日本列島森づくり百科

(19)「拡大造林の持続」が持論
森林の総合利用で収益

田中 惣次(東京都檜原村) 

 

 


 「遠くから見ると針葉樹の山だが、中に入れば広葉樹の山。最終的には混交林」。東京都桧原村で林業を営む田中惣次さんは、理想の森林像をそう話す。一方で、田中さんは、スギ・ヒノキの拡大造林についても、その持続を主張する。「フォレスティング・コテージ」や「遊学の森」といった独自の発想を林業経営に取り入れながら健全経営を目指す田中さんの取り組みを紹介する。
 田中さんは桧原村内に約400haの森林を所有する。このうちの約6割がスギ・ヒノキの人工林で大半が50〜60年生という。

●拡大造林の薦め

 桧原村はかつて「青梅林業地帯」を構成していた。「土壌的にも気候的にもスギ・ヒノキの適地」(田中さん)だったことによる。
 しかし、材木価格の低迷は国内有数の林業地であっても例外ではなく、拡大造林によって急増したスギ・ヒノキ林の多くはやはり手入れ不足に陥っている。
 それでもなお、田中さんが「拡大造林」の必要性を説くのはなぜなのか。
 「針葉樹も広葉樹も遠目に見えるのが混交林だと思われているが、スギ・ヒノキに適した場所があれば、お金にならなくても国策として植えていくべきだ。逆に適さない場所には植えてはいけない。そうしてできるモザイク模様の森林を創造したい。世界で一番木を使っている国なんだから」
 田中さんは続けた。「1分間にサッカー場に換算して36面分の森林が地球から消えているといわれている。概ねその3分の1が日本で使われる現状を考えれば、環境的な意味合いからも日本は将来に備えた蓄積をしていかなければならないと思う」。
 「中国やアジアでの木材消費量の急増」や「不法伐採」といった問題を視野に置けば「世界の森林資源の減少は必至だ」と田中さんは話した。

 「今後は日本の間伐材を外国に運んで利用してもらう国際貢献だって考えられるだろうし、温暖化や熱波といった地球環境の変化を抑制するためには森林の持つ公益的な機能が大切になってくる。おいそれと今のように海外から輸入もできなくなるだろう。飲料水も将来は不足すると言われているのだから」「そもそも建築用材の大半が海外のものを含めて針葉樹。広葉樹は家具材などで輸入されているが150年生とか200年生といった大径木。こうした点を見つめ直してほしい」と田中さんは警鐘を鳴らした。


● 地域づくりのツール

 過疎化に終止符が打てない「地域」の活性化という課題をめぐっては「拡大造林」にどんな期待が持てるのだろうか。
 「人工林に経済的な価値があった時代は木材生産に携わる多くの人々が地域に存在した。しかし、価値がなくなったことで人々は去ってしまった。森林を整備することで生活できれば人は地域に居付いてくれるわけだから、環境的にも資源の循環を重視した森林整備を、公的資金を導入しても実施することが必要なのではなかろうか。移り住んできた人でも大歓迎だし、そのためにも再造林プラス拡大造林が大切だと思う」

●森づくりの理念と現実


 「日本は戦後に木を植えた山が80%。40〜50年生ばかりだ。昭和30年代は第1次産業しかなかったから、林業もうまく回ったけれど、これからは日本だけでなく、地球的な規模での『環境』の時代。下流の人々も『上流をなんとかしなくっちゃ』という流れになっている。地域の望み、流域の望み、あるいは国としての山づくりという捉え方もある。どんな森林をつくるのかについては、時代時代で、長期、超長期で考えていかねばならないのではないか」。田中さんは森づくりの理念をこんな言葉で表現した。
 しかし、林業をめぐる現実の厳しさは変わらない。田中さんによると「今ね、10・5cm角のスギの柱が1本2000円だよ。山に立っているのはその1割200円。出材しても赤字になる。こういう現実を補填するような流れにはなってきてはいるのだが…」

●「“森林”を売る時代」

 そこで、田中さんは単なる観光事業ではなく、森林資源を生かした教育的な環境事業を発想。自宅近くに15年前「ひのはら緑の休暇村・フォレスティングコテージ」と、コテージ裏手の山に「遊学の森」をオープンさせた。
 「フォレスティングコテージ」は宿泊しながら林業を体験する丸太小屋だ。森林をテーマにした講義や鎌や鉈の研ぎ方から植林、下刈り、枝打ち、間伐など森林施業が実際に体験できる。  「遊学の森」は面積が約20ha。遊びながら人工林や雑木林を学べるひとめぐり約1時間半のコースだ。
 夏はコテージ、夏以外の春や秋は近くを流れる南秋川と「遊学の森」で遊ぶというスタイルが利用者に定着しつつあるという。2つの施設のセットで通年利用に近付きつつあるわけだ。
 「いわば林業のサービス化。コテージに力を入れ過ぎると林業が中途半端になるというか、それが主力になりかねないが後継者の問題もあるし、とにかく山の木がお金を生まない以上、収入の道を考えざるを得ない」と田中さん。
 「都内を一望できる場所に小さなログハウスみたいなものを建てて、満天の星を見ながら3泊とか1週間とかまるっきりの自然を、森を体感する。そんなことも考えているけどね」
 「つまりオプション」と田中さんは話す。「例えばコテージに1泊して3500円。その基本料金に林業体験やガイド、農作業などの料金が個別に加算される仕組みはどうかなと」
 田中さんはこう締め括った。
 「薪を、炭を、足場丸太を売った時代もあった。これからは“森林”そのものを売る時代。当面は森林の総合利用で収益を上げながら、その収益で森林を整備していかざるを得ないだろう」 
    (編集部)



東京都檜原村 ・田中 惣次
SOJI TANAKA
林業家。
日本大学林学科卒。東京都指導林家。
東京都林業研究グループ連絡協議会会長。
桧原森林塾主宰。56歳