(創刊:2001年8月18日)
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★メディアの危機を訴える市民ネットワーク┃メ┃キ┃キ┃・┃ネ┃ッ┃ト┃
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                       メール・ニュース vo.18(4)   発行:2005年5月2日
                            登録者数:375人
                             http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html


 vo.18(1) (2)に引き続いて、メキキ・ネットの総力取材による、「改変」過程
の詳細の第三弾をお送りします。今回は12月27日版から1月24日版までの連続性
について論じています。「政治介入と番組改変」の連載は、とりあえずこれで完
結となります。
 これまでの連載からも明らかなように、番組「改変」のプロセスは決して単純
ではありません。確かなことは、「通常の編集プロセス」という弁明が空々しく
響くような異常事態が生じていることです。マス・メディアがこの問題について
ほとんど沈黙してしまっている今だからこそ、地道に認識を共有するとともに、
新たな運動の展開の方向性を考えていきたいと思います。
 

■もくじ■

 1.政治介入と番組改変 (3)

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                         政治介入と番組改変 (3)

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※ 本稿で用いる記号、略称についての凡例
・V1=VTR1
・S1=スタジオ1
・番組は、VTRを見てはスタジオでコメントする、という「V1-S1-V2-S2-V3-S3-
V4-S4」という構成
・12月27日版=スタジオ収録時の台本で想定されていたバージョン
・1月24日版 =DJ制作最終版(これ以降、DJは編集作業から事実上降板)
・1月27日版 =高橋哲哉氏がスタジオで再撮を受けたときの台本のバージョン
・1月28日版 =NHKによるオフライン編集版(安倍氏らとの面談直前のバージョン)
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《2−3.12月27日版から1月24日版までの連続性について》

 番組への圧力の起点をどこからと考えるかは相当難しい問題である。明確に
「黒」の領域だけでなく、「自粛」のようなグレーゾーンがかなり存在している
からである。しかし、グレーゾーンも含め、通常の編集プロセスからの逸脱の第
一段階は、1月19日の教養番組部長による試写から開始していたとみることがで
きる。

 しばしば誤解されているが(NHK内にすら誤解があるようだが)、1月19日までの
編集プロセスをDJ側が単独でおこなってきたわけではない。DJの表現を借りれば、
「制作過程において、製作会社とテレビ局はイコールパートナーであり、お互い
意見を述べあい番組制作を進行して」いくものである(05年1月13日付、DJのコメ
ント)。実際、1月13日および17日にNHKの永田CPや長井デスクらを交えて、第2夜
の試写がおこなわれている。このとき、NHK側スタッフからは具体的な提案等は
あったものの、番組内容そのものについて特に何か問題とされることはなかった。
むしろNHK側スタッフは、「いい番組になる」「崇高な女性法廷の記録を中心に
しよう」「これだけ頑張ったんだから大丈夫でしょう」などと言っていた。つま
り部長試写までは、現場の一定の共通了解の上で編集が進行していたのである。

 ところが、19日の試写をみた吉岡部長は激怒し、「法廷との距離がとれていな
い」「企画と違う」「お前らにはめられた」といったことをまくしたて、具体的
な改善点は述べないまま去っていった。そもそも、この部長試写がなぜ、どうい
う経緯でおこなわれるにいたったのかも本当のところは不明である。裁判では、
1月上旬に永田CPの方から「現物を見ないで議論しても仕方がないので、なるべ
く早く見てください」とお願いしたということになっているが、なぜこうした話
になったのかは定かでない。

 いずれにしろ、これを受けて部長を除く関係者で修正点を検討し、再編集がは
じまった。海外の報道を加えることがまず決められ、また永田CPからは司会の町
永氏のスタジオ再撮をおこなうことが告げられた(実際の撮影は23日)。そのうえ
で1月22日に再試写がおこなわれた。その場で、番組制作局長と部長からの「通
告」として、松井やより氏のインタビューVTRを削除すること、「天皇有罪」を
伝える判決シーンをナレーションに変えることを長井デスクから命じられたDJ側
がこの通告の理由を尋ねても、「業務命令」という答えしかかえってこなかった。

