シリーズ<マスコミが伝えないイラク戦争・占領の現実>その1
最新の掃討作戦「マタドール作戦」が示すもの−−米軍の異常な残虐さと軍事占領の限界・破綻
◎焦りと失敗でますます血に飢えた虐殺と破壊を拡大する米占領軍
◎復活を遂げ憤激と抵抗を強めるイラク民衆の抵抗闘争



はじめに−−新シリーズ<マスコミが伝えないイラク戦争・占領の現実>開始に当たって

(1) 日本のマスコミはイラク情勢をほとんど伝えなくなった。情報量も極端に減っている。これまでの翼賛報道に輪を掛けた悪質なものが増えている。政府・防衛庁の情報操作に類する報道をただ広報のように垂れ流すだけだ。最近では日本人傭兵の拘束事件、この米占領軍に“戦争の犬”として従事する人物をまるで昨年のNGOやフリージャーナリストらの拘束事件と同列に扱ったり、新たな傀儡に過ぎない「移行政府」樹立を歓迎・礼賛したりした他は、イラク民間人を巻き込んだ「テロ」をねじ曲げて伝える小さな記事が掲載されるだけである。

 米マスコミの翼賛報道はまだ続いている。最近も、5月21日付のロサンゼルス・タイムズが暴露したように、米主要8紙を調べた結果、昨年9月から今年2月までの半年間に米兵が死亡した時の写真を掲載したメディアはわずか1紙、それも1回だけだったという。米軍の情報規制が効いているようだ。
 また、ニューズウィークが、グアンタナモ基地の「収容所」において米軍の警備員がコーランをトイレに流した事実を報道したことをきっかけにアフガニスタンやイスラム諸国で反米デモが広がり暴動にまで発展した件では、米政府・ペンタゴンの圧力で同誌会長が記事を取り消し・撤回するという事件が起こった。ところが全米市民自由連合(ACLU)がこの5月25日に発表したところによれば、すでに2002年8月にFBIの拘束者尋問記録の中に、米軍兵士がコーランをトイレに流したり蹴ったり投げつけたりしていた事実がちゃんと残されていたのである。ブッシュ政権は、事実を知りながらこれをデマだと同誌側に撤回を迫ったことになる。そして同誌は事実だと知りながらこれを撤回したのである。
※「戦死イラク米兵の写真掲載、半年で1回 主要8紙誌」(朝日コム)http://www.asahi.com/international/update/0523/003.html?t
※「コーラン冒涜報道問題 やはりトイレに流した?」(東京新聞)http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20050527/mng_____kok_____004.shtml

 このように、イラク戦争は未だにマス・メディアの真実に立ち向かう基本姿勢を問い続けるメルクマールなのである。曲がりなりにも、イラク侵略に関するブッシュ政権のでっち上げとプロパガンダへの追随、従軍取材の欠陥を一旦は“反省”し、「イラク戦争報道の検証」を行った米のマスコミからして、こうである。日本のマスコミは米のマスコミにすら及ばない。イラク戦争の唯一の「大義名分」だった「大量破壊兵器」が全くのウソであったことが判明してからも、すなわちこの戦争が公然と国際法を破る侵略戦争であることが判明してからも、日本のマスコミは自らの報道姿勢を検証していない。特に戦争を煽り立てたNHKやテレビ各社、ブッシュや小泉の代弁者に成り下がった読売・産経・日経は未だに一切、検証も自己批判もしていない。およそ真実を伝える報道機関としてあるまじき態度である。
 自衛隊の「人道復興支援」は基本的に完了したはずである。「給水」は民間の浄水器に代わっている。ならば自衛隊はすぐに撤退すべきである。それでもなぜ居座り続けるのか。この根本的な問いを発した日本のメディアはあるだろうか。全くないのが現状である。


(2) 今回を皮切りに始めるイラク情勢に関する新シリーズ<マスコミが伝えないイラク戦争・占領の現実>では、こうした日本のマスコミから消えてしまった、あるいはねじ曲げられて伝えられているイラクの現実、米英軍と自衛隊がイラク民衆の民意に逆らい敵対して推し進めるイラク戦争・占領の実態と真実を、国内外の多くの報道を出来うる限り拾い上げることによって再現しようとするものである。

