自治労音協通信

 2面  NO36号/99.11.15発行

わがまま音楽紀行(連載第6回)

★ロック編

大阪市職労 宮本雄一郎

1 ロックを歌う中国

季節の移るのは早いもので秋も深まってきました。自治労音協会員の皆さん、いかがお過ごしですか。北の方では紅葉の季節が始まっているのでしょうか。私のこんな連載が一年も続くなんて本当に世の中って不思議だなあという気持ちと、事務局の人のお世話に心から感謝をして今回も脈略なくあちこちを放浪します。
前号は中国のロック音楽について喋っているうちに終わってしましました。その中で紹介した崔健(ツイ・ジェン)というロックシンガーの歌について、もうすこし述べてみたいと思います。彼はすでに数多くのアルバムを発表していますが、中でも傑作といえるのが第一作の「新しい長征のためのロック」です。このアルバムの中に私が崔健のベストにあげる歌があります。「花房姑娘」(温室のあの娘)というスローバラードの歌です。紙面という制限上、雰囲気は伝わりにくいと思いますが、歌詞を日本語に訳したも
のを載せてみます。

お前のそばを通りかかったが
俺には何も言い出せない
まともに見つめることさえできない
その顔を
どこへ行くのかって聞くから
海の方角を指差したのさ
驚いている様子は
俺を賞賛しているのかい
どこへ行くのかって聞くなら
海を指差すさ
どこへ行くのかって聞くなら
海を指差すさ
俺を温室に連れ込んだから
花の香りに閉じ込められて
何もかも分からなくなってしまった
方角さえも  (以下省略)

ROBERT JOHNSON  CDラベル


「花房姑娘」(温室のあの娘)は、ラブソングのようです。崔健はギターの伴奏で淡々と心の中の想いをつぶやき続けます。
崔健の歌は、ロックとしては特に変わったものではありません。むしろシンプルで正統的なロック音楽を感じさせます。それが中国の内部に存在するということが特別な意味を持ちます。ひそかに、しかし力強く中国はロックを歌います。

★ 2 アジアの顔つき

ところでまた話は飛びますが、私がアジアを歩いていて気が付くのが「日本風の顔」ということです。欧米系の人からみればアジアの人々の顔付きはよく似ていて、民族的な差は捉えにくいようです。しかし、アジア人の眼からみれば違います。たとえばタイの人なら小柄で眼がくりくりとした愛嬌のある顔付きがあります。少し前にファイティングポーズをとるゲイのボクサーがスポーツ新聞にのっていましたが、彼などいかにもタイ人風の顔付きをしていました。アジアの顔でもインド・アーリア系の人は東南アジアの人々とはまた違っています。眼の色や髪の色、ひげの濃さや体格が違いますが、それ以上に感じるのは視線の違いです。相手には悪気はないのでしょうが、じっと相手の心を見透すような鋭い眼光に、思わず眼をそらしてしまいます。「金をくれ」というこじきの態度でさえ何となく堂々としています。「ノー」と断ると、「なぜノーなのだ」と問い詰められそうな気がして私はこそこそと逃げ出してしまうのです。
こんなアジアの街角で、群集の中にふと日本人の顔を見つけることがあります。なぜなのか分かりませんが、一目見ただけで「日本人だ」とピンときます。色白で髪は黒く、顔付きが骨ばっていて青白いひげそりあとなんかがあったりします。それに眼鏡をかけていたりすると、他の民族と違う「ピュア日本人」と呼びたくなる顔です。そして、自分の知り合いの中にもいるこの「日本人顔」をふと思い浮かべて、自分の中にある日本人のしっぽのようなものを感じます。
顔が雄弁に人を語るとすれば、多様なアジアの顔は何を語り合っているのでしょうか。

★ 3 ロック音楽を育てた顔

以前にロック音楽は一九五十年代のアメリカに発したこと、ロック音楽の特徴はそれがどのような国や地域にも根付いて芽を出すことであると述べました。でも、よく分からないのは、それがどうしてそうなのかという点です。ロックのどこに普遍の秘密が隠れているのでしょうか。この問いは結局、ロック音楽の性質を決定するものは何なのかという問いになるでしょう。ロック音楽の特徴をひとことで表現することは難しいのですが、そのひとつはロックの源流であるブルース音楽に求められるでしょう。ブルース音楽は、ロック音楽にもっとも大きな影響を与えた音楽ジャンルであり、ロックの生みの母といわれています。ブルースは十九世紀以前からアメリカ黒人の間で歌われ続けてきました。
初期のブルース音楽の音楽的特徴は、12小節で歌われる三行詩的な音楽であるといわれています。ブルースの初期の素朴な形式は、ひとりの歌い手が即興で何かを歌いかけ、それを聞いている人たちがそれに対して歌い返す「コール・アンド・レスポンス」と呼ばれる形式でした。それからブルースは長い年月をかけて今日の洗練された形式へと発展してきました。これは例えれば、日本の河内音頭がもとの素朴な歌から、今日のバンド編成による音頭へと発展してきた変化に似ているといえるかもしれません。
そして、今日のブルース音楽の特徴を決定づけたといわれるのが、今世紀前半に米国南部で活躍したロバート・ジョンソンというシンガー・ソングライターです。「ロバート・ジョンソン全録音」と銘打ったCDアルバムのジャケットには、ダブルのスーツを着て帽子をかぶり、足を組んでギターを手にこちらを見つめているロバート・ジョンソンの顔があります。
ロバートはブルース音楽に革命を起こした天才的なギタリストでありシンガーでした。写真に見るロバートの顔付きには、彼の音楽に対する強烈な自信と思い入れ、若さと自負のようなものが漂っています。ロバートの代表作に「スウィート・ホーム・シカゴ」という典型的なブルース作品があります。彼はしゃがれ声で呼びかけます。


