禁断の極秘文書・日本放送労働組合 放送系列
『原点からの告発 ~番組制作白書'66~』9

メルマガ Vol.9 (2008.02.22)

第2章 制作条件をめぐって

2 現場の実態

―― 皆さんおめでとう。

 皆さんはいよいよきょうからNHKの一員として、社会人として新しい活動を開始するわけです。非常に心楽しく、心が燃えて、おどっているだろうと私は考えます。……(中略)……私は、長い人生を考えるとき、1日1時間を自分のためにさいたらどうかという提案を皆さんに申し上げたい。1日1時間を皆さんの年齢から計算して、30年計画でこれを有効に使ってごらんなさい。おおよそ合計1万時間になります。その1時間を二つに割ってしまいます。まず半分はものを考えてみること。残りの半分は人の書いたものを読んでみること。これを30年間。1万時間を半分に割れば5千時間は人の書いたものを読むことになる。そうすればおそらく皆さんは30年後にはNHKの会長ぐらいにはなるだろうと思います。〔41年4月1日、新採用者発令式に於ける会長あいさつ〕

A 業務量に追いつけない定員(前半)

―― PDもカメラマンもいくぶん増えたが、それを上回る番組の洪水があとからあとから続いており、これを受けとめるための体制はとても追いつけぬ状態である。

 2年前まで、我々の職場では、番組班として10数名のカメラマンが番組専門に撮影を担当していた。そして国会班、警察班、スポーツ班、遊軍の各班がニュースを取材するというように、はっきりと区別がされていた。しかし、番組の増加は(太字原文下線)、番組班として必要なカメラマンの数をプールできなくなってしまった。本来の取材者としての体制が崩された。時には本来の業務であるニュースを取材するにも、休みのカメラマンを呼び出すなど、テレビニュース部が扱う番組の量は、今や極限状態にある。

 これは明らかに、業務量に応じた人員増を行わないために生じた悪現象である。協会側の一方的な不手際であり、これによって我々は取材者としての希望や誇りが抹殺されることを我慢できないのである。(報5)――

―― また労務当局の写真に対する認識の不足は著しく、TVニュース取材の強化、一般番組の時間増、報道番組の強化、営業広報部門の強化と、NHKの業務体制・取材体制・番組の強化策の中で写真の業務は発足時の2~3倍の業務量に増加し、その内容も充実し一つ一つに要する時間が倍増しているのにもかかわらず、何ら人員増等の策を抜本的(下線)に行ってきてなく、現在の写真課の業務の沈滞変則化を招いている。これらの仕事量と人員数のアンバランスは業務能率の低下とともに、課員の仕事欲・技術上の向上心をも阻害している。(業4)――

―― 40年度まで20分番組であったものが41年度から25分と5分増になり、演出的にも、単純に従来のものを5分増として送出することは、内容、制作者の立場からもできないので各曜日とも昨年までとは労度が増加している―中略― 番組の5分増が決定されるとき、人員、投下労力の分析が企業としてはなされていない。(教6)――

 番組の洪水、一方的にふえる業務量、追いつかない人員、かくして極限
状態に……。これが制作現場の一般的な状態である。

―― 上層部がよくBBCを引き合いに出してやれ、ニュースの毎時間放送だ、などというけれど、BBCは国際局だけで5000人以上もスタッフが居ることを認識していないようだ。我々は現在人員でやるならば、時間の増加というよりは、よい番組をより正しい、よりよいものにする方向で努力すべきである。(国3)――

 BBCを引き合いに出すまでもあるまい。毎日出先で他社との競合を強
いられる記者達にはこの実態が明白なはずである。

―― 社会部が担当しているのは、労働、建設、運輸、文部、科学技術、郵政、厚生、宮内、通産、農林、最高裁、都庁、羽田など各省庁のクラブであるが、どのクラブでも、NHKの記者数は1、2名ずつ少ない。新聞各社は、社会、政治、経済、地方などの各部から記者を出しているが、NHKは政経が一つの部なのでまずここで1人少なくなる。さらに人員から1記者が二つまたは三つのクラブをかけもちする場合が多く、その負担は身心ともに非常に大きい。各クラブの記者は、ニュースの出稿以外に、放送業務や営業に関する折衝や種々の協力をせねばならず、さらに番組の面では報道はもとより、教育、芸能、国際の各局の出演者の斡旋をするなど新聞記者にはあり得ない負担を負っている。(報3)――