 第一回目の今回は、米軍がこの5月7日に開始し14日に突如中止した、シリア国境付近にある人口10万人程度の町カイムでの激しい掃討作戦「マタドール作戦」についての情勢分析である。米欧の企業メディア、従って日本のメディアは、米軍の大本営発表を垂れ流す形で、そろって「成功」と報じた。しかし数多くの情報を分析すると全く違った様相が見えてくる。実際は見事な“失敗”だったのだ。イラク国内の軍事的力関係は今どうなっているのか。反米武装抵抗は確かに今年1月〜3月にかけて減少してきたが、最近の反撃はその“復活”を示しているのではないのか等々、「マタドール作戦」とその失敗が指し示す軍事的力関係の最新の現状について検討することにしたい。

2005年5月26日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局



最新の掃討作戦「マタドール作戦」が示すもの−−米軍の異常な残虐さと軍事占領の限界・破綻
◎焦りと失敗でますます血に飢えた虐殺と破壊を拡大する米占領軍
◎復活を遂げ憤激と抵抗を強めるイラク民衆の抵抗闘争


【1】4月下旬から反米武装抵抗が激増−−事態の急変に慌てた米占領軍。カイムでの虐殺に飽きたらず、バグダッド西部一帯で相次いで殺りくと破壊を拡大

(1) 米軍は、5月25日未明、1000人の兵員を動員し、シリア国境ユーフラテス川沿いの町ハジーサを包囲し、「新市場作戦」と名付けた新たな掃討作戦を開始した。今月に入って行われたアンバル州での、カイムに次ぐ二度目の大規模な掃討作戦である。
※「1,000 U.S. Troops Launch Offensive in Iraq」 http://news.yahoo.com/s/ap/20050525/ap_on_re_mi_ea/iraq

 米軍は5月7日から開始したイラク西部カイムにおける軍事作戦「マタドール作戦」を5月14日に突如終了し、5月22日にはバグダッドのアブグレイブで「スクイズプレー作戦」なるものを開始している。アブグレイブでは、家屋に押し入り、285名もの無実の人々を拘束し連行した。カイムからは米軍の掃討作戦を恐れ数千人もの人々が灼熱の砂漠とその周辺に避難している。
※「US Troops round up suspected insurgents in random arrests during offensive」 http://www.occupationwatch.org/headlines/archives/2005/05/us_troops_round.html
※「285 people arrested in U.S.-Iraqi operation in western Baghdad」 http://www.boston.com/dailynews/143/world/285_people_arrested_in_U_S_IraP.shtml アブグレイブで米軍は手当たり次第にイラク人を拘束している。拘束者は数百人に登っている。

 いったい何人のイラク市民を犠牲にすれば気が済むのか。昨年11月にファルージャで何千人ものイラク民衆を大量殺戮したばかりである。もはや常軌を逸したとしか思えない。「ザルカウィ」という新たな“偶像”をでっち上げ、この人物の捜索・逮捕のためなら殺戮も破壊もやりたい放題という米軍の方針が採用されている。「寸前のところでザルカウィを取り逃がした」「ザルカウィ幹部が負傷した」「いやザルカウィ本人が負傷した」「ザルカウィの残虐さ」「ザルカウィ・・・」。ある時は「アルカイダ」「ビンラディン」、ある時は「フセイン」−−企業メディアを総動員して「悪の権化」を造り上げては、その撲滅のために侵略と殺戮を正当化する見え透いた手法。いつまでこのような非人道的行為を続けるのか。米軍は今すぐ軍事作戦をやめ、イラクから撤退すべきである。


