2002年6月21日高橋徹、記

優生学の生まれ時代

このページは高校の生物の授業で優生学を取り扱うに当たって準備したメモをもとにして、優生学の粗描を新たに書き起こしたものです。

遺伝的天才

 優生学は1865年イギリスのフランシス・ゴールトンによって初めて提唱された考え方です。ゴールトンは進化論「自然選択説」を提唱したチャールズ・ダーウィンの従兄弟で、ダーウィンの著作「種の起原」(1858年)に触発されて優生学を考え出しました。いってみれば、進化論を人間の遺伝的改造に応用しようというものです。 

 メンデルの遺伝法則が世の中に知られるようになったのは1900年ですから、ダーウィンもゴールトンも今日的な意味での遺伝子という概念は持っていなかったことになります。ゴールトンは当時の上流階級の家系を調べ、天賦の才能を持つ人は互いに血縁関係にあると主張します。そして、「数世代連続して相手を選んで慎重な結婚を続ければ、人よりも優れた才能を持つ男の子を産み出せる」と確信したゴールトンは、遺伝的才能の優劣を競う試験を国家が実施し、優等者を公開の席上で表彰し、彼らの間で産まれた子どもには特別の補助金を支給することで優生学的に優れた子どもを増やそうと提案しています。また、子どもを作るのにふさわしくない人々は修道院に入れ、異性と隔離するのが望ましいと考えていました。

進化論や優生学が生まれた時代

 さて、このダーウィンやゴールトンが活躍した、19世紀のイギリスは、どういう時代だったのでしょう。ちょうど資本主義社会の発達期にあたり、競争が進歩をもたらすという考え方が、いよいよはばをきかせ始めた時代です。ダーウィンが進化の原理の中に競争原理を持ち込んだのは、こうした時代の風潮と無関係ではありません。競争原理、すなわち強いものが優れていて生き残っていき、その事が進歩をもたらす、という考え方は、そのまま優生学の骨格にかかわる考え方です。

 ダーウィンのオリジナルな進化論の中の競争原理は「生存競争」とか「生存闘争」とか訳されていますが、この言葉はひとり歩きして、日常的にも色々な意味に使われていますので、ダーウィンがどのような意味で使ったか、理解しておきましょう。

ダーウィンの考えた生存競争

 繁殖を通じて生物の個体数はどのように増えていくのでしょうか。たとえば増殖率2倍を考え、最初の世代を2匹とすると2→4→8→16→32・・・というふうに増えていくことになります。このような一定の比率で増えていく増え方を「幾何級数的増加」とか「等比級数的増加」とかいいます。ダーウィンは生物は潜在的に幾何級数的に個体数を増加させる能力を持っている、としました。生物は増えていくと、餌や生息場所をめぐって生存のための闘争をするようになり、生存に有利な変異を持った個体が生き残ると考えました。ダーウィンはこれが自然選択の大きな要因の一つと考えていました。

 しかしよく考えてみると、なにも「等比級数的な増加」を前提にした「少ない資源をめぐっての個体どうしの競争」を持ち込まなくても、「環境による選択」を考えればすむことで、少ない資源をめぐって競争しているかどうかは本質的な事柄ではないのです。(このことは19世紀当時エンゲルスが自然の弁証法をめぐるノートの中で指摘しています。)

 蛇足ですが、現在の主流の生物進化学〜総合説〜では適応度の高い遺伝子が、集団の中で比率を増していくと考えています。したがって個体どうしが資源をめぐって競争していても、していなくても関係がないことになります。進化学では遺伝子の比率が変わっていくことを、現在でも生存競争という言葉で表現しているようです。

進化論の理解のされ方

 19世紀に戻ります。ダーウィン自身の意図はどうあれ、その後の生物進化学の議論はどうであれ「強いものは生き残っていき、弱いものは滅んでいく、それによって進歩がもたらされる」という考え方が正しい人間社会のあり方だと短絡され、さらには「強いもの→正しいもの→存在して良い」「弱いもの→正しくない→存在してはいけない」という考え方になじんでいくことになります。弱者や少数者を切り捨てる差別意識に科学的な装いを持たせる考え方につながっていくことになります。

優生学は理想社会を目指すと考えられた

 いずれにしても優生学は、人間の遺伝的改良を通じて、社会のありようを変え、理想的な社会を目指す科学として受け止められ出発したのです。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、政治的には進歩的な科学者や知識人にも影響をひろげていくことになります。

優生学の方法

 優生学の方法には積極的優生学と消極的優生学(禁絶的優生学)に分けられます。積極的優生学は、人類集団の中のすぐれた遺伝子を増やそうとするもので、知能指数の高いもの、健康な者、優れた才能の持ち主の結婚・出産を奨励することです。一方消極的優生学は、劣った遺伝子を減らそうとするものです。断種や妊娠中絶を通じて、障害者や精神病患者、アルコール依存者犯罪者などが子孫を残さないようにする措置です。

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