イラク戦争の現在の戦況について

[1]バグダッド市街戦の開始。陥落したサダム国際空港が米軍による首都攻略の新たな拠点に。
(1) 4月2日以降、地上作戦が再開されてからの電撃的な侵攻は私たちの予想を上回るスピードで進展している。1日、否数時間経てば、もう戦況が次の局面に移っているという動きだ。日にちを区切った戦況判断は非常に難しくなっている。
 しかしそれでも大局は、誰もが見ての通り、バグダッド包囲網が構築され、なし崩し敵に市街戦が始まった。アメリカ軍はバグダッドの南西10数キロの国際空港付近(第3歩兵師団)と南10キロ付近の第1海兵師団の部隊でバグダッドの南半分を包囲する形で態勢をとり、バグダッド包囲・侵攻作戦を始めた。
※米軍、首都に連日進攻 激しい砲撃、拠点確保狙う(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0406-524.html
※米軍、首都に連日進攻 南西部の確保目指す(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0406-518.html

(2) 4月5日の第3歩兵師団の戦車10両前後によるバグダッド市内への侵攻は、イラク軍の配備や抵抗の強さを試すための「威力偵察」であった。行動は3時間に及んだ。これはバグダッドに対する侵攻作戦の始まりである。
※バグダッド市街地に進攻 米軍、段階的攻略戦開始(共同通信)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030406-00000274-jij-int
※米軍が首都包囲網狭める 空軍が24時間上空監視(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0406-512.html

(3) 空港付近でも決着は付いたようだ。滑走路を占領した米軍に対して、建物に残るイラク兵が頑強に抵抗し続けただけでなく、バグダッド方面からの応援が反攻作戦を行ったが、どうやら奪回に失敗したようである。空港の攻防戦が続いている間は本格的なバグダッド侵攻作戦は行うことが出来ないが、米軍が制圧したとなれば、ここを拠点に空陸からの首都攻撃が可能になる。

(4) イラク軍はバグダッド市内の防備を固めている。共和国防衛隊の各部隊はどれほどの戦力を残しているのか分からない。米軍発表によれば、バグダッド南部に展開していた共和国防衛隊、メディナ、アルニダ師団は壊滅し、ハムラビ師団も戦力を失ったという。他の部隊も重大な損害を受けているという。バグダッドには北部にいた2師団と共和国特別防衛隊の部隊がある。これがどの程度の組織的戦闘能力を持っているかで、米軍に対する抵抗がきまる。
 イラク軍の組織的抵抗力については、空港攻防戦の推移が目安であった。ここが短期に撃退されたとなれば、市内でもまともな抵抗を行うことは難しい。
※精鋭部隊の戦力半減 「指揮届かず」と米(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0401-418.html
※脆弱だった首都防衛網 米英早期勝利の道開ける(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0405-501.html


[2]バグダッド市街戦の2つの型と想像を絶する被害。
(1) 米軍は引き続きバグダッド侵攻作戦へ移行することを宣言した。イラク軍の抵抗が弱まっていると見ての行動である。
 通常のやり方では、包囲態勢を確立し、部隊の配置を行ってから攻略にかかる。今回はそういったやり方を取っていない。バグダッドへの接近と連続して侵攻を始めている。ただし、宣言にもかかわらず、言葉通りかどうかはわからない。常識的に言えば、@空港の制圧が終わって物資の空輸が出来るようになる、バグダッドに攻撃ヘリが飛べるようになるのを待った上で、またA南部から接近してくる第1海兵師団の兵力が揃うのを待った上で侵攻を始めるところだ。
 4月5日の急襲が成功したためか、引き続き「武力偵察」のような規模の攻撃をきっかけに本格的な市街戦に突入するのかもしれない。

(2) 今のところ米軍はイラク軍の戦力は予想以上に低下しているとタカをくくっている。2日前には「今後も厳しい闘いが待っている」と慎重に発言していたのとは様変わりだ。イラク軍には空からの戦術攻撃に対する対抗手段、戦車部隊に対する有効な対抗手段がないと見ているのだ。

 実際のところ米軍に対するイラク軍の抵抗の状態は不可解なところがある。侵攻する道路を封鎖する等の基本的手段が全くとられていない。地雷なども使われている報道がほとんどない。最も不可解なのは一つも橋を落としていない。米軍の侵攻を遅らせる(地方で抵抗しているのだからその時間を引き延ばすのに有効だ)手段をほとんどとっていない。
対戦車火器などの使用も疑問だ。流れてくる報道ではほとんどが軽火器だけをもった歩兵部隊で、戦車、砲兵は個別に撃破されて手も足も出ないようだ。隠蔽陣地から隠れて攻撃するという手段もとっていないようだ。歩兵を満載したバンで米軍の機甲部隊に突っ込むなどの戦術が報告されているから、まともな抵抗手段がなくなっているのかもしれない。
※イラク兵死屍累々の攻防戦 捨て身の「自殺バス」攻撃(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0404-472.html
※イラク兵1200人死亡 カルバラ周辺(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0403-440.html

