「うちの理事さん」

山本信次さん

2001年2月号掲載・紹介者:園田安男

 

 

 山本信次氏、32歳。自称「岩手の熊」。東京農業大学から岩手大学の助手に就かれたのが1997年。直ぐに結婚され、既に1児の父親である。東京時代の体重にますます磨きが掛かって、世間に良くあるパターンを辿っておられる。加えて髭をたくわえるにいたって、「熊」と化した次第のようである。

  さて、私(真田)が山本氏と出会ったのは、1991年に遡る。氏が論文作成のため、資料収集に東京都林務課を訪ねてこられたおり、応対したのが私という因縁である。それ以来ではあるが・・・、後日、森づくりフォーラム設立にかかわるようになって、よもや深い関わり?になろうとは、思いもよらなかった。

 氏の東京での仕事の一つに、小流域での森林荒廃を調べたものがある。地元の林家の方と一緒に、1つひとつ森林を丹念に調べたその調査の結果は、手入れの遅れが言われ始めていた時期だけに、その実態を証明したものとなっていた。境界が判らなくなっていたり、不在地主が増え、その所在地を所有者も知らないということも、明らかにした。私は、行政が森林の実情を把握していなかったことを残念に思いつつ、調査結果を仕事で使わせていただいたものである。

 もう一つ、氏の仕事には、やはり森林ボランティアの黎明期を自ら行動しながらまとめた労作をあげなければならなるまい。内容については、会員・読者の皆様も既に読まれたことがあるか、若しくはこれから何処かでご覧になる機会もあるでしょうから、ここでは「行動する学者」「市民学者」の姿を少し紹介しておくことにする。

 それは、1月19日開催されたシンポジウム「日本の森林を、誰が、どう守るのか」での、200人を超える参加者を前にしてのパネルディスカッションを仕切りきったコーディネイター役に表れていた。始まるまでは、さぞ悩んでいるだろうと思いきや、当日はすこぶる爽やかで、いつもの笑顔がそこにはあった。氏は、論文を書くために調査した森林ボランティアにのめり込み、果てはグループの代表まで務めている。客観性、論理性を重んじる学者の世界で、「身を挺した」説得力ある分析をものにしたのが、森林ボランティアの仕事である。森林ボランティアと歩んだ「市民性」は、氏の財産となっている。その市民性が遺憾なく発揮されたのが、シンポであった。限られた時間の中で幾つかのテーマを手際よくまとめた「剛腕」もさることながら、そのまとめは常に市民の視線からのものであった。当日の余裕も、まとめる視線が定まっていたからに違いない。

 シンポに参加できなかった方々は、氏の剛腕、失礼、市民性をご理解いただけないでしょうが、報告書が出た折り(事務局さん出るんですよね!)に味わってください。

 あまり誉めるばかりでは・・・・と思い、苦言を一言。最近、文章が難い。論文を読んだせいかもしれないが、市民に解りやすい論文を書いてこそ、市民学者の真骨頂というものでしょう。

 

◆本人から一言

 真田さん、「ほめ殺し」どうも有り難うございます。

 東京で森林ボランティアの調査研究に携わって10年、そのまま「ミイラ取りがミイラ」になりまして、浜仲間の会や森づくりフォーラムとおつきあいを続けさせてもらっております。岩手大学に奉職し、残念ながらこうした活動とは縁遠くなってしまうのではないかと悲しんでおりましたが、森づくりフォーラムの理事にご指名いただき、森づくり政策市民研究会にも加えていただき、更にはこの間のシンポジウムや「森林と市民を結ぶ全国の集い」などでこき使って、いや、お仕事をお任せいただき、ますます勉強させてもらっています。

 現在は、大学演習林を用いて市民のための森林・林業講座を開催しております。また、歴史の街・盛岡には、すばらしい人々がたくさんおいでになり、そうした方々をほんの少しお手伝いした結果、森林ボランティアグループ「山仕事くらぶ」が結成されました。「山仕事くらぶ」は、既にフォーラムにも加入し、2001年中にはNPO法人化も実現できそうです。

 東北は森林そのもの、さらには森林と人との濃密な関係が残されていることにおいては日本一と感じております。この地から全国に向けて様々な情報発信をしていきたいと思っております。ブナの原生林や150年生のアカマツ林など東北でしか見られない森をごらんになりたい方はご連絡ください。スタディツアーのコンダクターもお引き受けいたします。

 真田さん、柔らかい文章ってこんな感じでいいんでしょうか。それでは。

 

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