編集長の辛口時評 2007年2月 から分離

ワールドフォーラム「盧溝橋事件」中共謀略説「歴史検証」

2007.02.21(2019.9.4分離)

http://asyura2.com/07/war88/msg/1045.html
ワールドフォーラム「盧溝橋事件」中共謀略説「歴史検証」

 きたる3月30日、ワールドフォーラムの3月例会では、以下のごとく、盧溝橋事件の歴史検証を行う。


http://www.worldforum.jp/information/2007/02.html
ワールドフォーラム 3月例会
盧溝橋事件勃発の真相 -日中戦争の歴史の真相-

 立春の候、皆様にはお元気にご活躍のことと存じます。新春歴史シンポジウムでは、「第二次世界大戦史の検証」の総論を全体として行ないましたが、引き続き3月例会ではその各論として、『日中戦争の歴史』の真相追求を行ないます。中でも、そのきっかけとなった『盧溝橋事件の勃発の真相』を取上げます。「第二次世界大戦史の検証」の中でも、「東洋史上の最大の謎=日中戦争を仕組んだのは誰か?」を歴史の見直しの観点から行ないます。講師には、中国大陸に進出し侵略したと指弾されて来た「昭和日本」と「近代中国史」を真実の史実に詳しい 「史実を世界に発信する会」事務局長・世界出版代表取締役 茂木 弘道 氏 にお願いし、「盧溝橋事件勃発の真相 -日中戦争の歴史の真相-」というテーマで、 「歴史の真相の深層」に迫って戴きます。

 「南京「大虐殺」」を宣伝しようとする話題の反日映画が何本も集中して製作されていというこの時期には、再度の「日中衝突をきっかけとする日中戦争」を戦略的に仕掛けようとする意図的なハリウッドを 支配するユダヤ勢力の反日・嘘プロパガンダの意図が明瞭に見てとれます。『南京事件の真実』と共に、『日中戦争の歴史』の真相追求でも最大の争点の一つになっているのが、「日華事変のきっかけとなった 盧溝橋事件」の真相解明です。(もう一つの争点とは、1928年に「満州某重大事件」と称された「南満州鉄道爆破による張作霖爆殺事件」の下手人の真相や1931年の「満州事変の契機となった柳条湖事件」の真相解明)、とは、一体当時誰が「日中両軍の衝突と日中戦争を望んでいたのか?」の歴史の検証は、きちんと証拠と共に正しい精査が行なわれては来ませんでした。北清事変の北京議定書に基づく居留民保護で国際法的に 認められていた駐屯日本軍は、僅かに6500人に過ぎず、北支に展開していた国民政府二十九軍の約十万人と比べて、相手にならない程の少数であり、こうした中で日本側から日中戦争へ突入して行こうとしたとは 到底考えられません。こうした事情で、「日中衝突をきっかけとする日中戦争」を戦略的に仕掛けようとすることを必要とし、また、そうした指令を発したのは誰で、またそれを受けて国民政府二十九軍に偽装して開戦の きっかけを創るように発砲したのは誰だったのか?等々、真相を、茂木弘道氏にお話戴きます。年度末で、大変にお忙しいとは存じますが、お誘い合わせの上多数ご参加下さりますようにお願い申し上げます。

プロフィール
茂木 弘道 氏  

1941年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。富士電機、国際羊毛事務局勤務を経て、 90年に?世界出版を設立し代表取締役。日本の漫画を英語に大役した日本語学習/日本情報誌「漫画人」をアメリカMangajin.Incと協力して発刊。全米の有力大学などで好評を博す。発信型の英語学習誌として日本国内への普及も図る。現在は翻訳・日本情報海外発信業務の傍ら講演・執筆なども行なう。著作に「文科省が英語を壊す」(中央公論新社)などがある。「史実を世界に発信する会」事務局を引き受けながら、「盧溝橋事件の勃発の真実」や「南京事件の真実」を世界に発信し続けている歴史家。