 そして1月24日。二度目の部長試写がおこなわれた。吉岡部長は、「ボタンを
掛け違えたな。このまま出せば皆さんとはお別れだ」などと、番組そのものを否
定するような発言をし、DJを蚊帳の外に再編集の話がはじまった。そこで、DJ側
は、これ以降の編集作業はNHK側でやってほしいと告げたのである。
〔ここまでの点については、坂上香氏の論考(『創』05年3月号)や、前掲『イ
ンパクション』に収録された座談会に詳しい。〕

 これがDJ降板の19日から24日までのプロセスの概要である。以下、この間の変
更点がどのようなものだったかをみてみよう。

 まず、22日に「通告」された2点について検討しよう。

 天皇有罪のナレーション化についていえば、マクドナルド裁判官が「認定の概
要」を読み上げるシーンのうち、性奴隷の体験が「人道に対する罪」を構成する
と認定すると述べているところまでは、そのままVTRとして残した。しかし、そ
の後に、天皇裕仁を同罪で有罪と認定すると述べ、会場が拍手でわきかえり、さ
らに日本国の有罪を述べるというシーンは削除し、ここだけをナレーション化し
たのである。つまり、「法廷」の判決が、罪の認定と有罪の宣告から成り立って
いるとすれば、後者のみをナレーション化したのである。要するに「天皇有罪」
のインパクトを弱めるための演出をしたということになるが、その判断の内容自
体はこの時点で消されていなかった。
〔実をいえば、1月29日の総局長らの試写時点まで残っていた「法廷」の判決シー
ンとは、罪の認定を述べるVTR部分だけだった。したがって、24日以降28日以前
のどこかの時点で天皇有罪のナレーションも番組に入れないことが決められたも
のと思われる。そのVTR部分すらも消えたのが放映版だった。〕

 一方、故・松井やよりさんが「法廷」の目的や意義を語るインタビューは、
「通告」にしたがって二度目の部長試写前にはカットされていた。しかし、松井
さんが言及していた故・姜徳景さんの絵「責任者を処罰せよ!」は、この時点で
もまだ残っていた。これは、「法廷」開催のきっかけとなった絵であり、これだ
けでもシーンとして残されていたことの意義は大きいといえる。

 この二点以外でも変更はあった。

 一つは海外報道の追加である。ただしこの時点では、放映版のように各国のTV
ニュースを紹介するというようなものではなかった。V2で、東京裁判で裁かれな
かったものを裁くといった内容の『ワシントン・ポスト』の記事を伝えた程度だっ
た。

 19日版までは存在しなかったが、24日版までに付け加えられたものとしては、
インドネシアで強制収容所に入れられた後に「慰安婦」とされたオランダ人(当
時)のヤン・ラフ=オハーンさん(番組ではオランダ語読みでオヘルネさんとされ
ている)の証言である。これは放映版まで残った証言だが、いかなる意図でこれ
が付け加えられたのかは定かでない。敢えて推測すれば、オランダはこの戦争で
「戦勝国」だったという点が、ひょっとすると何らかの影響を及ぼしていたのか
もしれない。

 以上が主な変更点である。

 当然のことながら、スタジオ収録時のVTRやスタジオでの発言の収録時間は、
番組全体の尺よりも相当長めのものだった(VTR部分が約30分、スタジオ収録部分
が約50分あったという)。したがって、それを詰めて見やすくする作業が部長試
写までの間におこなわれてきたのはいうまでもない。そうはいっても1月19日版、
そしてそこからいくつかのシーンの変更があった1月24日版は、スタジオ収録時
の構成案から大きく逸脱する内容ではなかった。つまりここまでであれば、制作
現場、出演者、被取材者の了解の範囲内だったと考えられるのである。

 しかし、そのことは、この時点での番組への介入が単なる「番組論」だという
ことを意味しない。1月22日という時点で、局長クラスのNHK上層部から編集現場
への「通告」があったという点において、明らかに通常の編集プロセスからは逸
脱している。「番組論」というからには、一定の議論が必要なはずだが、理由も
なく変更を求めるのは既に議論ではなく命令である。これが、どこに端を発する
命令なのかは不明である。伊東律子番制局長や吉岡部長といったレベルの判断な
のかもしれない、もっと「上」あるいは「外部」とも関係しているのかもしれな
い。ただ、制作会社が事実上編集から降板するといった事態を、「通常の編集プ
ロセス」などとは到底いえないことだけは間違いない。


