監獄人権センター第3回総会記念セミナー
拷問等禁止条約の批准を求めて


開会の辞及び講師紹介
村井敏邦さん(CPR代表)

−世界の拷問と国際機関による拘禁施設訪問調査制度の役割−

◆ベント・ソレンセン氏の講演◆


1、拷問等禁止条約成立まで

 第2次世界大戦後、拷問禁止をはじめてうたったのが、1948年の世界人権宣言です。第5条に「何人も、拷問又は残虐な、非人道的なもしくは屈辱的な取扱もしくは刑罰を受けることはない」とある。この時はみんなもう今後は拷問など行われないだろうと考えましたが、人権宣言をより完璧なものにするため入れたのです。ところがすぐ、拷問はまだ非常に多くの国で行われているということが明らかになりました。拷問禁止のためにいろいろな努力が行われましたが、最も重要なものが国連の「拷問及びその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰を禁止する条約(拷問等禁止条約)」でした。世界人権宣言と同じ文言が使われていることに注目してください。1984年12月に国連総会で全会一致で採択され、1987年6月に発効し、今年で10周年になります。現在締約国は102ヶ国ですが、残念ながら日本は批准していません。

2、拷問等禁止条約の内容

(1)拷問の定義
 拷問等禁止条約とはどんな内容、どういう機能なのでしょうか。条約を批准しても日本は何も恐れることはないということを説明します。条約1条では拷問を次のように定義しています。拷問とは「肉体的であると精神的であるとを問わず、ある者に対して、激しい苦痛を故意に加える行為」です。また、目的として「情報若しくは自白を取得し、…処罰し、…脅迫若しくは強制する」ことが挙げられています。さらに「…かかる苦痛が、公務員若しくは公的な資格で行動するその他の者によって…」行われる点です。すなわち「激しい苦痛」を「故意」に「ある目的」をもって「公務員」が加える場合、これを拷問と定義します。

(2)条約締約国の義務
 拷問等禁止条約は締約国に義務を課しています。罰則については、4〜9条で述べられています。誰でも拷問を加えた者は罰しなければなりません。例えば私が日本で中国の人に拷問を行い、その後フィリピンに行ったとしても、私はフィリピンで罰せられます。もし日本がこの条約を批准した場合、第三国で拷問を行った人間であっても、日本で捕まった場合、日本の裁判にかける義務を負うことになります。日本の外務省によりますとこの点が一つの問題だということです。
 締約国には委員会に対する報告義務があります。締約国は条約をどのように国内に取り入れているのか、また実務的にどうやっているのかも報告する。そしてジュネーブの委員会に対して代表を送る。その報告書と私たちが入手した資料をもとに、代表団と委員会の間でディスカッションが行われ、委員会から勧告が出されます。会議はすべて公開で行われ、結果は国連総会へ送られます。特定のケースについては調査を行います。時には個人通報の審査も受け付けます。
 委員会がスタートした時、委員はスイス、旧ソ連、スウェーデン、カメルーン、デンマーク、アルゼンチン、カナダ、ブルガリアで構成されていましたが、今は随分違っています。

(3)拷問の絶対的禁止
 条約2条2項では「…いかなる例外的状況も、拷問の正当化理由として援用することはできない」と述べています。いかなる言い訳があっても拷問は認められないのです。各国の政府と話をして「拷問が行われていますね」と言うと、政府は普通は「やっていません」と言います。あるいは、「それは嘘だ」とか「でっちあげだ」とか、「意図的に間違った情報を流しているのだ」と答えます。「わが国は拷問等禁止条約を批准しているのですから」と。そういう時は写真を用意していきます。例えばグアテマラのストリート・チルドレンの場合、腕にたばこの火を押し付けられたやけどのあとがある。これは激烈な痛みを伴うし、故意に行われていて、多分この子を脅かすという目的で、警察官が行ったものです。公務員ですね。ですから、これは拷問だと言えるわけです。これを見せて、政府に「これは何ですか?」と聞きます。政府は「実際に起こっていることは拷問ではないのだ」と言います。「中程度の肉体的圧力をかけただけだ」、あるいは「特別な手順として必要だ。拷問と言えるものではない」と主張するわけです。私たちはまた殴打された人の写真を持って行きます。この人は全治1ヶ月の入院加療が必要でした。写真は正しいわけで、事実としてこうしたことが行われたということは認めますが、政府は「絶対必要だからやった」と言います。例えば「テロリストと戦うため、国の安全を守るため、あるいは情報収集のため、自白を得なければいけない」と言います。政府は「拷問には実用性・必要性がある」と言ってきます。私たちの側は「あなたの国は自発的に条約を批准しているはずです。いかなる目的であろうと拷問を使ってはならないし、拷問は永遠に禁止するということが条約に書かれているはずです」と主張して、条約の第2条2項を読み上げます。
 第2条3項ですが、上司からの命令は拷問の言い訳とはならないと言っています。これも非常に重要です。第2時大戦中には多くの拷問が行われましたが、ほとんど全員が上司の命令によってやったと言い訳をしました。この言い訳はもう通用しないということです。

