2006年1月 

岩垂弘・もの書きを目指す人びとへ――わが体験的マスコミ論――の第63回「米空母イントレピットからの脱走兵」(1月7日記)
http://www.econfn.com/iwadare/page171.html 
岩垂弘・もの書きを目指す人びとへ――わが体験的マスコミ論――の第64回「脱走米兵と暮らす」(1月16日記)http://www.econfn.com/iwadare/page172.html 

2006年2月

伊藤幹彦・あとがき(『もくの会・通信』No.55 06年新春号)〔この「あとがき」には、名古屋における脱走兵援助活動のことがふれられており、小谷剛さんが、それについての作品を発表していることなどが載っている。〕

小中陽太郎・ ベトナムの悲劇 今も訴え――「発掘された不滅の記録」展を見て (朝 東京本社版 13夕「文化」欄)

早野透・デモつくった「普通の人」 「声なき声」たち 今も献花(「ニッポン 人・脈・記 市民と非戦F) (朝 28夕)〔「声なき声の会」の小林トミさんと姉の小林やすさんの紹介記事。ほかに鶴見俊輔、高畠通敏さんらについても

ベトナム反戦が生んだフォークソング (『青春の歌』No.1)

鈴木道彦・越境の時――一九六〇年代私記 第三章のためのノート (『青春と読書』)〔集英社発行の月刊誌『青春と読書』に連載中。この号の文章では、1967年10月の羽田闘争における山崎博昭の死をめぐる報道への批判、そしてベ平連の脱走兵援助活動への参加、韓国軍からの脱走兵、金東希問題などにふれている。〕

2006年3月

早野透・参加も自由、発言も自由 ベ平連、地をはう視点で(「ニッポン 人・脈・記 市民と非戦G) (朝 1夕)〔ベ平連小田実さんの紹介記事。ほかに鶴見俊輔、高畠通敏さんらについても。〕

早野透・運動とユーモア闘病記 人々の思い広告に載せ(「ニッポン 人・脈・記 市民と非戦H) (朝 2夕)〔ベ平連の吉川勇一さん・祐子さん夫妻についての紹介記事、ほかに小田実さんらについても。〕

2006年4月

「声」(投書)欄に1968年1月6日のベ平連定例デモの写真。 (朝 17)

2006年6月

来る者は拒まず 自称「ベ平連」が各地に誕生  (『ビジュアル日本の歴史』No.120 高度成長の時代)

アメリカに届け! 岡本太郎反戦の叫び ベトナム戦争反戦広告(ワシントンポスト掲載) (『ビジュアル日本の歴史』No.120 高度成長の時代) (この二つの文献については、「ニュース」欄 「421  週刊『ビジュアル日本の歴史』120号がベ平連の記事。」を参照。 )

単行本・石田雄著一身にして二生、一人にして両身――ある政治研究者の戦前と戦後』岩波書店

2006年7月

成田空港反対闘争40年 故大木よねさん養子 赤平出身 小泉さん 「循環農業」で守る母の土地 (『北海道新聞』5)〔ベ平連運動から非暴力直接行動を経て、三里塚の大木よねさんの養子になる経過とその後の三里塚での活動などの紹介。〕

成田発、負けない農業 小泉英政さんの百姓物語〈上〉野菜200品 種も肥料も自家製で (『 北海道新聞』6)

成田発、負けない農業 小泉英政さんの百姓物語〈中〉ネットワーク 会員らとの交流支え (『北海道新聞』7)

成田発、負けない農業 小泉英政さんの百姓物語〈下〉非暴力35年 「自分の原点」に自信 (『北海道新聞』8)〔鶴見俊輔さんの小泉さんについての思い出、68年頃の非暴力直接行動や小泉さんの描いた詩などを引用しながら、小泉さんへのエールが送られている。〕

2006年9月

単行本・早野透ほか著
ニッポン人脈記 1――女がはたらく朝日文庫  2006年3月に『朝日新聞』夕刊に連載された「ニッポン人脈記」をまとめたものの第1冊目〕

2006年10月

単行本・絓秀実著
1968年ちくま新書 

2006年12月

内村直之・ 暗号解読「命からがら」 大学追われベトナム反戦(「ニッポン 人・脈・記 数学するヒトビトB) (朝 13夕)〔ベ平連の 福富節男さんの「ベト数懇」の活動などのほか、銀林浩、秋葉忠利さんについての紹介記事〕

白川真澄・田中真人(対談)「『統一』創刊と『六八〜六九年』の現代的意味」(『グローカル』2006.12.01)対談中で、上記絓秀実『1968年』を「飲み屋でのヨタ話」と批判している。〕

国富建治「『全共闘世代』の経験をどのように言語化すべきなのか」(『季刊 運動〈経験〉』2006年 No.19)上記絓秀実『1968年』を詳しく批判している論文〕