ヘリ基地反対名護市民投票裁判


平成一〇年(ワ)第八二号

準 備 書 面(二)

原  告  輿   石       正
        外五〇三名

被  告  名   護   市
 同    比   嘉   鉄   也

 一九九八年九月二一日

 那覇地方裁判所 御中

右原告ら訴訟代理人

弁護士  前   田   武   行
     池 宮 城   紀   夫
     永   吉   盛   元
     三   宅   俊   司

 被告提出の平成一〇年七月三〇日付け準備書面、同九月一〇日付け準備書面について、次の通り、認否反論する。

第一 被告提出の平成一〇年七月三〇日付け準備書面について。

 一 被告の主張は要するに

  1. 原告らの主張は、政治的主張にすぎず、被侵害権利性がない。
  2. 条例に基づく結果に関しては、単なる政治的性格をもつものにすぎず、個人の権利としての性格を有するものではない。
  3. 原告らの主張は、事件性を欠き、司法判断になじまない。

というものと考えられる。

 二 これらの主張は、基本的に答弁書において被告らの主張した内容を付言しているにすぎず、原告の反論も基本的には、原告準備書面(一)において主張する内容であるが、これを付言すると、次の通りである。

 三 本件事件の基本は、

 の二点にあると考える。

 1については、

 2については、

が、それぞれ問われなければならないと考える。

 四 原告らの被侵害権利について。

  1 不法行為が成立するためには、法的保護に価する権利が、違法に侵害されることを要するのであるが、原告の主張する原告らの法的保護に価する権利は、原告準備書面(一)に記載した通りであるが、要約すると、次の通りである。

 2 平穏に生活する権利の侵害

(一)憲法二五条は国民に対して、幸福で文化的な、最低限の生活を営む権利を保証する。

  生存権の保証は、個人の生存及び尊厳を基本とするものであって、まず生きること、その人格の尊厳が保たれることを主張する権利である。

 憲法二五条を基本として、環境権の概念が提唱され、すでに確立した権利となっており、環境保全、公害対策における、法分野の原則規範となっている。

(二)憲法二五条は、国に対して、生存権の保証のための施策を要求するのみではなく、同条に積極的に反する規範ないし国家行為は無効であり、二五条を具体化する法令の条項の意味は、二五条の精神に即して解釈しなければならないとの義務付けをおこなう。

(三)本件条例は、名護市民の生存にとって、基地との共存が可能であるのか。共存を望むのかを市民に直接問い、市民意思を確定することを目的とする条例であった。

 本条例は、「ヘリポート基地」の建設について市民の賛否の意思を明らかにし、もって本市行政の民主的かつ健全な運営を図ることを目的としており、名護市民が名護市に対して要求する、健康で文化的な生活の形態が、ヘリポート基地との共生を望むのか、ヘリポート基地の拒否を望むのかの選択を図ったものである。

  基地の存在に関して、推進派は、基地の存在による経済発展を訴え、反対派は、基地被害による生活破壊を訴えている。

 条例そのものは、単に民意を問うものであり、基地拒否、建設推進の、いずれの意味も持つものではないが、 名護市民にとって、憲法二五条が保証する、幸福で文化的な生活を営む権利の実現形態として、ヘリポート基地との共生か、ヘリポート基地の拒否かの選択を行ったものであって、憲法の保証する生存権の実現手段を選択したものである。

(四)名護市民は、本市民投票の結果、生存権保障の実現手段として、ヘリポート基地拒否という手段の選択をしたのである。

 その結果、原告らは、自らの生存権の実現形態として、ヘリポート基地を拒否することにより、憲法上保障された生存権を実現し、享受するとの権利を確保したのである。

 選択に因って得られた権利は、単に、名護市を構成する市民団としての抽象的な存在に対してではなく、投票による選択の結果、個々の市民の生存権の保障として具体化されることになる。

 本条例は、生存権保障の手段の選択を市民自らの選択に帰せしめたものであり、憲法の保障する人権を、地方公共団体が自らの自治立法をもって保障したものである。

 市民投票の結果生じた利益は、個々の市民自らが享受することになるのであって、抽象的な市民が享受し、個々の市民には何らの権利も発生しないとするのは、市民投票の拘束力の問題からして誤りである。

 3 平和的生存権

(一)憲法上の権利として、平和に生きる権利が保障されており、名護市民は、軍事基地という最も市民の生命財産に対して直接影響を及ぼす基地の受け入れの可否を市民投票の方法をもって選択した。

