わたしの雑記帳

2008/12/22 岡崎哲(さとし)くん(中3・14)暴行死事件の国と県を訴えている国家賠償裁判結審

2008年12月22日(月)、東京高裁809号法廷で、岡崎哲(さとし)くん(中3・14)暴行死事件の国と県を訴えている国家賠償裁判が行われた。大坪丘裁判官、宇田川基裁判官、尾島明裁判官。

今日は結審ということで、いつも傍聴に来ている牛久市のひとたちをはじめ、全国犯罪被害者の会(あすの会)少年犯罪被害当事者の会 、生命のメッセージ展など、多くの傍聴人が各地からかけつけた。
46席ほどの傍聴席は全て埋まり、20名近くが傍聴できなかった。
一方で、口頭弁論はあっけなく終わった。双方の主張は出揃ったとして、次回2009年2月25日、1時30分から判決となる。

大人数だったこともあり、東京高裁の裏にある弁護士会館のロビーで、簡単な説明が行われた。
控訴人(岡崎さん)側は今回、水戸地裁の判決で引用された平成2年の最高裁判決を引用しての「刑事手続きは公の秩序維持のためにあるのであって、被害者のためではない」「被害者を反射的利益の客体にしか過ぎない」という判決に対し、平成16年12月に成立した「犯罪被害者等基本法」を根拠に、「刑事司法は被害者のためにもある」と主張した。

それに対して、一被控訴人の国と茨城県側は、岡崎哲くんの事件は平成10年10月8日だから、「犯罪被害者等基本法」に基づいて処理すべきではないと反論してきた。
そこで再び、岡崎さん側は、平成16年12月に成立した「犯罪被害者等基本法」は、新たな国民の権利を創設したわけではなく、それまでも存在していた国民の権利を確認する意味で法制化されたもので、その証拠に、平成16年の成立時には、法務省も、警察も、弁護士会も、どこからも反対は出なかったという。

また、国と茨城県側は、岡崎さんの場合、今回、捜査段階が問題になっているので、対象外だと主張したが、岡崎さん側は、平成16年の、「犯罪被害者等基本法」は刑事司法が対象で、すなわち捜査と裁判が含まれるとした。


岡崎さんは言う。「被害者の人権をせめて加害者と同等に扱ってください」と。被害者の権利を求めて、最高裁まで闘う決意があることを話された。

※ 控訴人代理人弁護士が提出した第5準備書面、第6準備書面を、許可をいただいてサイトに載せさせていただきました。
 すべての犯罪被害者にかかわる内容だと思います。


2008/12/29 岡崎哲(さとし)くん(中3・14) のご両親からのメール (追記)

岡崎さんから、12月22日裁判傍聴のお礼のメールが来ました。
裁判所では原告の陳述読み上げが今回はありませんでしたが、代わりにもなる内容だと思います。
許可を得て、いただいたメールを掲載させていただきます。
結審の当日はなんと70名が参加してくださったということで、「愛媛からご家族で参加くださったりと、信じられない現象が起きました。今、民意のすばらしさを感じています。」と掲載許可をお願いした私のメールの返信に書いてありました。


「先日は御忙しい中、支援傍聴いただき心より感謝申し上げます。

わが子の死は辛く苦しいもので、一年一年その苦しさ辛さは形を色を音を匂いを変えて、未だに襲いかかって来ます。

それらは私の体を全て支配してしまっていると言っても過言ではありません。

そして、わが子に詫びる毎日にも変わりはありません。

わが子を守りきれなかった、愚かな失格・だめ母親という罪悪感はこれからも消えることはありません。

二人の兄も、弟を守ることが出来なかったという贖罪の思いを持ち続け、弟の死の真相もはぐらかされたまま苦悩の中、懸命に必死に生きております。

私共夫婦は、彼らより早く人間を卒業してしまいますが、彼らには弟の理不尽な死という癒されること無い辛苦の長い人生が待ち受けています。それも親として辛い思いの一つです。

10年前のわが子の理不尽な死から見えた、この国の法律(少年法も)に被害者の人権や権利が全く存在していなかったということ、このあまりの人権後進国のこの国の在り様に驚きうろたえ「おかしい!!」と声を上げるのもやっとでした。

私共は、わが子の死から沢山のことを学びました。

現在は、日本全国に支援組織も整備され「基本法」も成立し、被害者への対応もますます拡充されていくことと思われます。


「人を殺してみたかった」「殺すのは誰でも良かった」などと無差別殺人が激増し、今や誰でもが被害者にされてしまうという国になってしまいました。

自分の命も他者の命も大切にすることができない、子ども達をこの国は増やしてしまいました。

無差別凶悪事件の続発で、被害者の人権・権利はすなわち国民の一人ひとりの人権・権利であったのだという再認識がなされ、この事は国民の共通認識になったと言っても過言ではないと思われます。

ここまでの長い被害者の人権権利獲得の歴史において沢山の被害者、ご遺族、支援の方々の血のにじむような苦闘苦難の歴史があったからこそと、今更ながらに心より感謝と敬意とご冥福を申し上げます。

命を尊び、お互いの人権権利を認め尊重しあえる未来を子ども達へ届けられる社会正義を目指し、これからも私共努力をいたしてまいります。

皆様のご指導とご理解ご協力をお願い申し上げます。


先日の結審後、数人の被害者のお母さん達と集まりました。その時異口同音に出てきた会話です。

「近所で夕暮れ時などに道端で家路を急ぐ子どもにすれ違うことがあるよね」「うんうん」「そんな時思わず『気をつけて帰ってね。ただいまーって、早くお母さんに笑顔を見せてあげて』とつぶやき祈っている」・・・、「うんうん、そうそう」とうなずきあい、「どの子もかわいいいよね・・・」と・・・。

皆さんの目には涙が溢れていました。

命の尊さが確り届く司法あって欲しい心からそう思いました。

殺していい命、殺されていい命があるわけは無いのに、そんな扱いを受けてきた時代の被害者の母親達の会話でした。

しかし残念ですが、この風潮は未だに、続いているように思われて仕方がありません。


皆様のご活躍とご健康を心よりお祈り申し上げて、お礼とさせていただきます。

   (誤字・脱字・つたない文をどうかお許しください)



平成20年12月25日

  岡崎后生・和江



 

 HOME   検 索   BACK   わたしの雑記帳・新 



 
Copyright (C) 2008 S.TAKEDA All rights reserved.