Edward Said




映画『エドワード・サイード OUT OF PLACE』の公開にあわせて、同名の単行本が出版されます。佐藤監督の制作ノート、詳細な採録シナリオ、豊富な図版とともに、取材の中で多数の友人や家族が語ってくれた「エドワード」への思いを復元して収録しました。彼が生きた時代、彼の人柄や思想、彼が遺していったものなどを、映画とは別のかたちで示すことができました。(アマゾンではここ

エドワード・サイード
OUT OF PCACE

シグロ編 佐藤真/中野真紀子

エドワード・サイードの記憶と痕跡を求めてエジプト、シリア、レバノン、イスラエル、パレスチナと中東各地をめぐり、アメリカの大学も訪れる中で、佐藤監督はたくさんのインタヴューをおこないました。家族や親戚、友人、同僚、活動家、作家、音楽家など、じつにさまざまな人々が、各人の立場を通じたサイードとのかかわりや、彼の人柄や、彼の思想について語っています。故人と特につき合いの深かったこの人たちのインタヴューは、それぞれに内容が濃くてとても興味深いものです。

でも映画には、この人たちはほんの短いシーンでしか登場しません。映画というのは贅沢なもので、膨大なフィルムの山からほんの一つまみをすくい上げ、あとはいさぎよく捨ててしまうものらしいのです。「エドワード」の映画だからと、わざわざ時間を割いて熱っぽく語ってくれた友人たちの宝の山のようなインタヴューを訳しながら、ため息がでました。なんとかならないものだろうか。さいわい佐藤監督も同じような思いを持っておられて、早い段階から映画とは別のかたちでまとめようという話はなされていました。最終的には、このように制作ノートや映画の採録シナリオと一緒になって、多面的にヴィジュアルで手にとりやすい書籍としてお届けすることができるようになりました。

制作ノートで佐藤さんが詳しく書いてくださったように、各インタヴューは同一の質問をベースにしていたのでテーマ設定が容易でした。それを軸に、故人の人となり、アメリカの大学社会とイスラエル/パレスチナの政治現場の対照、中東の風土と歴史、現状打開の鍵と今後の展望など、いくつかの要素にからめて各人の語りを再構成しました。とくに本書で深く踏みこむことができたポイントとして挙げられるのは、イスラエル/パレスチナ紛争の根幹には難民の帰還権の問題があり、オスロ以降の二国家解決案ではそれがないがしろにされていること、そしてサイードが晩年に提唱したバイナショナル国家の理念はそれと深く関係していることです。もうひとつは、サイードが指摘したヨーロッパの反ユダヤ主義とオリエンタリズムの同根性と、シオニズムを介して鏡像のように反転したユダヤ人とパレスチナ人のねじれた関係についての議論です。いずれも日本の現実とは遠いところにありながら、イスラエル/パレスチナ問題をめぐってはホットな話題であり、この問題についての理解を深めるために有益であると思います。

映画が完成した後に、2006年1月に西岸地区で行なった追加のインタヴューは、マリアム夫人の要望を汲んで「占領地の声」を収めるためでした。奇しくもハマスが圧勝した選挙の直後で、今後にまちかまえる大きな変化を予感しながらのインタヴューになりました。サイードの後を追うように、ヤーセル・アラファートもアリエル・シャロンも舞台を去り、ファタハもリクードも政権を失い、大きな世代交代の時期を迎えています。こういう時にこそ、エドワードのガイダンスが求められてきたのであり、いまはその不在がひとしお強く感じられるというタニア・ナーシルの言葉には、強く共感してしまいました。

佐藤監督の制作ノートには、ひとりの日本人としてサイードとパレスチナという巨大なテーマに取り組むに際しての悩みや迷いが率直かつ謙虚に告白されています。対象についてわかったことを説明するのではなく、むしろわからないしわかるはずもない部分、絶対に克服されない距離感を描いているのだというような話をなさったことがありますが、そのことは「阿賀に生きる」の撮影のために3年間を過ごした新潟水俣病の村においても同じだったようです。中東という、ある意味で日本とは対照的な風土とそこに生きる人々に、自分はどこから向き合って対話していくことができるのだろうと考えさせられます。「他者との共生」という言葉の重さを映画は沈黙によって示唆しているようです。そこには入り込む余地のなかった過剰なまでの言葉と思想は、書籍というふさわしいパッケージにまとめられました。願わくば、この二つの作品のあいだにも、たがいを補い深めあう共振が起こってほしいものです。


−目次−

声の共振を求めて――制作ノート(撮影風景ほかスチール14点+地図1点) 佐藤真

エドワード・サイードを語る 文・構成 中野真紀子

第1章 I Belong to You 絆を求めて
 マリアム・サイードとの会話から/マイケル・ウッド/ワディー&ナジュラ・サイード

第2章 コロンビア大学
 マイケル・ローゼンタール/ゴーリ・ビスワナサン/ジョナサン・コール/ アキール・ビルグラミ/ノーム・チョムスキー

第3章 パレスチナの外から
 シャフィーク・アル=フート/N・チョムスキー

コラム 帰還権について
 ジョゼフ・マサド/N・チョムスキー

第4章 パレスチナの内から
 タニア・タマリ・ナーシル/ムスタファ・バルグーティ/アズミ・ビシャーラ

コラム バイナショナリズムについて
 J・マサド/N・チョムスキー

第5章 イスラエル人との対話
 イラン・パペ/ダン・ラビノビッツ/ミシェル・ワルシャウスキー

コラム 「最後のユダヤ系知識人」
 N・チョムスキー/Josef Massad on Last Jewish Intellectualギル・アニジャール

第6章 音楽家
 ダニエル・バレンボイム

エドワード・サイードOUT OF PLACE 採録シナリオ(画面抜きのショット58点+監督の補足説明を含む)

映画ガイド 佐藤真/中野真紀子

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 (=^o^=)/:Contact        Posted on April 2006