―― 社会部遊軍の現在の人員は14人である。遊軍は警察および各省庁関係のニュース以外の全てを担当する。朝・毎・読3紙の遊軍がほぼ40人前後、社歴10数年という古参記者から若手記者までそろえ、さらに各クラブを経験した多種の専門記者を擁している。しかも各社には学芸部、科学部、婦人家庭部などの専門部があるため、社会部記者は社会ダネに専念できるが、NHKの場合、列車、飛行機、船などの事故や、台風、地震、津波などの災害ニュースから南極観測、ロケット打上げ、ガンの追放キャンペーン、科学、医学、芸術、文化、関係のニュースまで受持っている。大事故が発生した場合には、現場で原稿を書き、社会番組へ出演し、さらに解説記事を送るなどの作業をごく限られた人数でせねばならない実情である。(報3)――

 通信部の場合を見よう。34年~41年に通信部の外勤は10人前後、12人を上回ったことはない。現在11名、うち1名はデスクである。34年から41年といえばこの間にローカル・ニュース時間増、特に朝のニュースにおける時間的規模的拡大、取材ネットワークの整備強化など圧倒的な業務量の増大があったのである。10人の記者をもってローカル・ニュース全体分の取材をカバーするのだからいきおいクラブ取材に頼らざるを得ず独自な取材はしたくともできない。特に通信部記者の取材といえばこつこつと足でかせぐほかないネタが多い。

 K記者を例にとってみよう。受け持ちは建設省、自治省(以上はK記者の責任担当)、大蔵省、経企庁、農林省、通産省のクラブ、他に都道府県会館のクラブを受け持っている。予算編成の時期ともなると、K記者は昨年の場合、東北6県の担当であったから各県の予算折衝の模様を50項目の予算にわたって洗い出し100本をこえる記事を送らねばならずこの間1週間というのも不眠が続くのだ。NHKのローカルサービスとはこのような実態の上に成り立っているのである

 しかし我々は今“楽をしたい。だから人をふやせ”といっているのではない。何にもかえ難い我々のレゾンデートルである「放送」の制作の条件をぎりぎり維持していくための叫びとして訴えるのである。ある報道局員は自らをプロデューサーであるかどうかを疑う。ただのテープの切り張り屋ではないかと。

―― こうした無力感の生じる原因は、一つに番組のテーマを決める過程の中にPDがどれだけ参加できるかという問題である。参加者としての意識、制作面での主体性、そしてそこからくる喜び、そういったものをPDが持ち得るかどうかがの問題がそこにある。

 原則としては、もちろんPDが積極的に発言できる体制があっても、打合わせ、取材収録編集と毎日続く定時番組を消化することに忙殺され、提案面での効果的な発言を裏づけするだけの準備ができず、結果として、現状では政経部との話し合いで、しかもそれもデスク以上の方で決められる場合が多い。

 担当PDの参加が番組制作の基本要件としていわば放送における士気の問題としてPDも職制側も再確認する必要があるのではないだろうか。(報8)――

 事前のリサーチや事後の検討の時間を奪われ制作者としてのもっとも大事な条件である企画から疎外される。

―― 『農業教室』は全く人手不足の中で制作している状態である。この番組の制作は班員9人が当り、毎週必ず1本制作することになり、その制作パターンは全くテレビの特性を生かしたねらいを満足させる状態とはなっていない。

 例えば土曜日VTRを担当する場合の制作スケジュールは
 月曜――資料収集、構成出案
 火曜――出演交渉、打合わせ
 水曜――取材、美術関係発注
 木曜――台本作成、〃
 金曜――録画準備
 土曜――VTR
となり、構成立案と取材に費やす期間は1日ないし2日しかなく担当者のスチール写真で間に合わせている状態である。