(4)ノン・ルフールマン原則
 第3条1項で「いかなる締結国も、ある者が拷問を受ける危険があると信ずるにたる実質的な根拠がある他の国に、その者を追放し、送還し又は引き渡してはならない。」と述べています。条約22条(個人通報制度)では締結国が条約に違反したとき個人がこの委員会に申し立てすることができると規定しています。最近の例としてタラ対スウェーデン事件があります。スウェーデン政府がイラン本国で反政府活動を行っていた人を本国に強制退去しようとした決定を委員会が条約第3条に違反すると判断したものです。政府は「何時間も何ヶ月もかけて、十分な調査を行って、送還しても大丈夫だと決定した。その結果をなぜジュネーブ(拷問禁止委員会)はひっくり返すことができるのだ?」と言うわけです。私たち拷問禁止委員会は、政府が知らないことを知っていると答えています。スウェーデン政府は理解していないのですね。私たちは拷問についての知識、どのようにして拷問が行われているのか、拷問の対象になる人とはどういうグループかというようなことを知っています。例えば強いパーソナリティーを持った人たちです。あるいは異民族、少数民族に属する人、人権活動家、組合メンバー、政治家、学生のリーダー、ジャーナリスト。みなさん、この部屋の人たちを見てください、みんなターゲット・グループに入っています。
 第2条2項では、いかなる例外的状況も、拷問の正当化のため用いられないと言っています。本国に送還されるような場合、大使館に問い合わせを行ってその本国の状況を判断いたします。
 アムネスティーの1994年の資料に拷問の行われている75ヶ国の一覧表があります。これは締約国の言っていることと一致していません。そして不一致がある場合に私たちの仕事がでてきます。75もの国が拷問を行っているということは、拷問は中世の問題ではなくて現代の問題だということです。

(5)拷問の禁止に関する教育・訓練
 第10条も非常に重要です。「各締結国は、拷問の禁止に関する教育及び情報が、何らかの形態の逮捕、抑留又は拘禁を受けているあらゆる個人の拘束、取調べ又は取扱いに関与する文民又は軍人の法執行官、医療従事者、公務員その他の者に対する訓練の中に、十分に含められることを確保する。」情報だけでなく「訓練」「教育」も入っている。かなり厳しい要求となっています。しかしこれを実行している国というのは非常に少ない。

(6)拷問に加担する医者
 私も医者です。なぜ医者の教育が必要かお話ししたいと思います。パキスタンの例です。医師が足で患者を治療している写真があります。この少し前の出来事というのが、鞭打ちの刑です。金曜の礼拝の後、大きなスタジアムで鞭打ちの刑が行われ、何千人もの人が見ています。刑を受ける人は叫び声を上げるのでしょう、口のところにスピーカーがつけられて、悲鳴が全部聞こえるのです。これは明らかに拷問です。ここに医者が立ち会っています。パキスタンの法律では、最初に医者がむち打ちの刑に耐えられるかどうか判断して許可書を出すんです。私の定義では鞭打ちの刑に耐えられる人間はいないはずなんですね。それから、現場に医者がいて、あまりにも苦痛が大きくないか、出血が多すぎないかチェックしています。あまりにも苦痛が大きい、または出血が激しい場合には、医者がストップをかけて先程のような形で治療を行う。その後数週間経つとまた同じ刑に処せられるのです。つまり医師も拷問の前、拷問の最中に参加しているのです。
 南米の例で「サブマリーノ」という拷問があります。水浸けですね。板のうえに縛り付け、頭を液体の中に浸けます。中に水のほか尿とか嘔吐物とかが入っている液体です。ここにも医者が立ち会っています。脈を取り、爪の状態を検査します。爪が青くなったり、脈が遅くなったらストップをかけるわけです。これは人間を殺すことが目的でなくて、人間として破綻させる、魂まで、心までも傷つけるやり方です。
 こういう医者はどういう医者かというと、麻酔医がほとんどです。生きているかどうかのサインを見ることのエキスパートなんですね。例えばウルグアイでは100名以上の医師がこういったことに参加しました。それで普通の人はふだん病院に行くの恐れています。麻酔医が拷問に参加していることを知っているからなんです。
 ここに頭部のレントゲン写真があります。レントゲンに写っている白いものは釘です。頭にハンマーで釘が打ち込まれ言語中枢を破壊しています。この人は2日後に死亡しましたが、医師の死亡診断書には「髄膜炎」と書かれていました。医師が拷問の後に参加したと言える例ですね。
 医師は拷問の前、最中、後に参加しています。ですから医師にも教育の必要性があるということがおわかりいただけたと思います。

