ニュース第46号 1999年7月号より

 NO.31 下北半島初夏景色
                           中沢和彦

●地吹雪

 鉄道で下北半島を訪ねると野辺地がその入口になる。マサカリのグリップエンドあたりに野辺地がある。

 駅ホームからは、線路沿いに手入れされたスギ林が見える。1893年(明治26年)から設けられている「野辺地雪原林」だ。ここは全国でもっとも古い鉄道防雪林として鉄道記念物に指定されている。

 東北本線が全通したのは1891年で、当時、吹雪や吹き溜まりが多く鉄道線路が埋没し、しばしば列車の運行が阻害された。そこで恒久的な防雪施設として、水沢・小湊間38カ所に約50ha防雪林を設けた。と、いったことが説明板に書いてある。
 現在、ここの防雪林は6740uあり、幅は30mほどといったところだろうか。植えられているのは、スギがほとんどだ。当初はカラマツも植えられたようだ。現在の樹齢は、40年生ほどで、いずれもまっすぐに伸びている。風や雪で倒れたもののほか、基本的には60年から70年ほどで伐採され、植え替えられるという。
 歩いていくと、スギに混じって樹皮の白っぽい樹木が見える。ヨーロッパトウヒだ。このマツ科の常緑針葉樹もしばしば鉄道防雪林として植えられてきた歴史がある。 20年前の資料では、北海道にある8800haの鉄道林のうち65%がトウヒで、残りはカラマツ、アカエゾマツ、トドマツなどだったという。

 野辺地のスギ林は、八甲田方面からの風による地吹雪から線路と駅を守っている。「地吹雪」は、いったん降り積もった雪が吹き飛ばされる現象で、気温がマイナス4〜5度、雪面上の風速が4〜5m以上で発生するといわれている。

 鉄道林の資料を資料室で探していて『防雪林の話』(1932年 鷲谷瀧雄著)を見つけた。苗の育て方・植え付け、樹種から手入れの方法・管理まで、著者が書いているとおり「防雪林現場読本」といえる本だ。巻頭には、野辺地鉄道林の「間伐材集積」の写真が載っている。鉄道林は、間伐もしっかりやっていたようだ。
 ところで、防雪林は火事になることも多かった。その原因のほとんどは、機関車の散火だったらしい。同書によれば、大正3年から昭和6年までの18年間に「機関車の散火による防雪林火災は161件」あったとか。

 ちなみに、野辺地には「地吹雪」という名の酒がある。 

●ヒバ

 埋没といえば、下北半島の東通村には「猿が森ヒバ埋没林」がある。雪でなくて400年前の津波で砂に埋まった跡だ。マツやニセアカシアの林に挟まれて流れる小川沿いに、モニュメントのようなヒバが点在している。朽ちてできた空洞に桜が育っている。鼻を付けたけれど、ヒバ独特の香りはしなかった。

 下北と津軽、二つの半島の森といえばヒバである。埋没していない森を歩くのなら、津軽半島では三厩村「増川ヒバ施業実験林」、下北半島では大畑町「大畑ヒバ施業実験林」がいい。
 薬研温泉近くにある「大畑ヒバ施業実験林」を少しだけ歩るいた。大畑川に架かる橋を渡り、かつては町まで走っていた森林鉄道の軌道跡沿いに散策コースを行く。日曜日だというのに、かっぱの湯あたりはかなりの人出だったのに、渓流では何組かがバーベキューをしていたのに、歩く人にはほとんど出会わなかった。

●あたり前の通過

 脇野沢村の「海を育む森林公園」では、カモシカに出会った。公園に佇んでいたら、目の前をゆっくりと歩いていった。
「・・・・・」!。
 公園の草取りをしていたおばさんに「いまのカモシカですよね」と急いで同意を求めたところ、おばさんは「そうだよ」と、作業を続けながら応えてくれた。カモシカ通過は別段珍しいことではないらしい。
 交差点での自動車通過には慣れていても、カモシカ横断には不慣れな小生としては、カメラを取り出して森に行ってみた。坂道を行くと、柏の多い森のなかにカモシカがいた。15mほど先でこちらを振り返っている。目が合った。カモシカは、しばらく樹皮に肌を擦りつけてから歩いていった。その向こうには海が見えている。豊かな気分になる。

 脇野沢村は、カモシカだけでなく北限のサルでも知られている。人間以外の霊長類としては世界最北に生息するサルたちは、天然記念物にも指定されている。しかし、一方で、農作物を荒らすことも少なくない。そんなこともあって村内の野猿公苑には「40頭あまりが保護されている」。訪ねてみると、塀の上に電流が流れる施設で、サルたちは「保護」されていた。

 動物と人間の共存。なんとも難しい。せめて、より広くて「埋没しない猿の森」を提供してあげたいものである。塀の中のサルたちとは、なんだか目をあわせにくかった。

  石油備蓄施設や原子力関連施設へ向かうのだろうか、大型トラックが高速道路のように飛ばしていく。その道路からちょっと外れて横浜町の海岸に立った。
 おだやかな海で漁船が何隻か揺れている。正面には椿の北限で知られる夏泊半島があり、その右側に津軽半島が霞んでいる。左側、野辺地町のずっと向こうに雪を残した八甲田が見えている。ゆったりした気分になる。

 けれど、足下の砂浜には、色とりどりのゴミが撒いたように散乱している。なんてこった。

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