近くなると、再び樹木が多くなる。海岸近くにはいくつかの洞窟があり、そのひとつ「神風洞」は旧日本軍が掘った防空壕だとか。

 こうして、2時間ほどの散策は終了した。この後、海に突き出たレストランで食べた海鮮料理もビールも美味かった。香港のイメージが豊かになった島歩きだった。

 古ぼけた木造船で香港島・アバディーンへ、以前訪ねたときには多く見かけた水上生活者は、いまはほとんどいないようだ。タケノコのように伸びるアパート群の間を散策。そして、2階建てバスでセントラルに戻った。

 セントラル駅付近の女性たちは、朝よりも、さらに多くなっていた。そのなかを駅まで歩るくと、ラマ島歩きよりも汗をかいた。

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