(2) 「マタドール作戦」は明らかに失敗した。米軍は、その失態を覆い隠すために、アブグレイブの作戦とハジーサの作戦を開始したのではないのか。しかしイラクには、米軍が市民の支持を受け占領支配できる地域など残されていない。米軍はハジーサでも激しい抵抗に遭っている。
 米軍が現在行っている軍事行動は「作戦」とはほど遠い。行き当たりばったり、やみくもの軍事作戦である。米軍のイラク占領支配は完全に行き詰まり、事態を掌握できなくなっており、まともな軍事作戦ができなくなっているのだ。そんな中、敵味方の見境が付かなくなっている米兵が、むやみに撃ちまくり、大勢の無実の市民が犠牲になっているのである。この事態を、あるメディアは米軍と反米勢力との「いたちごっこ」と表現した、「掃討」をやってもやっても「成果」があがらず、反米闘争が拡大する−−確かに米軍から見ればこのような事態はまさに「いたちごっこ」「モグラたたき」だろう。しかし犠牲になっているのは、「いたち」や「もぐら」ではない。家族も生活もある生身の人間である。無辜の市民をこれ以上犠牲にしてはならない。
※「イラクでテロ続発 移行政府歯止めならず 掃討展開も米、厳しい見方」(産経新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050525-00000008-san-int


(3) 米占領軍は虚構の上に作戦・戦術を立てている。どれもこれも現実から乖離した超楽観的なものだ−−抵抗するスンニ派を二つに分断、一方の武装抵抗派は徹底的に殲滅し、他方の対米降伏派は政権に取り込む。これが基本である。この方針に沿って反米武装勢力最大の拠点ファルージャを昨年11月に住民・町もろとも壊滅した。この大量虐殺が功を奏し、今年1月30日には総選挙が“成功”したかに見えた。
 しかし暗転はここから始まる。移行政府樹立が3ヶ月も大幅に遅延し、この楽観的シナリオが狂い始める。スンニ派の取り込みはごく一部にとどまり、スンニ派の懐柔は失敗に終わった。そもそもファルージャやスンニ派三角地帯で住民を何千人も虐殺しておきながら、その宗派を取り込もうと考えること自体、およそ正常な判断ではない。移行政府成立後の現在もなお、ブッシュ・親米亡命者・米軍にどこまで依存するかをめぐって対立は解けず、イラク民衆の生活からかけ離れたところで、親米の度合いをめぐる権力ゲームが続いている。


(4) この4月下旬、情勢は更に急変する。米は、昨年11月のファルージャ攻撃と今年1月の総選挙以降、イラク全土でイラク治安部隊に権限を委譲する一方、武装勢力の抵抗闘争の強いアンバル州に焦点を絞り、執拗な掃討作戦を行い、反米武装勢力を根絶しようとしてきた。ここ数ヶ月間は順調に進んだかに見えた。
 ところが4月下旬に入って反米武装闘争が爆発的に拡大したのである。この急変に慌てふためいた米軍は、やみくもに掃討作戦に乗り出しているというのが現状ではないか。今回のシリア国境付近での新しい掃討作戦は、楽観的シナリオが崩れ、米軍の兵力不足がいよいよ限界に達したため、焦りに焦った現地駐留軍による暴走とも受け取れる無謀でデタラメな作戦のように思われる。
 米軍とイラク政府軍は、バグダッド以西のファルージャ、州都ラマディ、ヒート、そしてカイムへと続くユーフラテス川沿いの幹線道路を「テロ勢力」供給の温床と捉え、その周辺地域を「反米勢力の手から取り戻すこと」を目的に掃討作戦を始めた。5月8日、武装勢力によって拘束された日本人傭兵も、この掃討作戦に加わっていた。この傭兵は米軍基地から作戦場所への軍事物資の輸送を担当していた。まさにイラク市民虐殺作戦に直接加担していたのだ。 

 イラクだけではない。このままでは元々兵力が少なくなっている米陸上部隊がイラクの治安維持だけで消耗し、イラク以外のグローバルなアメリカの軍事覇権に障害が出てくる。そう考えた米占領軍が、早急に戦略の立て直し、いわゆる「出口戦略」策定に迫られていることは十分想像できる。米のイラク「出口戦略」は、@イラクの治安はイラク軍・イラク警察に任せる、A米軍は現在の15万人体制から5〜8万人、あるいは10万人体制に順次削減、最低限の米軍は居座る、Bイラク国内に幾つかの大規模な恒常的基地を建設する、Cイラクを拠点に中東・中央アジア・アフリカなど「不安定の弧」全体を睨む、というものである。あくまでも「部分撤退」であり「全面撤退」ではない。
 しかし@の部分にメドがつかず、「出口戦略」そのものが策定できないのである。住民の武装抵抗が予想を超えて強大化しており、到底イラク軍・警察に任せられる状況ではない。このままではいつまでも米軍15万の精鋭の陸上部隊をイラクに張り付かせなければならない。米軍は、引くに引けないジレンマにはまり込んでいる。


