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第112号(2000年5月28日発行)

【特集2】

 名護市民投票判決  

 市民投票の結果を踏みにじり海上ヘリ基地受け入れを表明した比嘉鉄也名護前市長らに対する損害賠償請求訴訟の一審判決が出た。今月号では、判決文、訴訟の代理人の三宅俊司氏の判決批判原告団の控訴断念声明を掲載する。


 平成一二年五月九日判決言渡同日原本交付 
                  裁判所書記官

 平成一〇年(ワ)第八二号 損害賠償請求事件

 口頭弁論終結日 平成一二年三月一四日
  
    判       決
 
 原 告 別紙原告目録記載のとおり
   右原告ら訴訟代理人弁護士 前田 武行
       同        池宮城紀夫
       同        永吉 盛元
       同        三宅 俊司
  沖縄県名護市港一丁目一番一号
       
 被 告  名護市
   右 代 表 者 市 長   岸本 建男
     沖縄県名護市東江三丁目一〇番一五号
 被 告 比嘉 鉄也
   右被告ら訴訟代理人弁護士 小堀 啓介
       同        竹下 勇夫
       同        玉城 辰彦
       同        阿 波 連 光
       同        武田 昌則
       同        宮崎 政久

 主       文
  一 原告らの請求をいずれも棄却する。
  二 訴訟費用は原告らの負担とする。
 
 事      実

(略)
 
 理      由
一 まず、被告らの本案前の主張について検討する。
被告らは、本件訴えが政治的主張にすぎないから、本件訴訟は法律上の争訟に当たらず、また、訴えの利益はない旨主張する。
  しかし、原告らは、本件訴訟において、自己の権利が侵害され、精神的苦痛を被ったとして、その損害賠償を求めている以上、慰謝料請求権の存否という具体的な法律関係について紛争があり、かつ、右紛争の判断にあたって、ヘリポート基地建設の政治的な当否についての判断に立ち入る必要はないのであるから、いわゆる事件性を肯認することができる。
  したがって、本件訴訟が法律上の争訟に当たらないとか、原告らに訴えの利益がないとはいえない。
 
二 まず、本件住民投票に係る事情及び本件住民投票後、被告比嘉が本件受入れ表明をするに至った経緯等についてみるに、証拠(甲一ないし九、原告宮城保、同真志喜トミ、同輿石正各本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
 
 1 普天間基地は、沖縄県宜野湾市に所在し、米軍海兵隊の飛行場として使用に供されているところ、平成八年一二月二日、日米両政府間において右基地返還の合意がされ、その代替基地用地の有力な候補地として名護市の東海岸地域であるキャンプシュワブ沖が挙がった。
 2 これに対し、名護市民の中には、普天間基地の代替基地を沖縄県内に求めることは基地の県内たらい回しにすぎず、ジュゴン生息海域という世界的にも貴重な海洋環境に著しい悪影響を及ぼしかねないし、名護市周辺に所在するキャンプシュワブ及びキャンプハンセンなどの米軍施設に関し、現に甚大な被害が生じているなどとして、普天間基地の移設に反対する意見を有する者が少なくなかった。
 このような状況下、名護市議会は、平成八年六月二八日に普天間基地の全面返還に伴う代替ヘリポート移設に反対する議案を、同年一一月一八日には普天間基地の全面返還に伴う代替ヘリポートのキャンプシュワブ水域への移転に反対する議案をそれぞれ全会一致で可決した。また、当時被告名護市の市長であった被告比嘉を実行委員長とする「名護市域への代替ヘリポート建設反対市民総決起大会」が二度にわたって開催された。
 3 ところが、その後、被告比嘉がヘリポート基地建設のための事前調査を受け入れ、那覇防衛施設局による現地事前調査が実施されたこともあって、基地建設反対派の住民は、これに危機感をいだき、ヘリポート基地の建設を阻止すべく、右ヘリポート基地建設の是非を問う住民投票条例を制定するための活動に乗り出し、平成九年六月六日、ヘリポート基地建設の是非を問う名護市民投票推進協議会が結成され、同年七月九日以降、市民投票条例制定請求のための署名集めが進められ、法定期間である一か月の間に必要署名数を上回る一万七五三九名の有効署名が集まったため、同年九月一六日、名護市長であった被告比嘉に対して本件条例の制定請求がされた。
 これに対し、被告比嘉は、右条例制定請求の条例案について、ヘリポート基地建設に対する意見の選択肢が、賛成か反対のニ者択一とされていたのを、「賛成」、「環境対策や経済効果が期待できるので賛成」、「反対」、「環境対策や経済効果が期待できないので反対」の四択とし、また、本件条例案の三条二項に「市長は、ヘリポート基地の建設予定地内外の私有地の売却、使用や賃貸等、その他ヘリポート基地建設に関係する事務の執行にあたり、地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重して行うものとする。」とされていたのを、「市長は、ヘリポート基地の建設予定地内外の私有地の売却、使用、賃貸その他ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする。」と変更するとともに、三条三項で「市長は、市民投票の結果を速やかに沖縄県、日本政府及びアメリカ合衆国政府に通知するものとする。」とされていたのを削除するなどの修正意見を付して、これを名護市議会に提出したところ、名護市議会は、平成九年一〇月二日、被告比嘉の付した修正意見のとおりの内容で本件条例を可決し、同月六日、本件条例が公布された。
 本件条例の内容は、別紙「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」のとおりである。
 4 平成九年一二月二一日、本件条例に基づき、本件住民投票が実施されたが、その結果は、「賛成」が二五六二票、「環境対策や経済効果に期待ができるので賛成」が一万一七〇五票、「反対」が一万六二五四票、「環境対策や経済効果に期待ができないので反対」が三八五票であった。
 5 被告比嘉は、本件住民投票が行われた三日後の平成九年一二月二四日、内閣総理大臣橋本龍太郎と会談した際、同人に対して、ヘリポート基地建設を受け入れる旨を表明し、右会談終了後、「住民を賛成、反対に二分させた責任は重く受け止めている。」と述べた上、名護市長職を辞職する意向を示した。
 そして、平成九年一二月二五日、被告比嘉は、名護市内で会見を開き、ヘリポート基地建設を受け入れることを決断した旨、右決意に至った理由及び名護市長職を辞職する決意をした旨などを内容とする声明文を読み上げて、本件受入れ表明をし、その経緯につき、これが苦渋の選択であった旨を強調した。

