IT革命の虚実を考える2冊

僕は何冊ものを本を併行して読む習慣があるのだが、偶然にも、武田徹と吉田司という2人の気鋭のノンフィクション作家がそれぞれコンピュータ社会について書いた本をほぼ同時に読み終えた。

武田徹著『IT革命原論』(共同通信社)は、コンピュータに関してはかなり詳しい著者による最新作で、前作『デジタル社会論』(共同通信社)の続編的内容。いろいろな雑誌や新聞に掲載したルポやコラムを集大成したものなので、系統的に問題点や主張が整理されているとは言い難いが、CD-ROMビジネスやOS論など、内容的にはちょっと古いかな、と思えるような章がかえって面白かった。東芝クレーマー事件やネット自警団、Y2K(コンピュータ2000年問題)など、デジタル社会をめぐるトピックスもていねいに紹介されている。しかし、『原論』というタイトルを付けているのだから、雑誌掲載記事で紹介したデジタル社会の「きしみ」ともいえるような諸現象をどうとらえるべきなのか、もう少し総論的にまとめた章を書き下ろしてほしかった。世間には無批判的にIT革命を絶賛している本ばかりなのだから、もう少し違いをはっきりと見せないともったいない。

吉田司著『ビル・ゲイツに会った日』(講談社)は、ワープロもパソコンもまったく使えず、電脳オンチを自称する著者による4年前の作品。日本国内はもちろん、シリコンバレーやベトナムまで取材し、コンピュータ社会の持つ「浄土」的側面と「地獄」的側面を、著者独特の視点であばき出す。僕などは、コンピュータといっても、メインフレームと呼ばれる大型コンピュータとパソコンとでは明らかに特性が違うと思っている。つまり前者は間違いなく国家の道具であり、管理や支配につながるが、後者は個人の道具であり、むしろ管理や支配への抵抗手段にもなりうると。それはいまでも間違っていると思わないが……吉田にいわせれば、次のようになる。

「コンピュータを生み出し育て上げた力の源泉はやはり〈国家〉なのであり、コンピュータを「個人の欲望拡張のための聖なる道具」と考えるようなアップル革命の〈人民救済〉伝説は幻想なのだろいうことを」
「だから「コンピュータが人間を平等に豊かにする」という〈浄土〉性が成熟するには、それだけ深く絶望的な不平等〈地獄〉が存在しなけりゃならないテンデ……」
「アメリカ民衆の対抗文化(カウンターカルチャー)=反逆のコンピュータ『アップル』の旗が、アメリカ国旗と仲よく並んで翻っていたあのシリコンバレーの光景はその(*)始まりであり、「人民のためのコンピュータ」という小型電脳(パソコン)神話の終わりを意味した」
   (*)粥川注=電子国家と電子企業による地球の「再分割」。国家や巨大企業の強大化。

昨年ぐらいからやたらと話題に上っている「IT革命」にしても、経済の活性化に役立つという側面ばかりが語られ、人々の心理や文化や経済へのマイナス面があまり語られないまま、国や企業がやみくもに推進している状況に対しては、武田や吉田を見習い、もっと厳しい目を向けるべきなのだろう。(2000年7月10日記)
 
 

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