日本列島森づくり百科

(14)ボランティア団体と協力して天然下種更新

原島幹典(東京都奥多摩町) 

 

 

 ●造林未済地の出現
 「造林未済地」とは、人工林を伐採した後、いまだ植林をしていない林地のことを指す行政用語です。「伐採跡地」とも呼ばれています。
 森林・林業基本法に基づく地域森林計画によれば、森林は伐採後、林地の荒廃を防止する観点から、原則として2年以内に速やかな更新をしなければならないことになっています。しかし、大半の森林所有者、林業経営者は、悪化する一方の経営環境に失望し、再造林する意欲を持てなくなっているのが現状です。さらに、東京都の水源地である多摩川の北側一帯のように、シカ(※1)の食圧が高い地域では、植林木どころか、自然に生えてくる草木までが食い尽くされてしまうので、伐採跡地の表土が露出し、侵食(※2)が起き始めています。つまり、経済的な理由と野生動物被害により、伐採後の再造林(※3)はきわめて困難になっており、そのまま放置されるケースが全国的に増加しているのです。     (右上写真:大面積伐出後の林地)
 このことに対し、指導すべき立場の行政は実態を知ってか知らずか、沈黙したままですし、研究者等専門家もさほど強い関心を示しておりません。所有者は再生産を諦めたわけですから、その後の手入れなど、とても期待できません。つまり、この経済活動をやめた後の森のことを、誰も真剣に考えていないように思えるのです。
●「放置する」と「自然に戻す」は同じ?
 「自然に戻すのだから、よいことではないか」と公言する方もおられるようです。確かに、法律で決められているからといって、今後、管理してゆける見込みが立たないまま、従来通りスギ・ヒノキ等を植林するのは、いかがなものかと思いますし、長い時間をかければ、利用価値のある天然林が育つ場合もあるでしょう。しかしそれは、50年〜100年先の、長期的かつかなり楽観的な見通しであると思います。私たちの社会が直面しつつある資源・環境問題は、そのような悠長な考えが許されるとは思えません。CO2吸着能力、木材資源としての利用価値のどちらを見ても、自然の再生力に依存して間単に得られるものではありません。そこに、21世紀の林業の出番があるといっても過言でないでしょう。経済活動をやめるのは仕方ないとしても、最低限のメンテナンスをして自然に託すのが道理というものです。前述のシカの食圧以外にも、周辺母樹林の消失、笹の繁茂、ツル植物の繁茂、大型草類や潅木類との激しい競争など、森林の成長に対しての阻害要因が、森林の再生力を上回っている場合も多く見受けられます。
 いま木材価格は最悪の状況です。よほどのことがない限り、所有者・経営者は、伐採をひかえていますが、何らかの理由で材価が上がり、多少の利益が出るとなれば、将来に不安を抱く経営者は皆、伐採をしたがることでしょう。無論、今の状況では、その大半は造林未済地になるはずです。民間の森林経営を持続不可能にしている今の林業政策・資源政策が変わらぬ限り、この現象は避けられないものと考えております。
●いま、できることは何か

 そこで、いま何をすべきなのかということなのですが、私ひとりでは何もできません。そこでとりあえず、「伐採跡地に、将来の天然下種更新(※4)を可能にする母樹林を育てよう」という基本構想をつくり、地元で森林ボランティア活動を続けている「奥多摩・山しごとの会」の広葉樹活動班に協力を呼びかけ、賛同を得ました。彼らは、すでに3年ほど前から、別の場所で伐採跡地のメンテナンスを経験しており、樹種の区別や森林・林業に対する基礎知識、作業技術を身につけているため、強力なパートナーです。地主であるKさんも、以前から悩みの種であった、伐採跡地の復旧に期待が持てるとあって、すぐにフィールド使用を許可してくださいました。

   (右上写真:再生活動のフィールド環境)

 残るは、専門家のアドバイスと必要資材の調達です。これらについて、東京都林業試験場に協力を求めたところ、偶然にもある研究員が同じフィールドで、伐採跡地における森林再生技術の確立を目指す、試験調査を計画中でした。試験研究費が削減される中、遠いフィールドで行う試験は、複数の試験研究を受け持つ研究員にとって大変な負担となるため、普通は嫌われるのでしょうが、その研究員は、伐採跡地の再生を重要視しており、再生技術の確立に挑戦しようとしていたのです。
●狙いは母樹育成による天然下種更新
 まるで仕組んでいたかのような展開で話がとんとん拍子に進み、結局、手間と金を極力かけず、確実に母樹を育成保護し、将来シカの食圧が減少した際、一気に天然下種更新を狙うという、大胆な植栽方法を取ることになりました。現地活動に先立ち、2月16日に会のメンバーが林業試験場で研究員の説明を聞き、両者の目的が一致していることを確認しました。
 具体的な植栽方法や樹種の選定、シカ対策、今後の管理方法等については、いずれこのコーナーで、広葉樹活動のリーダーである小井沼氏にご紹介願うとして、私からは一林業家として、無力な私が、ここ5年ほどの間に目指してきたものが、いかにして実現できたのかのプロセスを皆様にご報告し、同様の悩みを持つ方々の参考していただければ幸いです。

※1:ニホンジカとニホンカモシカ
※2:雨水、風等の作用で地表の土壌や土砂が削り取られる現象
※3:人工林伐採後に再び人工植林を行うこと。
※4:自然に散布した種が発芽し、稚樹として育つことで後継の森林を育成する方法。側方天然下種更新と、上方天然下種更新がある。


東京都西多摩郡奥多摩町 ・ 原島幹典
1957年、奥多摩町生まれ。
明治大学経営学部、東京農業大学農学部林学科卒業後、
林業経営・育林作業に従事するが、林業不況で断念。
会社勤めのかたわら、森林ボランティア活動や
地域産材の家造り運動に参加、
1998年、林業家・森林インストラクターとして独立。
「奥多摩・体験の森」にて林業体験活動の指導に当たる他、
森林利用文化を通じて、都市生活者と地域社会を結ぶ活動を展開中。