自治労音協通信
  6面 NO34号/99.7.15発行

道楽道/舞台裏から見続けた20?年

第4話 舞台は生き物

常盤 数行(NTT労組)

音楽祭では、リハがなくても、色をつくり出す芸術家?

音楽祭に参加された皆さん、大変お疲れ様でした。 今回の、音楽祭で感じ取れたもの等、収穫はあったでしょうか?
今まで、舞台の機構や照明の技術等についてお話してきましたが、今回は働くものの音楽祭を中心にこれまで舞台で演じられてきた事について、自分自身感じたことをお話したいと思います。
今回の夜のコンサートは、ドイツからの合唱団をメインにプログラムが進められましたがなかなか良かったのではないかと私自身は感じています。中でも「ほー・ほー・ほーたるこい」とうたうあの歌は新鮮な感じを強くうけました。
発表するサークルの規模の違いはあるにせよ合唱中心の発表の時代から、いろんな職場からの構成詩発表、また、世界の民族音楽や劇中歌の紹介等、音楽祭で自分もいろいろ学んできました。中でも、新劇を志すものにとって一度は触れるであろうブレヒトの芝居に欠かせない音楽家「ハンク・アイスラー」の曲を聞いた時は強烈なショックを感じた事を記憶しています。「ハンク・アイスラー」の曲に出会った事が、今でも、自分が芝居とかかわっている大きな要因であると言えます。音楽祭でこのような出会いが出来た自分は幸せ者かもしれません。
音楽祭は時代の移り変わりと共に様変わりをして来ました。その様変わりのなかで、発表されるものが稀薄になってきている事は、皆さんも感じておられる事と思いますがいかがでしょう。「全体的に緊張感のある演奏や発表が少なくなってきたな」という事と、もう一つ発表の中にメッセージが伝わって来ないことです。
メッセージとすれば、問題提起的要素がなければならないということは一つもないわけで、要は聞いてる人達に何を伝えたいのか、何を感じとってほしいのか、演奏する側がその思いを強く持っていないと何も伝わらないという事です。練習時間や練習内容等問題は様々かと思います。
四月の半ばに、ある劇団の研究生卒業公演の照明の仕事を引き受けたのですが、台本を読んだときは「この本はなかなか面白い」と思ったのですが、稽古を見ている内にだんだん面白くなくなって来たのです。原因はただ一つ「役者諸君の舞台にかける意気込みが感じられなかった」この事につきると思っています。
役者としては、決まった役柄がどのような人物か?、芝居の背景はどうであるか、自分のセリフはどのような意味を持っているか、等を考えて自らの役作りを考えていかなくてはならないのに、その事を怠っているためにセリフが死んでしまっているからにほかなりません。稽古はしているけど、いろんな事を考え、それを実践するという稽古でないため、結局、身についていないのです。このような芝居は見ていても面白くありません。
この事と同じような事が、音楽祭に参加される皆さんにもあてはまる部分があるのではないかなと思います。理由はいろいろあるでしょう。とりわけ、時間がない事が最大理由でしょう。
でも、現代に生きる人達は、誰もが時間を持ち、ある時は時間を追い、ある時は時間に追われて生きているのです。もっとも重要な事は、自分に与えられた短い時間を有効に使っていろいろ学んで行くことではないでしょうか!すなわち「Time is life」なのです。
「舞台照明のまずい舞台芸術という物は、ごまかしである」と言ったアメリカの演出家がいますが、氏は、舞台芸術の多くの要素の中でそのうちの一つでもダメなら、舞台芸術は成立しないというきびしい意味で、殊に舞台の総仕上げとなると、照明がまずくてはどうにもならない事を鋭く指摘しています。
照明をやる人は、照明技術だけを憶えれば出来るという事では有りません。芝居の照明は、芝居そのものを勉強し、舞踊の照明は舞踊そのものを学ばなくてはいけません。照明とは光で絵を画くこと、技術的に光を出すことが出来ても、これを絵にすることがなかなかむずかしいのです。
全ては、勉強なのです。勉強と言っても人が教えてくれるのを待っているようではいけません。自分の目で見て、耳で聞いて、体に感じとって行くものなのです。この事は、音楽を志す人や芝居を志す人など、全てに言えることではないでしょうか。
一生懸命練習して舞台発表に臨む人達の演奏には、ひかれるものがあります。そんな演奏が一つでも増える事を期待しつつ。
次回は(間=ま)について・・・・。(つづく)