日時・場所・詳細
日時 : 2007年3月30日(金) 18:30 - 21:30
場所 : 北とぴあ  北区王子1-11-1 7階 第一研修室
TEL.03(5390)-1105
交通 : JR&東京メトロ南北線「王子駅」前 徒歩2分
地図 : 北とぴあへの地図
参加費 : 5,000円(予約前払い 4,000円) 
振込先 : 三菱東京UFJ銀行 田無駅前支店/普/3826681/口座名義 さそう くにお 

連絡先
ワールド・フォーラム例会にご出席いただける方は、下記宛にご連絡下さい。
ワールド・フォーラム代表幹事 : 佐宗邦皇
FAX : 03(3353)6499
携帯 : 090(7234)9792
E-mail : aikokusha-daiasiarengo@hotmail.co.jp


 この件での最新の雑誌記事は、月刊『WiLL』2007年3月号掲載、
 『茂木弘道、南京“大虐殺”反日映画に反撃を!』である。

 この記事の冒頭で筆者は、盧溝橋事件を、日本軍と国府軍を戦わせるための中国共産党の謀略で、背後にコミンテルンの指令があったとしている。盧溝橋事件発生の年、1937年は、わが生誕の年である。70周年ということは、わが「古希」と呼応する。いやでも関心が高まらざるを得ない。過去にも記事を発表した記憶があるので、検索したら、以下が出てきた。


http://www.asyura.com/0406/war58/msg/170.html
蘆溝橋事件の中共謀略説は俗耳情報で基本は日本の軍国主義熱なり
http://www.asyura2.com/0406/war58/msg/170.html
投稿者 木村愛二 日時 2004 年 8 月 05 日 23:45:25:CjMHiEP28ibKM

蘆溝橋事件の中共謀略説は、俗耳情報で、基本は、日本の軍国主義熱なり。

中国共産党の挑発ったって、911事件、張作霖爆殺事件を比較すれば、銃弾の数発程度で、子供の遊びじゃんか。そんな話に、ほいほい乗るのは、ド阿呆なり。

最悪の破落戸の戦争煽り屋は、今と同じで、軍人よりも、メディア業界の薄汚い商売人どもだった。

私は、今から半年前に、日本大手メディアの無恥、無能、記者クラブ残飯漁り垂れ流し習癖の惨状に、呆れ果てて、以下の通信を発した。

使った材料の元陸軍中将・池田純久著『陸軍葬儀委員長』(1953年)の存在を知ったのは、15年ほど前のことである


http://www.jca.apc.org/~altmedka/2003aku/aku703.html
http://www.asyura2.com/0311/war43/msg/1663.html
『亜空間通信』703号(2003/12/06)
【イラク2日本人殺しで全裸露呈の記者クラブ残飯漁り垂れ流し習癖日本大手メディア無恥無能の惨状】
 [中略]
 大手メディア無恥無能の惨状の歴史は、実に醜い繰り返しなのである。

 以下、電網公開情報によって、今も大手メディアの代表格、朝日・毎日・読売の紙面が、「大々的に国民の戦争熱を煽るような記事で充満していた」時代の日本の「好戦」世論操作の事実を示す。

1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・
---------- 引用ここから ----------
http://www.jca.apc.org/~altmedka/ron-17-onk.html
好戦報道を疑う温故知新「3題話」
 [中略]
温故知新(その2)『陸軍葬儀委員長』
「命取りの支那事変」
 [中略]

 自称「陸軍葬儀委員長」こと御当人の著者は、蘆溝橋事件直後、折から病床にあった現地の軍司令官および軍参謀長の了解を得て、「不拡大」方針を中央に具申したのに、「日本の新聞を見ると、支那を叩けと盛んに抗戦熱を煽っている」し、「北支在住の日本の浪人達」は「『池田参謀を葬れ』と気勢をあげ」るし、「支那事変のスタートを切った翌々日」、「天津軍参謀の職を解かれ内地に転勤を命ぜられた」のでした。