(7)その他の条項
 第16条後段では「特に、第10条、第11条、第12条、第13条に定める義務は、拷問への言及をその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰への言及と置換えることによって、これらの行為に適用される。」と述べています。したがって、この10条から13条までの義務が、人格を傷つけるような、あるいは苦痛をもたらすような行為にも課されることになります。
 第11条、これはどの国にとっても非常に重要です。批准すれば日本ももちろんこれに含まれます。「各締結国は、拷問のあらゆる事件を防止する目的で、取調べの規則、指示、方法及び慣行並びに自国の管轄下にある領域内で何らかの形態の逮捕、抑留又は拘禁を受けている者の拘束及び取扱いのための取決めについて、制度的に再検討する。」警察署、刑務所などの施設がどういう形で運営されているか、定期的、制度的な再検討が必要であるということを述べています。そこで私たち委員会でもこういったことについて詳細な質問をします。
 第12条、第13条も非人道的取扱いを減らすために重要です。拷問が行われた場合は調査を行わなければならない、もし拷問を受けたと主張する者は、審査される権利を持つということです。
 第14条は私の活動に深い関係があります。「各締結国は、拷問行為の被害者が救済を得、かつできる限り十分なリハビリテーションのための手段を含む公正かつ十分な賠償を受ける…。」英語ではこれを「3つのM」と呼んでいます。モラル上の救済(Moral)、公正かつ十分な金銭的な補償(Money)、医療面での可能な限り十分なリハビリテーション(Medical rehabilitation)を受ける、ということです。この条約の中でも最も重要な部分だと思います。
 もう一つ、第20条(調査制度)は、今まで2回しか適用されていません。トルコとエジプトに対する調査だけです。日本に対しての調査が行われることはまずないでしょう、私が保証してもいい位です。ですから日本政府が条約を批准しない理由はないはずです。

3、ヨーロッパ拷問等防止委員会

 拷問等禁止条約は若干変更されまして、40ヶ国のヨーロッパ評議会のもとではヨーロッパ拷問等防止条約となっています。重点は拷問の予防にあります。スタートしたのは1989年11月なので8年目になります。国連拷問禁止委員会は10名しかいませんが、ヨーロッパ拷問防止委員会は各締約国がそれぞれ一人の委員を出して構成されています。しかしその委員は国を代表しているわけではありません。私はデンマーク人ですが、デンマークが問題になった場合、私は参加しません。委員はモラル上の基準を高くもっていること、能力があり、独立しており、公正な人間で、サービスを常に提供できることというのが要件です。「サービスを常に提供できる」ように、私は大学教授を辞めなければならなかったんですね。
 この委員会の対象ですが、自由を奪われた人はすべて対象となります。例えば警察署の留置場、刑務所、精神病院、あるいは難民収容所などが対象です。予防が目的ですから、私たちはこういった場所を予告なしで、繰り返し訪問し、誰とでもほかの人間のいないところで話をすることができます。また収容されている房だけでなく、まわりの施設すべてを見ることができます。そしてあらゆる書類を見ることが可能です。調査団は、CPTの委員が5人、専門家、通訳、秘書とかなりの人数になります。この調査団が実際に訪問し、報告書を書き、改善策を提案します。私たちの権限は非常に広範囲にわたっています。外国人からなる調査団に訪問を許すのですから、広範な権限が必要なのです。そこで、村井先生のお話にもありました、「協力(Cooperation)」と「非公開性(Confidentiality)」ということが重要になってきます。
 国連拷問禁止委員会(CAT)とヨーロッパ拷問防止委員会(CPT)とは、大きく異なっています。まずCATには拷問の定義があります。CPTには定義がなく、自分たちでどういったことが非人道的又は品位を傷つけるのかを判断します。CATは公的な場で会議を行いますが、CPTは公開していません。CATの場合には個人通報制度がありますが、CPTは予防がメインですので、申立は受け付けません。共通点は拷問を完全に根絶するということです。そのためにはまず拷問とは何かを知っておく必要があります。