☆私とブルーグラス

音楽夜話 Part8

栃木県職労 松本敏之


★ポップスグラフティーで聴くカントリーからブルグラまで

五月三十一日朝、少し遅刻しながら職場に向かって車を運転していると、NHKFMの「ポップスグラフィティ」という番組(再放送)でカントリー特集をやっていました。中で、カーター・ファミリーの「リトル・アニー」やジミー・ロジャースの「ブルー・ヨーデル・ナンバー四」もかかりました。改めて思ったのですが、同じ頃の録音であるけれどもジミーの方がずっと洗練されている感じがします。トランペットとおそらくクラリネットだと思うのですが、ディキシーランドの雰囲気をまねていることも明らかです。スタジオの技術の違いかと思いますが、ジミーの方が音質も優れているように思いました。
にもかかわらず、後のブルーグラスを含めたカントリー音楽界への影響という点ではカーター・ファミリーの方がはるかに大きいというのは、不思議な感じがします。
ポップス・グラフィティでは、エミルー・ハリス、リンダ・ロンシュタットなどもかかりましたが、懐かしかったのは、クロスビー、スティルス、ナッシュ・アンド・ヤングの「ヘルプレス」でした。ニール・ヤングの曲です。
高校の頃、喫茶店のハンクで、CSN&Yの「デジャ・ヴ」を聞いてから、このレコードは私たちのバンド(カントリー・ロック系のバンド、と言っていいかな)のフェイヴァリット・レコーズのひとつになりました。「ティーチ・ユア・チルドレン」(グラハム・ナッシュ)と「ウッドストック」(ニール・ヤング)は私たちのもち歌でもありましたし、「キャリ・オン」(デイヴィッド・クロスビー)は何度かチャレンジして挫折した歌です。ただ、CSN&Yをカントリーというかどうかは疑問がありますよね。
ポップス・グラフィティでは、また改めて今度はブルーグラス特集もやりたいと言っていました。いつになるでしょうか。期待したいと思います。
このポップスグラフィティという番組はなかなかお勧めです。月曜日から金曜日までの夕方四時から五時二十五分までの放送で、再放送が翌朝(金曜日の場合は月曜日)七時半からあります。
月曜日(再放送は火曜日)は萩原健太さんのオールディーズ、火曜日は竹村淳さんの中南米とカリブの音楽、水曜日は大橋美加さんのジャズヴォーカルとスクリーンミュージック、木曜日は服部克久さんのアラカルト(ポップスオーケストラ関係が多いかな)、そして金曜日が北中正和さんのワールドミュージック(と言っても、西アジア、ヨーロッパ、アフリカに偏っているかな)という取り合わせ。最初に書いたカントリー特集は、北中さんのDJの放送でした。
カントリーやブルーグラスが「ワールドミュージック」というのも、ちょっと変な気がします。名前からは、私は、アジア、アフリカ音楽というイメージを受けます。それはともかく、どのDJもそれぞれ個性があってなかなか面白いですよ。私は、ほとんど毎日、通勤途上の車の中で再放送を聞いています。
今回は、九割方ブルーグラスに関係ないなかみでした。
                  (つづく)

★北海道はど真ん中・上川町からのレター  その 1

原田選手のCD作りました!

北海道本部上川町職労 籠味 正樹

ギターを弾く籠味さん

原田さんを囲んで、右から2人目が籠味さん

☆まずは自己紹介

北海道では今、初夏の季節。八月中旬までの短い夏をどう過ごそうか。現在、思案中です。サーフィンがいいか、登山がいいか、でもやっぱり、夏はバンドが一番です。バンドで汗を流したあとの、生ビールは最高ですよ。
みなさんの地域は、どうですか。はじめまして、自治労上川町職労の籠味正樹(かごみ・まさき)です。スペースの関係から、いきなり今回の主題に入らしていただきます。

☆ 原田応援曲CD作成経過

最近、地元上川町出身のジャンプ選手、原田雅彦氏の応援曲のCDを作成しました。
実はこのCDは二枚(代)目です。そもそも、きっかけは、リレハンメルの失敗ジャンプから、長野オリンピックでの雪辱を目指す、原田選手を地元から激励しようと、はじめたものでした。曲を作り、原田選手の兄を含むメンバーでカセットテープに録音して、原田選手にプレゼントしようというものでした。
しかし、原田ネタを求めるマスコミ関係から、連日の取材攻勢。新聞、テレビ、ラジオに登場するはめになってしまいました。さらに、長野オリンピックで、原田選手が金メダルを獲得すると、レコード会社までが「CDを製作させてほしい。東京にレコーディングに来てほしい」などと来る始末。
結局、バンドメンバーで資金を出しあって、自主製作することになりました。それが、一枚(代)目です。この一枚目は、千枚プレスしたのですが、原田選手の凱旋パレードなどの影響もあって、またたくまに売り切れ、さらに千枚を追加プレスしました。また、曲を聞いた原田ファンから、「歌詞をつけてほしい」との要望が多く寄せられました。そのため、昨年秋に新聞紙上などで、歌詞を募集。その結果、約百点の応募があり、その中から一点を選び出しました。
しかし、私自身、一つの不安があったのです。作曲した時点では、歌を入れることを想定していなかったので、この曲の主旋律の高低差が二オクターブもあることでした。
「はたして、歌えるのだろうか?」
しかし、わがバンドの女性ボーカルが特訓の末、この問題を解決してくれました。自主レコーディングが終了したときは、感無量なものがありました。ともあれ、二枚目を五百枚プレスし、原田選手らにプレゼントすることができ、ほっと一安心といったところです。

☆ これからもよろしく!

だいぶはしょって、書いたのですが、もう約束のスペースがきてしまいました。原田選手ネタが中心となってしまいましたが、そのほかにも、いろいろな場面で、活動をしています。
最後になりましたが、原田選手CD『君よ瞬間、鳥人になれ!』をほしい方がいましたら、私までご一報を!
次回からは、「障害をもつ子どもや大人の方との音楽をとおした交流編」「スナックライブ編」など、地域の活動も報告していきますのでお楽しみに!
それでは・・・またね!

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