9)山間の村ブッパタール

 私たちの乗ったカローラは舗装されていない山道を奥地に入っていきます。途中にゲートのような柵がいくつかあって、道には鉄製の深い溝が何本も埋め込まれています。この溝があると羊や山羊が通れないのだそうで、車はいちいちゲートの開閉をしなくてすむという仕掛けです。やがて周囲の植物の様子ががらりと変わってきました。芝生程度の草しか生えていない岩山に囲まれて、背の低い潅木が道沿いにわずかにあるという感じで、まるで砂漠のようです。山はいかにもアフリカらしい赤色。この70kmで人家を見かけたのは一回だけです。
 車はやっと集落らしく家が連なった谷間に入りました。砂漠の中のオアシスという感じで、しゅろの木のような高い木がたくさんあって、そこまでの行程で見てきた赤い岩山の風景とは別世界のようです。白壁がきれいの小さな家が並んでいます。村の中心にある西洋風の教会の前で、村の幹部であり教会の幹部でもある人達に会いました。彼らにはすでにクランウイリアムで会っていて、挨拶はすませていました。どうやら私たちの来訪のために70kmも離れた町まで出かけて何やら準備をしていたようです。
 この村の名前はWupperthalといいます。英語読みをするとウッパータルとなり、帰国してから調べたら日本の地図にもそのように書いてありましたが、この村を150年前に入植して開墾したのがドイツ人の宣教師だったため、本当の読み方はドイツ風にブッパータールです。同じ名前の町がドイツにあるそうです。
 教会幹部の家におじゃましてお茶とサンドイッチをごちそうになりました。ルイボスティがいつでるか楽しみにしていたのですが、紅茶でした。チーズがおいしい。この山奥の村には白人は一人もいません。白人社会が存在するのはクランウイリアムまでなのです。村人全員がカラードなのですが、南アの黒人の多くを占めるいわゆるアフリカ人のズールーやコサといったひとびとと、この村のひとびとは違っていました。黒人なのですがどことなく中南米の民のようで、東洋人風の顔だちの人もいます。つまりなんとなくモンゴロイド系の民の雰囲気を持ったひとびとなのです。日焼けした日本のオジサンといってもいいような人もいます。なんとも感慨深い出会いとなりました。
 お茶を飲みながらアフリカーンス語の通訳を介して聞けたのは、以前はこの村でルイボスティの生産から加工までやっていたということです。白人社会でこのお茶が健康茶としてもてはやされてからは、麓のクランウイリアムに白人企業の工場ができて、原料茶葉が現金で買われるようになり、村人たちはわずかな現金収入のために隷属しなければならなくなったということです。そのころからこの村では加工ができなくなったのです。ルイボスティの木の成育にはとても時間と労力がかかるということもわかりました。収穫できるようになるまで3年、そしてその木は3年しか使えない。木を切ってからその土地はしばらく休ませないといいお茶はできないとのこと。
 さて、じゃあ畑を見に行こうかということになって、ここからはカローラでは無理だといわれて、えっ、まだ行くの?、とたずねると、10km山奥に行かないと畑はないといわれて絶句。なかなかルイボスティの木にはたどりつけません。
 教会の4WDに乗って出発しました。ここからはまったくの山道で、崖から転落しそうな危険な道です。こんな岩山の上に畑があるのかなぁと心配になってきました。景色は2千メートル級の山岳地帯のようです。やっと小高い丘の上の平地まで登ったところで、ブッパータールより小さな集落が見えてきました。それぞれの畑の真ん中に小さな家があり、ニワトリや犬が遊んでいます。完全に高山地帯の気象で、風が強くて寒い。小雨が横から吹きつけてきます。みんなでひとつの建物に入りました。そこは学校で、寮も兼ねているようで2段ベットが並んでいました。教会の幹部たちが集落の中に散って行きました。目的地に着いたのでホッとしたのですが、同行した教会の人たちが消えてしまったので不安になってきました。学校にいた子どもたちがめずらしそうに私たちをのぞきに来るので、一緒に写真を撮ったりして喜んでいましたが、案内してくれるはずの人たちがなかなか戻らないのでますます不安が募ってきます。エンゲルさんは座ったまま思慮深そうに何かメモしています。1時間近くそこで待っていたような気がしました。
 その不安はやがて解消しました。しかし新たな不安が私を支配し始めました。この村の村人たちが、ひとり、またひとりと集まり始めたのです。なんと、ブッパータールの教会幹部たちは住人を全戸から集めていたのです。やがて15人になったところで、教会の人たちも帰ってきました。そしてこの村の全体集会が始まったのです。ルイボスティの畑を、とりあえず見に来ただけ、の私はうろたえました。

ルイボスティー畑への道

山の学校

村びとを呼びに行く

村の子供たち

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