(5) 反米武装闘争復活の大きな転換点−−この4〜5月はイラクの人民大衆にとって重要な節目になるかも知れない。マイヤーズ統合参謀本部議長が、反米武装攻撃の4月の累計が「1年前とほぼ同じレベル」に達したと述べ、バグダッドを中心にイラク全土での反米闘争が激化していることを嘆いたのは、今からちょうど1ヶ月前の4月26日であった。更にこの4月末頃から、反米武装勢力の攻勢が再び激化し、その時点ですでに600人を越える市民が犠牲になった。
 電気も下水道も未だに復旧の見込みもつかないインフラのひどい状態、産業の復興も雇用もないイラク経済のどん底、イラク人民の民意を無視し米の鶴の一声でようやく樹立された新たな傀儡「移行政府」、そして3ヶ月もの間、イラク民衆とは別のところで延々と繰り広げられた「移行政府」を巡る権力抗争等々−−「1月の選挙はやはり米占領支配継続のための単なる茶番劇に過ぎなかったのではないか。」イラク民衆の選挙と新政府への期待感は幻滅に変わり始めている。どんどん悪化するギリギリの生活の中で、改めて米占領=傀儡政府の支配が人民にとって何の利益にもならないばかりか、ますます悪化するばかりだと感じ始めている。



【2】“カイムの虐殺”。数百名が犠牲になった恐れ−−「第二のファルージャ作戦」と甚大な被害

(1) 5月7日に始まった「マタドール作戦」はまさに「ファルージャ型の掃討作戦」であった。「外国人」反米勢力の駆逐を名目に、戦闘機の爆撃支援を受けて1,000人以上の海兵隊が投入され、村から村へ、無差別な破壊と殺人を繰り広げたのである。米軍は町を包囲し、報道関係者が町に入ることを完全に禁止し凄惨な虐殺と破壊が外部に漏れないよう情報統制を徹底した。カイムでは電気、水の供給をストップし商店や学校などの多数の施設が活動停止に追い込まれた。
 米軍は真っ先にカイム総合病院を爆撃し破壊した。死傷者の情報が外部に漏れ、虐殺の現場が世界に知れ渡るのを防ぐ狙い、また負傷者の治療を不能にする狙いからである。全くファルージャと同じである。病院の建物・医療設備が破壊されたため、負傷者は臨時の代替施設で治療を受けている。街には負傷者が放置され、死体も転がったままの状態であるという。犠牲者のほとんどが一般市民である。交通は遮断され、救急車での搬送も不可能となった。これら全部がまさに「ファルージャ」である。
※「成果強調も激戦続く イラク駐留米軍の掃討作戦」(中日新聞)http://www.chunichi.co.jp/00/kok/20050512/mng_____kok_____002.shtml

 証言者によれば、米軍は「村には外国人しか残っていない」ことを口実にやりたい放題に村全体を攻撃させたという。空からの攻撃と戦車など重火器による攻撃で町を徹底して破壊した。攻撃ヘリ「コブラ」は、スピードを上げて遠ざかっていく自動車を見つけると機関銃で銃撃を加え、ガソリンスタンドの下にいる車が怪しいと見なすや、ヘルファイアー・ミサイルを撃ちこんだ。武器貯蔵庫があるとでっち上げ、民家を機銃掃射とミサイル攻撃で破壊した。F/A-18戦闘機はトラックや家々に対してレーザー誘導爆弾を落とした。カイムの3km西にあるロマンナ村は最も被害を受けた場所の1つで、多数の家が銃撃により損壊を被った。学校やモスクも破壊された。
 海兵隊戦闘部隊の指揮官スティーヴン・デイビス大佐は、こうした無差別殺戮・無差別破壊を最も成功した攻撃の一つだと言って自画自賛した。


