子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
941213 いじめ自殺 2000.11.30. 2001.2.25 2001.5.25 2001.8.12 2003.7.21更新
1994/12/13 愛知県岡崎市で、市立福岡中学校の男子生徒Aくん(中1・13)が、父親が経営する工場で、クレーンに荷造り用のひもをかけて、首吊り自殺。
経 緯 1学期の中頃からAくんは、主に同じクラスの男子生徒3人からいじめにあっていた(同級生の証言)。

授業中に、鉛筆や教科書を投げつけられたり、休み時間や放課後に教室などで、殴られたり、蹴られたりしていた。


階段から突き落とされたり
、プロレスごっこでいじめを受けていた。

10/ カバンや筆箱に油性マジックで「死ね」と書かれていた。

10/15 教師がいる時に、3人組からイスをぶつけられて頭に3針縫う怪我をしたこともあった。

12/12 5時限終了後、所属しているパソコン部の部活に参加。顧問教師がパソコンについてアドバイスしたところ、にこっと笑っていた。
同日、一緒に下校した生徒の話では、Aくんは期末試験の成績が悪かったことを悩んでいた。

臨時全校集会のあとに、「自分がいじめたから死んだ」と泣く男子生徒もいた。
親の認知と対応 以前、大河内清輝くんの自殺(1994/11/27)の話題が親子で出たことがあった。父親が、息子もいじめられている気がして、「お前、(清輝くんみたいに)こんなことされたらどうする。死んじゃうか」と聞いたところ、息子は「そんなことをするわけないよ。お父さん、僕はまだ中学1年だよ」と言っていた。

10/ カバンや筆箱に油性マジックで「死ね」と書かれていたことから、いじめを心配した母親が、担任の女性教師(45)に相談していた。

Aくんの母親は、大河内清輝くんの自殺事件後、買い物に行った店で、「福岡中は大丈夫かしら、私の息子も3針縫うけがをしたことがあって」と話していた。
担任の対応 9/ 2学期の初め、「クラスにいじめられている子がいる」という生徒の提案で、いじめ問題の学級会が開かれたが、担任の女性教師は「いじめている方も悪いけれど、いじめられる方もしっかりと言うべきことは言わなければならない」と問題を深くは取り合わなかった。
他のいじめ事件 同クラスには、3人組のいじめが原因で、2学期に入ってから登校拒否をしている生徒がいた。
事件発覚前の学校の対応 12/5 生徒を通じて保護者あてに、いじめ防止を呼びかける文書を出していた。
12/5、12/12 朝礼で、大河内清輝くんの自殺後、「(同校でも)いじめはないと思うが、人ごとではない。周りで見たら、先生に言いなさい。全力で対応するから」と話していた。
事件発覚後の学校の対応 12/13 校長は一旦は、「いじめがあったかも」と因果関係を認めていた
「遺書がなく、家族も心当たりがないとしているのでわからない。当面は警察に調査を任せたい」とした。また、Aくんがいすを投げられてけがをしたことについては「(双方の家族が話し合い)トラブルは決着している」と説明。「ある種のいじめだったかもしれないが、いじめでないかもしれない」とした。

12/14 Aくんのクラスで20分聞き取りをしたあと、校長は「亡くなったAくんのためにもこの学校を日本一にしよう」と話した。
担任から生徒は「報道陣がいるから通夜には行かないほうがいい」と言われたという。

12/14 校長は一転してし、
「学級にいじめはなかった」と断言。
クラスの生徒から1時間にわたり話を聞いた結果、「Aくんは楽しくやっていた」「継続的に殴ったり蹴ったりするなどのいじめはなかった」として、いじめを否定。
同級生からいすを投げられた件については、「突発的なけんか」。筆入れに落書きされたのも「担任が注意したら二度なかった」とした。
また、自殺の原因としては「成績問題などが浮かび上がってきた」「成績が思わしくないことやプライバシーに関するため公表できない悩みがいくつか重なったらしい」と説明。

報道陣が聞いた同級生からのいじめ証言については、「われわれが聞いた範囲では、いじめの証言は一切なかった」とした。

校長は当初、「早急に担任が話をする場所を設けたい」としていたが、やがて「女性でもあるし、正確にきちんと話す自信がないというので、校長を通じて話す」と撤回。

男子生徒は小学校の頃からいじめられており、多くの生徒や教師が証言しているが、学校側は否定。
学校の調査 12/14 担任教師が教室で、生徒1人ずつを教室前の自分の机に呼び、いじめがあったかなどを1時間にわたって聞き取り調査。ただし、全員からは聞かなかった。いじめていたと名指しされていた男子生徒からは聞いていない。

校長も夕方20分にわたり、クラスの代表2人から話を聞いた。
学校・ほかの対応 文部省の政務次官が、「わずか1日で開き直る態度はどうかと思う。命にかかわる問題には慎重であるべきなのに、学校に責任はなかったという言い方は論外だ」と批判。しかし、校長はその後も、「自殺の原因はいじめではないと思う。私は非難されたが、いじめと決めつけると、逆に級友が傷つく」と発言。
関 連 Aくんの姉が同中学校の3年生で進学を控えていた。
その後 12/20 父親は「警察の調査結果を聞いて納得した。この件はもう終わりにしたい」と声明を発表。「警察の捜査結果は『自殺であった。原因ははっきりしない』ということだった。いじめられていたと今でも思うが、それが『いじめ』といえるものかどうか分からない。自殺の原因もいじめかどうかわからない。校長との見解の相違もあり、もう考えたくない」と話した
PTAその他の対応 12/21 臨時PTA総会に保護者ら210人と教職員が出席。校長は「当初、調査ができておらず『いじめがあったかもしれない』としていたが、その後の生徒からの聞き取りで、いじめはなかったと判断した」と説明。

保護者から学校を批判する意見などは一切なかった。「校長の説明は納得ができた」「学校は誠意をもって取り組んでいる」と理解を示す声がほとんどだった。
一方で、質問の前に名前と子どものクラスを言わなければならず、手をあげにくい雰囲気だったとの声もあった。
参考資料 総力取材「いじめ事件」/毎日新聞社会部編/1995年2月10日毎日新聞社、「いじめ時代の子どもたちへ」/芹沢俊介・藤井東(はる)/新潮社、季刊教育法2000年9月臨時増刊号「いじめ裁判」/2000年9月エイデル研究所和田和一・西原由記子/1995年7月京都・法政出版1994/12/13中日新聞・夕刊、12/14日経新聞、12/15中日新聞(月刊「子ども論」1995年2月号/クレヨンハウス)



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