トップページ活動紹介タイ>タイツアー報告 2000.11月

 

 

 

コン県ポン群ペックヤイ区ノンテー村で、循環型農業をしている、サナンテーチャゲオさんの田んぼを見学し話を聞く。この村も100年ほど前に他から移動してきた。森から色々なものを収穫して暮らしていたが、40年ほど前、政府が単一作物を作るよう働きかけ、ケナフ麻やキャッサバ、サトウキビなどを作った。

しかし2、3年たつと値段が下がり、次々と作るものも変わっていかざるを得なくなり、借金だけが膨らんでいくことになった。田んぼの耕作に戻ってもなかなか収益が上がらず、それだけでは暮らせず、また化学肥料や農薬で借金が膨らむという悪循環に陥ってしまう家が増えている。

そこで今から4、5年前、仲間と話し合い、他の農業地域も見学し、今のような池を掘って水を確保し、バナナを植える「複合型農業」をはじめた。

雨季の5月頃から田んぼに水が溜まりはじめる。水の溜まりやすいところに種を蒔き、20日ぐらいしたら田植をする。7、8月が田植、11月が稲刈りになる。農閑期は野菜作りや、果樹、織物等の仕事がある。

サナンさんは今除草剤もほとんど使っていない。収量は30ライ(1ライ600s)畑と田んぼの年間の純利益は4万バーツ(10万円)、夫婦2人で仕事をしていて忙しい時は人手を頼む。農業の後継者はなかなか少なく3割ぐらい。

その夜はサナンさんの家に泊めてもらった。家の庭には鶏の親子(ヒヨコ連れ)から犬、猫まで大家族で同居し、お互い喧嘩するでもなく、勿論食ってしまうこともなくピヨピヨ、ワンワン、ニャーニャーと不思議な光景であった。

夜おばあちゃんからタイシルクの織物を見せてもらい購入した。60年機織りをしているという。

朝6時に起きて暗い中、サナンさんのすぐ近くの朝市に出かけた。おばあちゃんが自慢の織物を広げている。村の女性の一人が作ったお惣菜の評判が良いらしい。

農村状況はかつてフィリピンで見たり聞いたりしたのと同様のことが起こっている気がしました。そこにお定まりのように日本の影があるのもまた同じでした。同じということに私自身の感性が慣れっこになってしまっている危うさを感じたのも正直な気持ちです。

JVC(日本国際ボランティアセンター)の松尾さんのような若者の感性でタイと日本を見つめ新しい交流の在り方を探っていくことが必要です。アーシアンの支援の在り方についてはとにかく何回かいって見ることが必要だろうと感じました。

上符玲子

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