(2) このような滅茶苦茶な無差別攻撃の下、一般市民の犠牲者が多数出ている。米軍が設置した検問では、停止しない車すべてに銃撃が加えられたため、避難しようとしていた民間人の運転手が死亡し、女性と赤ん坊が負傷した。無傷で逃れた別の市民は、海兵隊員が「反乱分子が町を掌握しており、米と戦おうとしない者は殺されると脅迫されている」とデタラメを言い張っていたと話していたという。
※「US Offensive in Western Iraq Encounters Stiff Resistance」By Solomon Moore LosAngeles Times May 10, 2005
※「Marines Push Into Rebel Areas on Day 3 of Offensive in West Iraq」By Solomon Moore LosAngeles Times May 11, 2005
※「Marine-led campaign killed friends and foes, Iraqi leaders say」By Hannah Allam and Mohammed al Dulaimy Knight Ridder May 16, 2005

 この戦闘で米軍は、「テロリスト」125名を殺害し39人を拘束したと戦果を誇った。だが情報統制をしておきながら、こんな米軍の大本営発表を誰が信じるというのか。ファルージャを初め過去の事実を踏まえれば、殺害し拘束した「テロリスト」はカイム住民に違いない。米は無差別殺戮を再び繰り返したのである。現に、ある報道によれば57歳の女性が拘束され、何人かの部族関係者が海兵隊に対して釈放を要求しているという。
※「U.S. Ends Iraqi Border Offensive」By Ellen Knickmeyer and Caryle Murphy Washington Post May 15, 2005

 攻撃により多数の市民が行く当てもなく放り出されている。何百人が近隣の砂漠でキャンプをしており、援助組織によれば、多数が緊急の支援物資を必要としている状態である。イタリアのNGO連帯(ICS)によれば、約6,000人が都市の周囲で避難民となっている。避難民の一人によれば、42人を越えるイラク人が戦闘で死亡し、病院には80人を越える負傷者がいたと報告している。
※「Iraq: Hundreds of displaced from al-Qaim in need of supplies」
http://www.reliefweb.int/rw/RWB.NSF/db900SID/KKEE-6CGN8C?OpenDocument
※「アル=カーイム攻撃続行中」 http://teanotwar.blogtribe.org/entry-d6a4983d9483589b7f24a3e7f4ea794d.html
※「戦闘が続く中、人々はアルカーイムから逃げ出している」http://teanotwar.blogtribe.org/entry-00157894ee62051bbec0ffed21e302b5.html



【3】米軍が突如作戦を中止する事態に。「外国人テロリスト」はいなかった。カイムの住民と武装勢力が一体となって町を挙げて米軍に抵抗。

(1) カイムがあるアンバル州はスンニ派を中心としてイラク占領米軍に対する攻撃が激しい地域であった。米軍は兼ねてからこの地域の掌握を狙いながら、ろくに立ち入ることもできなかった。今回の作戦は親米部族の「たれ込み」がきっかけというが、理由や口実は何でも良かった。そして「たれ込んだ」部族もろとも米軍は虐殺し壊滅してしまったという。
※「Marine-led Campaign Killed Friends and Foes, Iraqi Leaders Say」http://www.commondreams.org/headlines05/0517-01.htm この記事によると、カイムへの攻撃を狙っていた米は、ある親米部族の「たれ込み」を受け、これを千載一遇のチャンスと考え、「マタドール作戦」を開始した。しかし米軍は、たれ込みをした部族も「敵味方区別なく」村もろとも焼き払ってしまった。たれ込みをした連中は無差別攻撃の後で村に戻り、そこで村に残って協力しようとしていた村民が家ごと銃撃されて死んでいる現場に出くわしたという。

