2002年6月20日高橋徹、記

遺伝病をどう考えるか

(問)もし遺伝病の患者が、一人も子どもを作らないことにすると、世の中から遺伝病なくすことが出来ますか?

遺伝病をどう考えるか

 現在およそ、3500種以上の遺伝病が知られています。その中には深刻なものもあり、若くして命を失わなければならないものも存在しています。

 人間の遺伝子は約60億塩基対のDNAからできているといわれています。塩基対で記録されている遺伝子の種類は10万種類。人間の遺伝子は安定しているようで、実はきわめて不安定です。絶えず壊れ、突然変異をおこし、遺伝病の遺伝子は作られています。もちろん生物は、おのおのの遺伝子を二個ずつもつ事によって、その遺伝子の傷が表に出ないようにしています。また最近では生物は減数分裂を行うさいに、壊れた遺伝子を修復する機能も持っているという報告もされています。しかしそれでも遺伝病は、こうした遺伝子の変化や破壊からあらたに生じてきます。遺伝病の遺伝子を持っていない人は実はほとんどいないといわれています。ある計算では一人平均4〜5個の遺伝病の遺伝子を隠し持っているといいます。

 断種や中絶によって遺伝病を根絶することは出来ません。遺伝病は特殊で、異常なものではなく、自然の営みの中で生まれてくるものなのです。私達は遺伝病と今後もつきあって行かねばなりません。

遺伝子操作で遺伝病をなおせるか

 遺伝子操作を利用した遺伝病の治療には、三つの方法が考えられます。

  1. 不足する遺伝子を、人間以外の生物、たとえばバクテリアなどに組み換え、不足するタンパク質をその生物に作らせ、薬として利用する。
  2. 患者自身の体細胞に不足する遺伝子を導入する。
  3. 生殖細胞(卵・精子)の遺伝子を書き換えてしまう。

 おそらく今後の医学は、遺伝子操作で遺伝病を治していく方向を模索していくでしょうし、そうした研究は既に始まっています。しかしこれもよく考えてみる必要があります。

 上記の1.の場合がもっとも安全そうで、取り組みやすい方法ですが、危険はないのでしょうか。人間の遺伝子を導入された宿主生物が、新たな病原生物になる可能性もあります。たとえば人間のホルモンを作る遺伝子を導入された大腸菌が、外に逃げ出し、人間の体内に進入して、勝手にホルモンを作り始めたらどうなるでしょうか。

 また2.の場合はどうでしょう。現代の遺伝学は、既に遺伝子の分子構造を明らかにし、その働きも解明してきた・・・と信じられてきました。しかしある遺伝子をいじくることで、その生物がどのように変化するのか、外から導入した遺伝子が生体内でどう振る舞うのか、やってみなければ分からない側面があります。ジャガイモの細胞とトマトの細胞を合体させて作ったポマトの話は有名です。寒い地方のジャガイモの遺伝子を入れて、耐寒性のトマトを作ろうとしたものです。しかし出来たポマトの実の中には、ジャガイモの芽の中に出来る有毒成分で満たされていたというのです。植物だったら、これで話はおしまいです。

 人間だったらそうはいきません。遺伝子操作はやってみなければ分からない。もし遺伝病を遺伝子操作で解決しようと思ったら、たくさんの人体実験を繰り返さねばならないでしょう。

新しい技術開発にはリスクはつきもの・・・でも?

 科学技術は失敗や事故から学び、よりよい技術を求めて発達していきます。果たして遺伝子操作にこの方法論が使えるのでしょうか。とりわけ、上記の3.人間の生殖細胞の遺伝子操作は、失敗や事故が許されない技術です。実験のリスクを背負い込むのは、なんの責任もない生まれてくる子どもなのですから。したがって、いままでの技術革新の方法論が使えないことになります。生殖細胞の遺伝子を操作することは、開発すること自体やってはいけない技術ではないでしょうか。

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