 以下は、私が、この本の核心の1つとして評価する部分です。

「数日経って私は近衛公を訪うた。公爵は開口一番『池田君とうとうやったね、支那事変は軍の若い人たちの陰謀だ』といった。

 公爵も関東軍の前科を類推して軍の陰謀だといったのだ。私は弁解して見てもつまらぬと思った。

『公爵、戦争張本人は軍でなくて、総理たるあなたですよ』

 といったら公爵はビックリした顔で私を見直した。

『なんですって?』

『そうですよ。公爵あなたの責任ですよ』と答えるなり、私は1枚の新聞を取出して公爵に見せた。それは7月13日附けのもので、折角我々が支那側と調印した現地解決案なるものは、新聞の1隅に小さく取扱って、1面から3面にかけて、大々的に国民の戦争熱を煽るような記事で充満していた。

『公爵、政府は不拡大方針を唱えながら、この新聞の扱いは何ですか、これでは戦争にならないのが不思議ではありませんか』

 公爵は私の真意が判ったのか黙ってしまった」

******************************
 近衛は、アメリカ軍に逮捕される前に服毒自殺しました。しかし、「戦争熱」を煽ったメディアの責任者は、一時的かつ形式的な「公職追放」だけで、直ちに復活しました。
---------- 引用ここまで ----------

 以下の2)と3)は、上記の筆者、池田純久の位置付けを示す。

2)・・・・・・・・・・・・・・・・
---------- 引用ここから ----------
http://www.jca.apc.org/~altmedka/ahen-gotou.html
"大風呂敷"こと侵略の鼓吹者、後藤新平の阿片商売
『読売新聞・歴史検証』から関係箇所のみ抜粋

 [中略]

 後藤らが創始した日本の「阿片漸禁政策」は、台湾から満州、蒙疆(内蒙古)、中国本土、東南アジアへと広がった。そこでの阿片収入は、医療関係どころか、ほぼ公然と軍の機密費、占領地の行政費にまで充当された。「専売」の制限も無視された。蘆溝橋事件の際の現地軍参謀、池田純久が書いた『陸軍葬儀委員長』には、「阿片の商標日の丸」という項がある。日本人の「一旗組」が「治外法権を楯に日の丸の国旗を掲げて公然と阿片を売って」いたので、現地の中国人が「阿片の商標」だと思い込み、憎くつき阿片屋の旗を焼き捨てたつもりで、国際紛争が頻発したというのである。この間の事情および原資料は、『日中アヘン戦争』(江口圭一、岩波新書)に詳しい。

3)・・・・・・・・・・・・・・・
---------- 引用ここから ----------
http://tanakanews.com/jimbo/213.html
●中国人にとって「日の丸」はアヘンの商標

「事変当時、日本で喰いつめた一旗組が、中国の奥地に流れ込んで、アヘンの密売に従事しているものが多かった。かれらは治外法権を盾に、日の丸の国旗を掲げて公然とアヘンを売っているのである。だから中国人のうちには、日の丸の旗をみて、これがアヘンの商標だと思っていたという。まったく笑い話のような滑稽談さえあった。

 戦前に、ある日本の名士が中国奥地を旅行した。車窓から山村の寒村に日の丸が翻っているのをみて、『日本の国威がかくも支那の奥地に及んでいるのか』と随喜の涙を流したという話がある。なんぞ知らん、それがアヘンの商標であることを知ったら、かれはなんといって涙を流したであろうか。…」

 これは、元陸軍中将・池田純久著『陸軍葬儀委員長』(1953年)の一節である。池田は関東軍参謀副長の地位から、敗戦直前に内閣綜合計画局長官に昇進した人物で、第一級の証人である。
---------- 引用ここまで ---------