 しかしカイム住民と武装勢力は、甚大な被害を被りながらも、町ぐるみで組織的計画的な抵抗闘争を頑強に展開した。例えば、米軍が通過点と見ていたユーフラテス川に近いオベイディでは、反米勢力は民家などに砂嚢を積み米軍と接近戦を企てた。武装勢力はこれまでにない防弾服を着用していたという。民家を捜索中の米兵を地下から狙撃するなど、入念に迎撃を準備していた。ロケット砲や自動車爆弾でも反撃を加えた。屋根上から銃撃する際の「位置取り」も戦略的に洗練されていたという。米統合参謀本部のコンウェイ作戦部長は10日の会見で「かなりの抵抗に遭っている。これまでの敵とは明らかに違う」と認めざるを得なかった。
 また、地元住民が反米闘争を全体としてバックアップしたことも伝えられている。作戦初期には集落全体が一斉に電気を消し、米軍の接近を武装勢力に伝えた。米軍情報が、住民の間に筒抜けになり、抵抗と反撃が組織的計画的に行われたことを示している。
※「US Offensive in Western Iraq Encounters Stiff Resistance By Solomon Moore」Los Angeles Times May 10, 2005 この記事で「マタドール作戦」の指揮官は、「我々が今日戦っている反乱者は」「トレーニングを受け、よく武装され」、家の前に砂袋を積んで掩蔽壕としたり、屋上やバルコニーに戦略的に戦闘員を配置し、よく準備されているように見えたと証言している。また、防弾服や暗視装置を装備し、海兵隊の位置に対する迫撃砲攻撃は異常に正確だったと語っている。
※「An Unseen Enemy」http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-platoon12may12,1,1405313.story?ctrack=1&cset=true 「見えない敵」と題されたこの記事は、「マタドール作戦」4日目、ある部隊に従軍した記者のレポートである。町全体がからくり屋敷のように、所々に罠が仕掛けられ、激しい抵抗闘争に直面する米軍の姿を描いている。


(2) 上述したように「マタドール作戦」の最大の目的は「外国人戦闘員」の補足・殲滅であった。だが、この目的そのものが架空のでっち上げであることが明らかになった。戦闘終了して数日後、アビザイド将軍は、「外国人戦闘員」は自爆テロに役割を果たし続けるが、イラク西部のアンバル州で「それらの役割を誇張しないことは重要である」と発言した。米軍当局は、2月以来バグダッドで拘留された1,100人の疑わしい反乱者のほとんどが「外国人」ではなかった、と発表している。イラクでの反米攻撃を「外国人テロリスト」の仕業とし、その流出入の要衝であるシリア国境の街カイムを攻撃したはずの米軍当局者が、「外国人戦闘員」が反米武装勢力の中心部隊でないこと、もし「外国人戦闘員」がいたとしても、彼らは独自でイラク全土での攻撃をできるわけがなく、彼らの背後には攻撃を支援する多数のイラク人民がいると認めたのである。
※「Iraq's Sunnis Remain Key Part Of Insurgency Hopes Fade That Elections Would Divide And Conquer Disparate Movement」By FARNAZ FASSIHI The Wall Street Journal May 19, 2005


(3) 米軍はカイムに対する戦闘開始から1週間後の5月14日、突如作戦の終了を宣言した。しかしそれは米軍や大手メディアが強調する「成功」からはほど遠いものであった。戦闘終了について米軍の現地指揮官らは、地域一帯を無差別に破壊した空爆を「成功のうちの一つ」と位置付け、誰とも分からない多数の人間を殺害したことを「成果」として挙げてみせたものの、当初作戦の目的としたはずの「外国人戦闘員」については見つけ出せなかった、「外国人戦闘員」撲滅のため「戦闘しに来たが誰も見つけられなかったのは、この作戦での苛立たしい点であった」と認めざるを得なかった。そして最後は相も変わらず、「彼らはシリアにこっそり逃げ去ったと信じている」と苦しい弁明をしているのである。
※「U.S. Ends Iraqi Border Offensive」By Ellen Knickmeyer and Caryle Murphy Washington Post May 15, 2005



