日本列島森づくり百科

(15)“産・官・民”協力の天然下種更新による森づくり

小井沼 勉(奥多摩・山しごとの会) 

 

 

 ●選木・除伐のみで多様性のある広葉樹林に
 林業が経済的に成り立たないため、皆伐後に人の手が入らない「伐採跡地」が増えています。奥多摩・体験の森で開かれた、「通年林業体験教室」の卒業生らが自主的に集まってできたボランティアグループ“奥多摩・山しごとの会”ではスギ・ヒノキ人工林の手入れとともに、98年から奥多摩の「寸庭」地区において、伐採後10年放置され薮化した1haの森を、選木・除伐施業のみにより多様性のある広葉樹林への遷移を早める手入れを実践しています。

 実際の施業は、地元林業家である新島敏行氏の指導のもと、樹種の識別を学びながら行なってきましたが、一通りの選木・除伐を終え、しばらく様子を見る段階に入っています。一昨年あたりから、毎月1回の会の定例広葉樹活動を今後どうするかを話し合っていました。
 そのようなおり、会の顧問であり地元林業家の原島幹典氏から、「奥多摩駅近くの南向き斜面、約4haの人工林皆伐後の伐採跡地の再生を新たに手掛けてみないか」という話があり、昨年の春に下見をおこないました。その際戸惑いを覚えたのは、フィールドの急傾斜や広さはともかく、今まで活動していた多摩川右岸「寸庭川」上流のフィールドとの植生の違いです。
 今までのフィールドは、最初は足が踏み込めないほどに多種多様のツタや雑木が生い茂る「薮」であったのに対し、ここは、わずかな種類の低木と草とで覆われた、貧弱な植生の「原」です。背丈以上のものは全くありません。多摩川の左岸側地区は近年シカの食圧が高く、伐採跡地はどこもこのような状態で、自然に任せていては何年たっても森林は再生しないのだそうです。山主さんも、シカの食害対策に対してなすすべがなく、困っておられたようです。そのような場所で健全な広葉樹林の再生を目指す事は、とても有意義なことです。林業が経済的に成り立たず、私有林の果たしている公益的機能を経済的に評価するシステムが存在しない以上、経済的利益を生み出さないこのような活動の担い手は、意欲と労力を持っている我々のようなボランティアでなければできない事なのかも知れません。
 下見の後、皆で話し合い、やってみようということになり、山主さんの承諾も得ました。
(林業新知識99年4月号掲載記事、山づくり指南26参照)

●産・官・民との連係
 まず天然下種更新の母樹とする幼樹の植栽と、それらをシカから守り育てる方策を取らねばなりません。植える木は現場周辺の広葉樹と、現場で芽吹く実生の樹種です。
我々はその土地での自然の力を利用した、無理のない遷移のきっかけを人工的につくりたいと考えていましたが、悩みはシロート集団ゆえのシカ食害対策のノウハウの無さ、苗木や資材の調達です。
 たまたま同じフィールドで、東京都林業試験場が同じような目的での調査を行っていました。「今後のプランもあるらしいし、なんなら共同でやれないか」ということで、原島顧問に仲立ちをしてもらい、2月16日に林業試験場の見学と挨拶をかね、会の有志10人程で訪ねて行きました。対応してくださったのは、シカの食圧が高く自然の力で再生困難な森を、いかに少ない手助けで健全な森に誘導できるか、という研究をされている新井一司研究員。これは我々の「根の神沢」フィールドでの目的と同じです。
 意外なことに、このようなことが実際きちんと研究されたことは、専門家の間でも今までなかったのだそうです。また苗木や、シカの食害から守る資材はすでに林業試験場で準備されており、いままで専任としては1人でやっておられた新井研究員にとって、我々のアイデアや労力が、研究を進める上での力となり得ます。「お互いに足りないところを補い合い、情報を共有しながら一緒にやりましょう」と話がまとまりました。
 以上のような背景から、3月8日、9日には新井さんの設計図にもとづき、植え付けを行いました。ここに「産・官・民」共同のユニークな活動がスタートしたわけです。


産:山主の木村さんからの土地の使用の了解と御意向
  地元の林業家であり、奥多摩・山しごとの会顧問の原島さん
官:東京都林業試験場
民:奥多摩・山しごとの会

(WEEKIY NEWS西の風’03年2月28日、青梅市奥多摩町版/GR現代林業、’03年5月号巻頭フォトレポート/第54回日本林学会関東支部大会発表論文集「東京多摩山間部における放置林の実態調査」参照)
●今後は「学」との連携も
 東京都林業試験場でも、今回が始めてのフィールドでの実践となります。詳細については、数年にわたる新井さんの研究発表という形で行なわれる予定ですので、是非それを御覧になってください。
 今回の植栽場所は、我々が手を入れることによるデータへの干渉を防ぐため、約5年間は林業試験場の専用区画とします。その他の場所は最初から共同のフィールドとして、シカのガードの囲いを間伐材でつくり、周辺の森から採取した種を植えて育てたり、林業試験場のオリジナルガードを利用して、実生で生えてきた幼樹を育てたり、と色々な試みをしてみたいと思っています。フィールド内の急傾斜のガレ場で植栽やガードの設置に向かない場所では、シカが食べない植物の播種更新なども考えています。また、フィールドの近くには東京農業大学演習林があるため、今後は「学」の立場からこの活動に協力・ご指導をお願いするつもりです。

 JR奥多摩駅から正面に見えるこのフィールドが、これから長い年月をかけてゆっくり変わっていくきっかけづくりに参加し、これからも関わってゆけることを大変嬉しく思います。100年後はどうなっているでしょう。この、立場を超えた伐採跡地の広葉樹林再生運動を行なうことにより、争いや富みを独占する空しさ、短期の見返り結果のみを追求してシミュレーションやグローバリズムに明け暮れるリアル感や潤いのない生活に人々が気付き、組織や国、人種、価値観を超えて、お互いを認めあい、広葉樹の森のように、豊かで多様性のある世界になれば、と思います。この広葉樹林再生運動があの60年代のカルチャームーブメントのような大きな波のうねりとなって、日本に、世界に、奥多摩のささやかな《ともしび》から大きな運動になっていったらいいな、なんて夢のようなことを考えています。

奥多摩・やましごとの会: ・ 小井沼 
TSUTOMU KOINUMA
1953年、東京都生まれ。自動車メーカー勤務。
“奥多摩・やましごとの会”創立時(’97年)からのメンバー。
定例広葉樹活動のリーダーとして活躍中。