ねえ、帰りたかないかい
ねえ、帰りたかないかい
あのカリフォルニアへ
なつかしの故郷のシカゴへ

ギター一本を手にひとりで歌うロバート・ジョンソンの声と、歌の合間にささやきつづけるスライド・ギターの応答が、今も変わらないブルース音楽独特の主張を聴かせています。個人的な感傷の中の絶望と希望、悲運と幸運、嘘と真実、下降と上昇…。ブルース音楽がロックに引き継いだのは、そんな矛盾した歌の心でした。そして、きわめて私的な心のつぶやきが聴く人に届くとき、歌は普遍となり境界を越えていきます。                   

 (つづく) 

メール:miyamotoyuichi@webtv.ne.jp 

★第5回全逓文化学校に参加して!
全逓阪神東支部 尼北分会 庄司 敬三

左端でギターを弾くのが庄司さん

(毎回同じはじまりですが…)九月二十三日〜二十五日、”東京よみうりらんど”で、サークル協議会主催の全逓文化学校に参加してきました。今回は、(いつもながら…)だいぶ遅れての参加で、会場につくころには もう宴会が 始まってしまっていました。とりあえず挨拶をし、鬼の宴会に 参加しました。 遅れた理由は日音協近畿支部のCDを作っていたからで、なんとか、文化学校に間に合わせようと必死で作って、十五枚もって行きました。しかし、なぜか売れて、見事完売いたしました。ありがとうごさいます。一枚千円です。これを読んだ希望者は連絡ください。ほほほ。
ところで、文化学校の内容ですが、今回も 作詞・作曲・演奏アレンジ・歌・短詞・文学・映像(カメラ・ビデオ)・芝居があり、フリーの人たちは次の日には希望のコースを決め、みんなそれぞれ自分自信の”芸術的表現”に勤しみました。 ホントに皆さんの個性は色々で、他人の表現も本当に参考・勉強になります。そして、毎年毎年確実に、作品にムダがなくなって来てると僕は思っています。しかし、そのなかで、とくに、ぼくが心を揺さぶられた作品を紹介したいと思います。短詞で”十三夜女二人の大欲情…あっ、失礼本当は”十三夜女二人の大浴場”です。それと、”虫の音に合わせて上げる三の糸”です。作者は、熊本の女流俳句家の 森武氏です。最初の句は今回、ホントにギャルが少なくてさびしかったのですが、この句は、それを、女のひとからの感想と言うか、ほのぼの安心というか、絵的にいうと”はじめ人間ギャートルズのお母さんの入浴シーンか、”かっぱっぱ〜♪るんぱっぱ〜”のCMの過激じゃない方の入浴シーンみたいな、安らぎを感じます。あとの、三の糸は、これは中国の胡弓のことなんですが、夜中、僕らが胡弓を酔っぱらって弾いて遊んでたシーンでしょう。僕らが弾くメロは虫の音なんですね!それプラスいろんな想像ができるので深いなあ!それともう一つ、われらが近畿の親分、ばもと氏の”明日帰る女を交えて荻句会”さすが、ばもと氏、かっ!男だね!男の芸術家は女性がいてこそ芸術家なのです。そういうタマシイを僕も死ぬまで表現したいな!まっこの三つが一番心を打たれました。
それと、ぼくは今回も懲りずに、”作曲講座”でしたが、気になる作品もありました。 高知の田中君の”OKINAWA”です。彼は見た目も男前で、ビーズの稲場みたいな顔をしています。やはり、骨格が似てるからか、声も良く似ています。最初は”うるさいやっちゃなあ”と思ってましたが、いやかなり、作曲、音楽全般に関しては彼は凄い才能をもってると思います。これを続けていければ、長淵みたいに、”自分のぶし”を積み重ねていけると思います。そして彼の曲の”OKINAWA”とても、パワフルでいい曲です。良い作品に、正直に評価するのも芸術家です。くやし〜。
詳細は僕のホームページを見てね!


k1000@skyblue.ocn.ne.jp
http://www1.odn.ne.jp/~aae19910

ヤ目次ページに戻る

ヤタイトルページに戻る

ヤ1面に戻る

ヤ3面にすすむ