【4】米軍の「マタドール作戦」の失敗。イラク民衆の武装抵抗闘争の復活−−改めて明らかになったイラク駐留米軍の危機

(1) 米軍は「マタドール作戦」で手痛い失敗を喫した。この失敗は、単にカイムの作戦だけでなく、イラク軍事占領そのものの限界と破綻を見せつけるものとなった。
 カイム作戦失敗の軍事的意義。それは第一に、改めてイラク駐留米軍の過小兵力=「延びきり」が露呈されたことである。アンバル州西部にはイラク兵もイラク警察も皆無で、治安はわずかの基地に立てこもる米軍だけで担当している。広大な砂漠に点在する集落には米軍の支配が及ばない。そんな中を、米兵はカイムに突っ込んだのである。作戦の失敗は米軍が武装勢力について何の情報も得ていないことを示している。確たる情報もなく、現地の住民の案内もなく進撃し、抵抗するものとそこにいるものを無差別に殺戮はした。しかし、本来の目的である武装勢力の包囲、殲滅には完全に失敗した。何よりも重要なことは、この作戦終了とともに米軍はこの地域から引き上げ、その瞬間からこの地域が武装勢力の手に戻ったことである。何のための殺戮であったのか。イラクにおける米軍の支配が砂上の楼閣にすぎないことをこれほどわかりやすく示すものはない。

 ロサンゼルス・タイムズの5月24日付記事「反米勢力は西部の荒地で増大する」で、米軍指揮官は、「イラク西部で反米勢力と闘うためには米軍は決定的に過小である」ことを認めている。幾度もの増員と装備拡充の要請に対して拒否されたと言う。実際にはこの地域に配備された海兵隊はこの半年に1個大隊が減らされ3個大隊、2100人にすぎなくなっている。「マタドール作戦」においてこれは端的に現れた。作戦の一日目の激しい戦闘は、反米勢力の側が主要な戦士をカイムから逃がすために行われたものだという。訓練された反米勢力が住民を味方に付け、残った一部の勢力だけで、米軍と渡り合うだけの力を持っていたことになる。米軍は目標とした反米武装勢力の去った後で、村全体で一般市民を対象とした家宅捜索、拘束、殺害を続けていたのだ。5月14日の突然の作戦の終了は、もはやカイムに掃討する「武装勢力」がいなくなったことを認めたものである。作戦は大失敗だった。
※「Insurgents Flourish in Iraq's Wild West」 http://www.latimes.com/news/nationworld/iraq/complete/la-fg-milassess24may24,1,5373144,print.story
?coll=la-iraq-complete&ctrack=2&cset=true



(2) カイム作戦失敗の第二の軍事的意義は、武装抵抗闘争の復活を示したことである。昨年のファルージャ以降、反米勢力は新たな拠点を探し求め、ラマディからシリア国境のフサイヤに通じるユーフラテス川沿いの幹線道路に沿って拠点を再構築したという。アンバル州のレジスタンスの中心は西に移行した。ラマディは再び反米勢力によって掌握されている。武装勢力の指揮官は語る。「われわれがヒート−ラマディ幹線道路と呼ぶものだ。米軍の困難は、この広大な土地をあまりにもわずかな兵力で担当しなければならないことだ。ここにはイラク治安部隊が全く存在しないたくさんのポケットがあるのだ。」
 そして何よりも、今回のアンバル州の掃討作戦や昨年のファルージャでのように、米軍が一方的に殺戮や破壊をすることはできても、また一時的に「勝利」することはできても、住民の民心を掌握し支配・統治することはできないという現実を示している。もはや軍事力ではイラクを支配・統治できないのである。
※「New battle may suggest insufficient troops」http://www.washtimes.com/upi-breaking/20050510-054624-4587r.htm
※「Ramadi Gripped by a Civil Rebellion」 http://www.occupationwatch.org/analysis/archives/2005/05/ramadi_gripped.html
※「Iraq's Sunnis Remain Key Part Of Insurgency」
※「Iraq's insurgency has proved itself to be persistent, deadly and flexible」


(3) 「マタドール作戦」の失敗は、単に軍事的な失敗だけではない。政治的失敗でもある。米のイラク情勢の掌握、イラク現地の掌握、情報収集能力が現実とかけ離れたものであることを露呈させたのである。 
 今回のカイムの失敗は、1月の選挙以降、更に楽観的な見通しを持つようになっていた米政府当局者に衝撃を与えたに違いない。彼らは、昨年11月のファルージャ弾圧と戒厳令下での議会選強行以降、今年の3月まで反米武装攻撃が減少傾向にあったことに大いに期待を抱いていた。これで政治的主導権を握ったと胸をなで下ろした。スンニ派の武装勢力は急速に衰退する。スンニ派は分裂し移行政府に参加する可能性を探っている、と。彼らは、自らに都合の良いように情勢を捉え、スンニ派を政治過程に巻き込むことに成功し、武装抵抗を封じ込めることに成功した、と分析していたのである。
※「US Refocuses Strategy in Iraq」By Tom Regan Christian Science Monitor May 9, 2005