 こうした制作条件を改善するため制作準備期間を繰上げているが、この場合、番組制作の進行状態が2本ないし3本併行して制作する結果、事後処理の過程や構成取材の内容検討に対する考察が散漫となり、いたずらに精神的、肉体的なロスを多くしている。もちろんこれはPDだけの業務であり、この間にFDの業務も併行してなされるのである。

 『農業教室』においては制作意欲を燃やせばローテーションが困難となり、その日ぐらしの番組制作では何としても制作者の良心の問題にかかわってくるのである。(教6)――

―― 教育時評の政策条件

 週1本の番組に現在7人のPDがグループを作って制作している。然しこれらは全てかけもちであるため制作に当っては定時スケジュールの合間を縫って行うことになる。例えばあるPDの制作の実態を例示してみよう。(これは同時に通称PDの制作の実態の一部を示すものといえよう。)

番組名RT別6月7月8月
そろばん教室 3(うち1本福島出張)
数学Ⅰ
 (第2部)
PD2 
FD(3)(3)(2) 
〃(第1部)PD  
技能講座SD  1 
教育時評  2 

 これで見てもわかる通り、担当PD定時の調整をつけながら行うためにかなりな苦心を払っていくことになる。

 特に緊急テーマが発生した場合(9カ月前の担案会議で一応スケジュールを組んでいる)に一層困難となり、ましてそうした場合、長期取材、出張取材は全て困難となる。

 またこうした事態では制作のフォーマットにも拘わってくる。つまり録音構成等、生な声を伝える必要がある場合、担当者の熱意に頼らざるを得ないといった状態すら現れてくるのである。(教2)――

 こうして我々が“納得のゆく仕事”をしようとすれば、それはサービス労働という形を伴わざるを得ないことになるのが現状である。 我々は決して“楽をしたい”と言っているのではない。納得のゆく筋の通った仕事をしたいと言っているのだ。切り抜きの二番煎じの企画では放送ジャーナリズムを担当するものとしての社会的責任を果たし得ていないといっているのである。

―― NHKがある時には人海戦術を喋喋されるほど、物心ともに充実した陣容、機動力を持つ現在、NHK独自の取材による問題点の提示があってしかるべきであるという期待である。

 消費者物価問題のやかましい折柄、例えば中央卸売市場の機構について綿密な実態調査をもとに改革すべき問題点の積極的な提示を行うならば、大向こうを狙った言葉の上だけの批判でなく、提言を伴った具体的な批判として国民の生活向上に資するところ大きなものがあろう。それは新聞雑誌のスクラップを叩き直したセコハンの番組でなく足で稼いだニュース性を報道番組に盛り込むことでもある。(報8)――

―― 農事放送担当PDとしては今日の日本のおかれている現状から「特集」等を積極的にとりくみ、放送面からの問題提起、解決方向明示という態度が望まれるし、そういうPDの意欲は非常に大きいが、現行定時業務の多量化のため、十分なリサーチもできず、かなり不発に終わるケースが多い。(教6)――

―― テレビジョン技術、自動車整備、簿記等、4カ月交代で放送している。これについても多くの問題があるが、何よりも現状では労働量の問題があげられる。現在は中心になる2名の担当者と若干の通高担当者が加わって制作しているが、週3本の放送を制作することは非常なロードといわなければならない。

 どの講座もテキストを発行し、これに基づいて放送を利用する建前から、常に6カ月先に次の科目の内容の決定、出演者との折衝、テキスト作成等と平行して行わなければならない。本来なら4カ月のサイクルで3グループがあって準備、放送するのが当然であるにも拘わらず、現状ではそれを併せて制作している。

 技能講座は現場の要望が切実な番組であり、語学とともに隠れたベストセラーとも言われるものだけに、担当者の願いは何よりも充実した企画と制作をゆとりのあるスケジュールで行うことである。(教2)――