子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
860825 いじめ自殺 2002.9.22新規
1986/8/25 岩手県大迫町の県立高校の男子生徒(高2・17)が、自宅わきの納屋で首を吊り自殺。
遺 書 学校で陰湿ないじめを受けたことを便箋4枚に遺していた。
「まだまだやりたいことがあった。もっともっと生きたかった。でも、もうそれもできない。家ではめいっぱい明るくふるまってきたが、もう疲れた。一年の夏休み明けから相手にされなくなってきた。二年になってからは、ねもはもないことを言われ、殴られたりした。そして、バイクのナンバーを曲げられたりした。野球の方もやっと九人そろったっていうのに、本当にチームにはわるいと思う。でももう俺は決めたんだ。「死のう」って。俺の分もガンバッてくれ。
オット、オッカ、一七年間、本当にありがとう。迷惑ばかりかけてきたけれど、最後の最後まで迷惑をかけて本当にゴメン。○○(弟)、これからつらい思いをするかも知れないが、がんばって生きていってくれ、○○(妹)も同じだ。おじいさん、おばあさん、言うことをきかなくてゴメン。ばば、俺の分も長生きして下さい。一七年間、本当にありがとう。さよなら。
最後になるけど、おっかの作った肉じゃががもう一回食べたかった。」
学校の対応 いじめがあったかどうかはわからないと言う。
参考資料 1986/8/26朝日新聞(いじめ問題ハンドブック 分析・資料・年表/高徳 忍/1999.2.10つげ書房新社)、いじめ・自殺・遺書 「ぼくたちは、生きたかった!」/子どものしあわせ編集部・編/1995年2月草土文化



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