(二)投票の結果、名護市民は、基地受け入れ拒否を明確に選択した。

 市民投票の結果の効果として、原告らは、ヘリポート基地のない、平和な生活を享受したのである。

 4 思想良心の自由

(一)原告らは、いずれも、ヘリポート基地建設に反対し、基地のない平穏で、平和な市民生活を確保するとの思想信条を有し、その実現のために活動していたものであるが、住民投票の結果、単なる内心的自由に止まらず、投票の結果、具体的かつ、現実的に享受しうる権利として自らの思想良心に従った生活が保障されうる状態となったのである。

 5 本件条例は、条例そのものは、ヘリポート基地の誘致も拒否も直接の目的とするものではないが、投票の結果は、いずれかの民意を形成し、その効果として個々の市民は、その選択された結果に従って、生活する権利を有することになる。

 条例に基づいて実施された市民投票は、単なる意識調査に止まるものではなく、行政行為を規定し、市民生活の実現形態を規制するものである。

 市民投票は「ヘリポート基地建設の是非を問う市民投票」

 と位置づけられ、個々の市民に建設に賛成か、反対かを問うものであり、市長は、右投票の結果成立した意思を尊重することが義務付けられる。

 6 憲法上の基本的人権の保障は、憲法、法律を法源とする場合のほか、条例にもとづいても、憲法上の基本的人権の実現がはかられうる。

 本条例は、生存権、平和的生存権の名護市における実現形態を、直接名護市民に問うものであり、基地との共生か、基地の拒否による生活かのいずれかの選択を、市民自ら行ったものである。

 7 市民投票の結果、名護市民は、ヘリポート基地との共存を拒絶し、ヘリポート基地を受け入れないで生存を確保することが、生存権の実現として最も適切であるとの判断をしたものであり、基地を拒否して生きることが、健康で文化的な生活の維持であり、平和に生きる権利の実現であるとの選択をしたのである。

 個々の名護市民は、「名護市におけるヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」を根拠として実施された市民投票の結果によって、選択された右結果に従って生きる権利を享受したのである。

 被告は、投票結果を単なる政治過程にすぎず、個々の市民には具体的権利は生じないとするが、市民投票は、単に行政の指針を定めるための市民に対する意識調査とは異なり、条例にもとづく行為として行われるものであり、その結果によって選択された利益は、個々の市民が直接享受することになる。

 条例に基づく投票の結果について、市民が直接その利益を享受しうるのか、単に行政過程にすぎないのかは、市民投票の拘束力の問題とも不可避的に結びつく問題である。

 仮に投票の結果について、行政は何らの拘束もうけないということになれば、投票結果について、個々の市民が享受すべき権利は単なる抽象的な期待権にすぎないことになるが、投票の結果について行政は拘束を受けるということになれば投票結果によって個々の市民は、ヘリポート基地建設を受け入れないで生活するとの具体的権利を享受し、名護市がこれを侵害する行為は許されないということになる。

 五 住民投票の拘束力

 1 地方自治制度は、単なる制度的保障に止まらず、地域住民の自己統治をみとめるものであり、憲法九二条にいう地方自治は、人権の最大の尊厳を義務づけられており、住民の人権保障上不可欠である場合には、原則として、いかなる事項についても自主的に地方公共団体は活動しうる。

 また、地方自治の本質的内容は、他と区別される社会的一体性を備えた地域の住民が、自然に従って当該の地域と住民を基礎とする地方公共団体を形成し、当該地域、住民に固有の共通事務を自己の責任と負担において自らの手で処理することを内容とし、その中から住民の直接参政権が保障されることになる。

 住民投票の制度は、住民が司法自治運営に関して、直接自らの意思を反映させる、直接参政の為重要な意味をもつものであり、住民投票が法律に積極的な根拠を持たない場合であっても、住民投票の結果に法的拘束力を認める事が出来る。

 そうすると、住民投票の結果について、名護市、市長は拘束され、市の行為として積極的にその実現を保障しなければならず、名護市を構成する個々の市民は、その効果として、住民投票の結果選択された権利の実現を享受することになる。