三 そこで、原告らの主張する損害賠償請求の当否について判断する。

 1 まず、本件住民投票の結果の法的拘束力について検討する。
 前記認定のとおり、本件条例は、住民投票の結果の扱いに関して、その三条二項において、「市長は、ヘリポート基地の建設予定地内外の私有地の売却、使用、賃貸その他ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする。」と規定するに止まり(以下、右規定を「尊重義務規定」という。)、市長が、ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、右有効投票の賛否いずれか過半数の意思に反する判断をした場合の措置等については何ら規定していない。そして、仮に、住民投票の結果に法的拘束力を肯定すると、間接民主制によって市政を執行しようとする現行法の制度原理と整合しない結果を招来することにもなりかねないのであるから、右の尊重義務規定に依拠して、市長に市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思に従うべき法的義務があるとまで解することはできず、右規定は、市長に対し、ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、本件住民投票の結果を参考とするよう要請しているにすぎないというべきである。
 2 基地のない環境のもとで平穏に生きる権利、平和的生存権の侵害について原告らは、本件受入れ表明によって、憲法二五条で保障された生存権としての基地のない環境のもとで平穏に生きる権利や平和的生存権が侵害された旨主張する。
 憲法は、その前文において、恒久の平和を念願し、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認する旨を謳い、その九条において、戦争の放棄、戦力不保持及び交戦権を否認する旨規定し、また、その二五条において、いわゆる生存権を保障する旨規定しており、国民が平和のうちに生存する権利を有することを肯認しているということができるが、このことから、国民各自に対し、具体的権利として、原告らの主張する基地のない環境のもとで生活する権利や平和的生存権を保障しているとはいい難く、憲法上の右各規定を根拠として、個々人の具体的な権利又は法的利益を導き出すことはできない。この点、原告らは、本件条例及びこれを受けて実施された本件住民投票の結果により、基地のない環境のもとで生活する権利を具体的権利として取得したとか、平和的生存権が具体的な権利として享受できるようになった旨主張するが、本件住民投票の性格からしても、右投票の結果により、基地のない環境のもとで生活する権利や平和的生存権が具体的権利となったなどということはできないから、右主張はいずれも失当である。
  
 3 思想、良心の自由の侵害について
 原告らは、本件受入れ表明により、ヘリポート基地との共生を拒否するという思想、信条の自由を侵害された旨主張する。
 しかしながら、思想、信条は、人の内面の精神活動であって、思想、信条の自由が侵害されたというためには、特定の思想、信条を持つことや、自己の思想、信条に反する行動ないし言動をすることを強要されたり、思想、信条を理由として不利益な取り扱いをされたことが必要であるところ、本件受入れ表明は、あくまでも被告比嘉の名護市長としての意見表明であり、これによって、原告らがヘリポート基地建設に賛成する言動をしたということになったり、原告らがヘリポート基地建設に賛成するという思想ないし信条を強制されたというようなことにもならないのは当然のことであるから、本件受入れ表明によって原告らの思想、信条の自由が侵害されたということはできない。
 そして、原告らが、被告比嘉の行った本件受入れ表明に憤りを感じ、これに不快感を抱いたとしても、それは、ヘリポート基地建設に関し、原告らと政治的意見等を同じくする名護市民、さらに国民一般に共通するものということができるから、原告らに生じた右批判的感情をもって法的保護に値するものということもできない。
 したがって、原告らの思想、信条の自由が侵害された旨の主張は理由がない。
   
四 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

  那覇地方裁判所民事第二部
      裁判官  松  田  典  浩
      裁判官  佐  野     信
 裁判長裁判宮原敏雄は転補のため署名押印することができない。
      裁判官  松  田  典  浩