 しかし、4月に入ってからの反米武装勢力による大規模な攻勢の前に米軍とイラク治安当局は愕然とし、1月の選挙での政治的獲得物が失われつつある事態に危機感を抱いた。米軍はこの攻勢をイラク情勢の「新しい展開」と位置付け、その主因は「外国人戦闘員」によるものに違いないと断定した。彼らに言わせれば、国内のスンニ派武装勢力はすでに鎮圧したのであるから、「外国人戦闘員」しか考えられないと分析したのである。そして「外国人戦闘員」の流入口であるシリア国境地域の「拠点」攻撃に踏み切ったのだ。
 しかし、米軍内部でもこのイラク情勢の「新しい展開」についての評価は分かれていた。幾人もの米軍指揮官や情報将校らは、これが一時的なもので断片的な情報に基づいたものであり、特定の証拠というよりは直感に依拠したものであると警告していた。例えば、「自動車爆弾の急増」が意味するものを、「外国人戦闘員の増加」によるものか? それとも「イスラム過激派の増加」によるものか? あるいは「反政府勢力の絶望の指標」によるものか?「イラク人自爆テロ」をどう評価すればいいのか。米軍自身判断がつかない状況に陥っていたのである。
 米軍は、イラクの人々、アラブの人々、イスラム教徒を人間とは見ていない。だから、イラク民衆が自らの民族的な誇り、生命と生活と土地を守る当然の権利を持つことを理解することができない。結局米軍は、最後までイラク民衆の民族独立の意志と魂、民族解放への熱情、抵抗のエネルギーと力を理解することはできないだろう。


(4) ブッシュやラムズフェルド、ライスなどブッシュ政権の戦争指導者はまだ公式には発言していないが、幾つかの報道によると、米軍は来年初頭にイラクからの部分撤退を狙っている。もちろん「完全撤退」ではない。せっかく苦労して勝ち取った「戦利品」である。イラクも石油も放棄するはずがない。イラクに恒久基地を建設して中東・中央アジアからアフリカなど「不安定の弧」全体に睨みを利かせるための軍事力を維持するのは既定路線である。
 上述したように、1月の選挙以降、反米武装攻撃が減少し小康状態に入ったことで、米政府当局者が自信を持ったのは疑いない。年明け以降、米軍がイラク治安部隊を治安維持の最前面に立たせてきたのは、米兵死傷者の増大を抑えるという以外に、イラク治安部隊に実戦経験を積ませ自らの「部分撤退」の条件を作り出すための手順でもあった。
 そしてイラク治安部隊が米軍の代わりをつとめるだけの十分な進歩を遂げられるかどうか、その公式の「事前評価」が、何と来月6月に予定されているのである。この直前に、1月選挙の「成果」を揺さぶるような反米武装勢力の大攻勢を目の当たりにしたのである。動揺した米軍が、がむしゃらにその攻勢を抑えようとして大慌てで憶測に基づく作戦に突っ走ったとみるのは言いすぎであろうか。

 ブッシュ政権はますます自分の首を絞めている。軍事占領強化のための作戦が軍事占領そのものを弱め崩壊させつつある。文字通り墓穴を掘っているのである。ここ数日、米欧のメディアは、今回の「マタドール作戦」を初めとするバグダッド西部の掃討作戦が、イラク人民の反米感情をかつてないほど激しくかき立てている、と報じている。イギリス政府でさえ憂慮を伝えているほどである。米の無差別攻撃とその「交戦規定」について、それはイラク人民の一層の離反を招くだけであり、自らのアイルランド支配の失敗と同じ轍を踏むだけである、と。
※「Trigger-happy US troops 'will keep us in Iraq for years'」By Sean Rayment Telegraph May 15, 2005