ニュース第73号 01年10月号より

はじめまして「Woodsman Workshop」です

 Woodsman Workshop 水野雅夫

 

 名古屋にいた頃、休日になると長良川に通った。支流を巡り、源流の山々に分け入って過ごした。蛭に吸われ、獣道に迷い、幾日も里に下りず歩き続けた。名だたる山ではなく、流域の人たちと共にある山。否、共にあった山。数々の奥山で見たのは、放置され、痩せこけた造林地だった。良くない状態であることは、素人目にも明らかだった。「このままじゃ、川がダメになる。」持ち主に手入れができないのなら、僕がやろう。微力なのは承知の上で。
 その頃は、スギ・ヒノキなどの造林地が悪者の代表のように言われるようになっており、僕もご多分に漏れず、人工林が嫌いだった。が、「スギは悪」「ブナは善」みたいな図式が蔓延してくると、「そんな簡単なものか?」と疑問がわいてきた。現場に入らなければホントの事は解るまい。そんなことを漠然と考えていた。
 何となく、林業に関心がわいてきた頃、一人の林業家を紹介された。出会ってから6年、熟慮の末、山仕事の手ほどきを願い出た。奥さん共々、僕を友人として扱ってくれたその人は、山では別人のように厳しかった。仕事は極めて合理的で、妥協を許さなかった。師は、伐採中の僕にトビを投げつけながら「死ぬぞ!」と怒鳴った。「九十九本完璧に倒しても百本目に失敗すれば、全て終わり」という師の言葉は、僕が新人を指導するときに必ず伝える決まり文句になった。
 新規林業就業者の8割がIターンと言われる今、地元で培われてきた技と知恵を伝えられなければ、地場産業としての林業の将来は無い。従来の「見て覚えろ」では、効率が悪く危険である。子供の頃から祖父や父親に連れられて、山に親しんできた人たちと、チェーンソウはもちろん、鉈すら持ったことのない者たちを同じように扱うことは無謀である。IターンにはIターンなりの指導をしなくてはならない。意欲のあるド素人を林業の担い手として育てなければ、この先誰が山の手入れをしていくのか。
 問題は指導育成の体制をどう整えていくかである。林業界が現在の意識とシステムに固執する限り困難だろう。公的機関の研修への参加も大切であるが、最も重要なことは日々の作業の中にある。休みながら何気なく交わされる会話、現場でのちょっとした工夫と応用。成長に応じて何度も繰り返される助言。そういったことの積み重ねが担い手を育てていく。技術だけ取得しても、それは担い手ではなく、マニュアル通りにしか動けないマシンである。今の林業現場では、人材育成よりも採算が優先される。Iターンが直面している賃金・住居などの問題改善に十分な取り組みもなく、「求人を出せば何人でも来る」と豪語する森林組合関係者はIターンを使い捨ての道具とでも思っているのだろうか?
 僕たちは、Iターン就林者としての経験を基に、プロとして森林整備に携わるNPO法人Woodsman Workshopを設立した。「造林施業・就林希望者研修・リサーチ・提言・ワークショップ」を行っていく中で、理想とする「林業・環境・山村・交流」などのあり方を探り実践していくつもりだ。とは言っても前途はチョー多難。国有林を筆頭に、未だ入札が一般的でない林業界において新参者に入り込む隙はない。民地ならともかく、国・公有林での随意契約をいつまで続けるのか?時代錯誤の官民癒着は、良からぬ噂の温床である。随契はもちろん、公共事業の指名入札でも、業者の契約金額が公表されないことも林業の特筆すべき点だ。     
 現在の僕たちの活動は、造林現場をフィールドに様々な展開をするどころか、山林労働者が生き延びるための労働運動になってしまっている。山林労働者の実情を少しだけお伝えしよう。某県・某森林組合での事務職と作業班の待遇の違いを以下に記す。
* 事務:昇給、賞与有り。
 作業:昇給4年間、賞与無し。
* 事務:旅行は有給出勤扱い。
 作業:無休扱いの上、一部 費用自己負担。
* 事務:健康診断は全て有給出勤扱い。
 作業:年2回の健康診断の内、1回は無給扱い。
* 事務:地元の青年。
 作業:夢見るIターン。
* また、作業班の賃金は会計報告の人件費には記載されず、 経費扱い。
 国有林からも一つ。今年は特にスズメバチが多く僕は7回刺されたが、そりゃー痛い。幸い大事にはいたらなかったが次回はどうなるかわからない。ハチ毒によるアナフィラキシ・ショックは最悪死に至る。国有林の施業はほとんどを随意契約の業者が請負い、ごく僅かを直属の作業班(直営)が請負う。直営は過去にスズメバチによる不幸な事故があり、現在は、ハチ毒対応の「自動注射器」を携帯して作業に臨む。が、国有林で働く大多数の民間作業者は、丸腰である。真夏の下刈りで防護服を着用するなどということは、熱中症を希望するようなもので、かえって危険である。林野庁に「自動注射器」の普及について尋ねても、「厚生省が」「薬事法が」で、明確な答えは得られない。同じ施業、同じ危険に向かう山林労働者でも、直営と民間では、生命の保護のされ方が違うのである。こういうことを人権問題って言うのかなー?
 Iターン就林者の増加に伴い、これまでにない多様な価値観が林業と山村に流れ込んでいる。クオリティーの高い仕事を安全に続け、林業の活性化、自然環境の回復、ひいては山村の活性化をも視野に入れての活動がこれからの課題だ。山林に関わるプロ・アマそれぞれが、自分の役回りを自覚して活動すれば、いずれ林野庁も変わらざるを得ないだろう。さらなるネットワークの広がりに期待する。

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