(3) いずれにしても、その場合には想像を絶する被害がイラク軍に出ていることになる。捕虜は9000人、イラク軍の戦意はまだ衰えていないとすると戦死者は報道される数千人が殺され、部隊が壊走する戦闘をここ2〜3日続けてきたのかもしれない。赤十字の担当者は、毎日100人程度が担ぎ込まれていたのがバグダッド近郊の戦闘で一挙に数百人に急増しているというのはそれを裏付けている。
※イラク人数百人が負傷 対応難しいと赤十字(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0405-507.html

(4) もしそうならばバグダッドの攻防戦もイラク兵と市民の死体の山を築き上げることになる。アメリカ軍が最初に言っていたような、包囲すれば「兵士はみんな手を挙げる」「フセイン政権は瓦解する」「市民は歓迎する」ようなことにならないとすれば、逆にゾッとするような惨劇が繰り広げられるだろう。イラク軍が米軍に対する敵愾心を保持しながら、装備で決定的に劣勢なら非常に多くの被害を出して、もうこれ以上戦えなくなるまで戦って壊滅する道を選ぶだろう。アメリカ軍の側から言うとなぶり殺しの戦闘が続くのである。一部の報道によれば南部では銃しか持たないイラク兵を戦車がひき殺し、撃ち殺して回ったという、文字通りなぶり殺しの状態が起こっているのである。

(5) アメリカ側はバグダッドの市街戦でも新しい戦術を採用すると言われる。バグダッドの市街地を歩兵で占領し、イラク兵を潰しながら侵攻する従来の市街戦の方法はとらないという。このやり方はイラク兵の抵抗がなくなるまで攻撃し、歩兵が一つ一つ掃討しながら進むからアメリカ軍の軍事的優位が弱まり、米軍兵士の犠牲が非常に多くなる可能性があるからだ。いま彼らが考えている戦術は2つあると言われる。

@ 一つは装甲部隊を市内に入れて、イラク側の軍事目標、政府中枢など重要拠点を攻撃・破壊し、相手の抵抗組織を破壊する方法だ。直接の占領を目的にするのではなく、ある場所の攻撃、破壊を繰り返してイラク軍が組織的に抵抗できなくしてしまうという方法だ。相手と対峙しながら占領地域を広げるのではなく、装甲部隊による高速攻撃で相手の中枢を破壊する方法と思われる。

A もう一つは特殊部隊を送り込んで大統領宮殿などフセインや政府首脳のいそうな場所を奇襲攻撃する方法だ。どちらも夜間に、暗視装置を持たないイラク軍を一方的に攻撃できる時間に行うことを考えている。これに24時間の空襲、戦術爆撃が加わるのである。
※特殊部隊の活動本格化 イラク戦に1万人以上
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0406-519.html

 このやり方はイラク側が装甲部隊を撃破する手段を持たないとき極めて有効になる。アメリカはこのやり方をイスラエル軍のやり方から学んだとも言われる。相手の装備が貧弱なことを利用して、自分の犠牲を最小に押さえようと言うやり方だ。

(6) ただ、アメリカの思惑がそのまま行くかどうかはまだわからない。M1戦車には有効でなくてもブラッドレー軽戦車に有効な携行ロケット砲RPG-7などがあれば市街地で潜んでいれば米軍に打撃を与えることが出来るし米軍の足を止められる。対戦車兵器が生き残っていれば、それを一つ一つ潰していかなければ作戦は遂行できない。米軍の計画は一からひっくり返ると思われる。対戦車兵器が生き残っているときには、歩兵が戦車と一緒について行って戦車を狙う部隊がいないことを確認しながら進むしかない。従来型の虱潰しの市街戦ということになる。

 バグダッド攻略戦がどのような形になるかは今のところ予想が出来ない。しかし、いずれの場合でも市民に重大な被害を与えずには市街戦は出来ない。軍事施設や政府施設の空爆は、目標だけにとどまらない。低空に降りて攻撃する(移動目標攻撃をするにはこうなる)ためには、対空機関砲(市内各所にある)や銃で撃ち返す歩兵部隊を攻撃して潰すことが必要だ。結局住民がいる中でそこら中を攻撃し破壊することになる。戦車部隊の攻撃も軍事施設周辺どころか、市街地のどこかにイラク兵が潜んでいれば砲撃し、徹底的に破壊して鎮圧することになる。地域の住民の存在など無視されるだろう。言うまでもなく、すでに自爆攻撃で極度に神経質になっている米軍部隊は市民に対する攻撃をためらわないし、周囲で動くものが全部敵にみえるだろう。
※身も凍る銃撃戦に遭遇 多数の遺体、民間人か バグダッド西部で米軍交戦 従軍邦人記者初の首都入り(共同通信)
 http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0406-529.html

(7) バグダッド市民はすでにここ数日の市街戦で多数が郊外に避難を始めたという。しかし500万人のバグダッド市民全員を避難させることなど不可能である。カネもないし、行くところもないし、食べ物を得ることも出来ないだろう。バグダッド攻略戦で電気、水道などライフラインが破壊されれば戦闘で殺されなくても生命の危機に晒される市民が膨大な数になるだろう。それも市街戦の犠牲者である。

2003年4月6日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局
吉田正弘