【3.おわりに】

 以上、検討してきたことを簡単にまとめれば、以下のようになる。

[1]12月27日版から1月24日版までは一定の連続性がみられた。
 しかし、1月19日の部長試写、22日の「通告」、24日の2度目の部長試写などに
おいて、番組内容が否定され、DJの担当者が事実上降板するにいたるという点に
おいて、これを番組への介入の第1段階ということができるだろう。これは少な
くとも番組制作局長および教養番組部長といったレベルからの介入だった。

[2]1月24日版から1月28日版にかけて番組はかなり違った構成になっていった。
 この構成変更、スタジオ新撮などは、基本的に教養部が主導しておこなわれた。
しかし、26日の総局長らによる異例の「粗編試写」、26日を前後する政治家や右
翼の急速な動き、長井デスクに命ぜられた政治家対策のメモ作成など、この時点
では限りなく黒に近い圧力が番組へと加わっていた。24日から29日夕方の総局長
試写までを、番組への介入の第2段階ということができるだろう。

[3]そして1月28日版から放映版にいたるまでの2日間に徹底した細部の手直しが
あった。
 29日にNHK幹部が政治家まわりをし、NHKに帰ってきてからおこなった編集作業
で、さらに番組はシーンの削除やナレーションのつくりなおしなど、細かく手を
加えられた。放映直前3-4時間での番組カットなど、この時点の編集プロセスは、
政治家と一心同体となったNHK幹部による直接介入だった。これが番組への介入
の第3段階である。

 こうした点が明らかになっているにもかかわらず、NHKの基本認識は、1月19日
に公表された「コンプライアンス推進室調査結果報告書」から、未だ一歩も出て
いない。このような異常事態を「通常の編集プロセス」だったなどと平気でいっ
てのけるNHK幹部には、既にNHKの現場からも反発が生まれている。NHKは4月20日
にも朝日新聞社宛に「催告書」を送っているが、まずは何よりも自ら責任をもっ
て全容を究明すべきである。
 また朝日新聞社も、提訴を前提にNHKへ通告書を送って以来、すっかり公論上
ではこの問題から撤退してしまった。これも私たちを相当いらだたせている。

 この問題について、すでに他のメディアでは「沈静化」してしまったようであ
る。いや、正確にいえば、「朝日問題」ということで決着をつけようという動き
ばかり目立ち、あとはすっかり引いてしまったようである。ある意味、1月の急
展開以前よりも、この問題をめぐる状況は悪化している。

 4年前の番組改変事件は、歴史教科書問題のまっただ中で起きていた。番組改
変事件にも関与した「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」や「日本会
議」は、歴史教科書から「慰安婦」をめぐる記述を削除することを強く求めてい
た団体である。
 思い出してみよう。91年に金学順さんが、自らが「慰安婦」であったとして名
乗り出た。93年に当時の河野官房長官が談話を発表し、97年に出された歴史教科
書には「慰安婦」をめぐる記述が登場することになった。それに対するリアクシ
ョンとして組織されたのが、「自由主義史観研究会」であり「新しい歴史教科書
をつくる会」であり、上記団体だった。そうした諸団体が「慰安婦」をめぐる日
本の責任の問題を消し去ろうと活発に活動するなかで、この番組から女性国際戦
犯法廷の本質が消し去られたのである。
 それから4年たち、ふたたび中学の歴史教科書の検定がおこなわれた。「慰安
婦」ということばは、全ての教科書から消え去った。2社の教科書のみ、関連し
た記述が残った程度だったという。つまり、90年代後半以降の歴史修正主義の動
きが、ここまで「達成」してしまったのである。それだけではない。日本政府の
責任を問うことが「工作」活動だなどという奇妙な言説が安倍晋三らによってた
れ流され、「まともな政治家なら〔…〕カットを要求するのは当然」などと「読
売新聞グループ本社社長・主筆」が発言して全く憚らないのが、今の状況である。

 「政治介入と番組改変」をめぐる真相解明と責任追及は、こうした広がりをもっ
た問題に対する異議申立ての運動としてたたかわれなければならない。メキキネッ
ト事務局は、ひきつづきこの問題を取材していきたい。

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                       (18号編集担当・駒込 武)

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│発行= 2005年5月2日                                               │
│発行所=メキキ・ネット事務局                                      │
│ ホームページ: http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html         │
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