 2 仮に住民投票を諮問型に限定するとしても、名護市、名護市長は投票結果について拘束を受け、名護市民は投票の結果確保された権利を享受しうる立場に立ったのである。

 住民投票の拘束力の有無については、一般論として、決定型住民投票を認めうるかと言う問題と、本条例について法的拘束力を認めうるかどうかを区別しなければならない。

 (一)決定型住民投票を認めうるか否かの点について。

  1. 「条例上の住民投票は、地方議会地方議会が条例制定権を行使して制度化したものであること、また条例は、住民の過半数の同意を条件に自治体の長や議会自らを義務付けるものと解されること、さらに、住民投票は、特定の場所でのみ住民の参与をみとめる制度であること等からすれば、議会による条例を通じた長の統制及び自己拘束という通常の地方政治の枠組から外れるものではなく、なお間接民主制の原則を覆すものではないと解される。また、自治体の長の権限が「民意」と結びついて「住民自治」を徹底されることは「中央権力に対する権力分立の強化」となり、「団体自治」をも押し進める契機となることからすれば、住民投票の法的拘束力をみとめることは、憲法の地方自治に反しない」(高作正博ARTICLE一五〇号記念特集)
  2. 「地方自治法上の町村総会(地方自治法九四条)は、正に全面的な直接民主制といえるため、部分的な直接民主制といいうる、決定型住民投票を町村レベルで制定することは、国法に反しないと解される。また市や都道府県についても過去の法律や住民投票制度が置かれていた経緯があること、しかも決定型住民投票が制度化され実施されていたことからすると、国法は、この種の制度を禁止する趣旨のものではないと解される」(右同)
  3. 従って、住民投票条例について、投票の結果に拘束力をもたせることは、「住民自治の理念に適うことはあっても反することにはならない」(括弧内右同)

 (二)本条例について拘束力を認めうるか。

 本件条例は、尊重義務を規定しており、尊重すれば足りるのであって、拘束を受けないとの立場もありうる。

  1. 最高裁一九九五年五月二九日判決は、運輸大臣の自動車運送事業の免許の可否の判断に関して、原則として運輸審議会にはかり、その決定を尊重してこれをしなければならないとされる、「尊重」について、次の通り解釈している。
    「一般に行政庁が行政処分をするにあたって、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分しなければならない旨を法律が定めているのは、処分庁が、諮問機関の決定を慎重に検討し、これに十分な考慮をはらい、特段の合理的理由のないかぎり、これに反する処分をしないことを要求することにより、行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているため」と判断している。
    尊重義務は、
    1. 決定を慎重に検討し、十分な考慮をはらい。
    2. 特段の合理的理由がない限り、これに反する処分をしない。
      を内容とするというのである。
  2. 本件条例は、尊重事務を課したものであるが、それは単なる理念としての尊重をうたっているのではなく、右の義務を負担するものである。
     従って、住民投票の結果を慎重に検討し、十分な考慮をはらい、特段の合理的理由のない限り、投票結果に拘束されるのであって、これらの事情のないかぎり、市長は、これに反する行為は出来ない。

 六 市長の行為の違法性

 1 市長の行為は、住民投票の結果に拘束され、尊重義務に止まるとしても、尊重義務の内容に抵触し、違法である。

 2 国家賠償法一条一項の「公権力の行使」について、国の私経済作用及び国賠法二条の対象となるものを除く、全ての活動を意味すると捉える判例の立場にたてば、政治的意思表明という事実行為も公権力の行使と理解される。

 3 比嘉の行為は次の通り、違法行為を構成する。

 (一)信義誠実違反。

 行政上の法の一般原則の一つとして、信義誠実の原則の適用がある。

 「本件への信義の原則の適用については、(比嘉)の過去の言動ないし、市民たる原告の側の信頼保護の必要性を明らかにしなければならない」(前記同書)

 比嘉は、地元の理解が得られない場合、建設は強行されない、賛成反対は、皆さんの心の中で決めて頂きたいと述べ、あるいは、住民投票方式についても積極的に意見を述べて修正する等、一連の行為に積極的に係わっており、住民に対しても、投票の結果に従うものとの予測を与えるものであった。

 市民もこれを信頼して行動したものであって、これに反する比嘉の行為は、信義誠実の原則に反して違法である。

 (二)裁量の逸脱、濫用

 比嘉は、住民投票の結果を尊重すべき義務があるのであって、仮に裁量権があったとしても、投票後の裁量権は、全くの自由裁量が保障されるものではなく、投票の結果に既束されるものと考える。

 投票結果に反する行為を行うには、特段の事情があり、かつ特段の合理的理由が必要であり、これがないにも係わらず、投票結果に反する行為をおこなうことは、違法と評価できる。

  七 比嘉発言の評価

 1 被告は、比嘉の行為は、単なる政治的発言にすぎないとする。

 しかし、前述の通り、「公権力の行使」を、国の私経済作用及び、国家賠償法二条の対象となるものを除く全ての活動を意味するととらえれば、政治的意思表明という事実行為も公権力の行使と理解される。

 2 比嘉の発言により、ヘリポート基地建設に関する地元意思には決着がついたものと評価される状況を作りだし、ヘリポート基地を 受け入れないという名護市民の意思は否定されることになったのである。

第二 平成一〇年九月一〇日被告準備書面に対する反論

 一 原告主張事実に対する認否であるので、条例制定過程、投票 行動、基地の被害実態、投票後の比嘉の行為については、委員会議事録、名護市議会議事録を検討したうえ、次回準備書面で、再度詳述する。また、釈明のあった比嘉個人と名護市の関係についても次回詳述する。


 出典:三宅俊司法律事務所


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