4、拷問とは何か

 これからはRCT(拷問被害者のためのリハビリテーションセンター)での仕事をベースにお話ししたいと思います。RCTは1974年に発足し、これまで24年間にわたって活動しています。
 拷問とは何か、その目的、頻度はどれくらいか、ということをお話しします。肉体的拷問のやり方として殴打、性的な攻撃、電気、水、火、吊り下げるなどがあります。  拷問被害者が自分の体験を書いた水彩画で説明します。まず逮捕の場面です。制服を着た人間が入って来て、男性を逮捕しようとする。家族全体が傷つくわけです。家も壊されるし、子供は蹴られる。人形が頭をもがれたり、奥さんも侮辱を受ける。子供や夫の前でレイプされるケースもある。その後で実際に夫が逮捕されるのです。当然のことながら家族全員が苦しむことになります。きちんとした治療を行わないと精神的傷は元には戻りません。
 逮捕後、ずきんをかぶせられて「どこか」に連れて行かれることもあります。どこにいるか、今がいつなのか、が分からないということは精神的な拷問です。ですから、精神的な拷問が肉体的な拷問と同時に行われているわけです。
 場合によっては何日も長時間にもわたって殴打されることもあります。もっと洗練されたやり方になってくると、「ファランガ」と呼ばれる足の裏を打つ拷問があります。非常に大きな苦痛を伴いますし、一生後遺症が残ります。足の裏を打つためには、それに適した場所に被害者を固定しなくてはなりません。ヨーロッパのある国で警察署を訪問した際、留置場の房の一つ一つに車のタイヤがありました。もちろん本来警察の留置場にあるべきものではありません。
 あるいは吊り下げる拷問があります。吊り下げて同時に電気ショックを使うと肩のダメージが大きくなります。垂直に吊り下げ目隠しをされ性器に電極をつないでいます。目隠しをしているのでいつ電気によるショックがくるか分かりません。ですから拷問に対する心の準備ができません。拷問室の外に仲間を置いて中の拷問の状況を聞かせ、いつ自分の番がくるか分からない恐怖を体験させる。これも拷問です。
 先程説明した「サブマリーノ」という水攻めがあります。「ドライ・サブマリーノ」という、顔にビニール袋をかぶせる拷問は、北アイルランドで昔使われていましたし、現在もスペインで使われています。

5、精神的拷問

 精神的拷問の方がはるかにたちが悪いのです。剥奪(はくだつ:Deprivation)という拷問があります。70センチ×80センチの房に入れられていた女性を見たことがあります。座ることができませんから、立っているしかありませんし、完全に暗くされていました。25日間、完全に孤立させられた後、取り調べを受けました。家族が彼女の居場所を知っていたかどうかすら、彼女は分かりませんでした。結局彼女は起訴されませんでしたが、錯乱してしまいました。
 自分は処刑されるかもしれないと思いこまされ、拷問を見せつけられ、精神的拷問を受け、性的拷問を受け、みんなの視線が自分を見つめていると思い込むようになる。自尊心、自信を無くし、自分がみにくく思えるようになる。こうして人間的に機能できないと思い込むようになります。今まで何かに抗議していた人が抗議できなくなってしまう。拷問が行われていることを知っている国中の人が、自分には降りかからないでくれと祈るようになるわけです。さらにひどい場合、誰かが見せしめで殺されることもあります。誰かが殺されると、生き残った人間は強い罪悪感を抱くことになります。生存者は、彼が死んだのに自分が生き残ったと、自分に罪があると考えるようになります。こうしたことも近代的意味での拷問の目的です。

6、現在も続く拷問

 この22年間の拷問に対する闘いで、拷問に関する神話は打ち破られました。沈黙を破ったということです。犠牲者たちは自分ではしゃべることができませんから、私たちが発言しなければならないのです。
 その結果、次のことが分かってきました。拷問の対象となるのは強力なパーソナリティーを持った人です。拷問の目的は犠牲者の人格、アイデンティティを破壊することです。そして長く続く後遺症があります。
 しかし後遺症は治療することができます。治療できれば奇跡に近いが、しかし可能です。世界中の拷問が共通しているように、治療法も共通のものなのです。拷問の効果として、普通の人たちが、異常で残虐な拷問を受けた人たちに対して、普通に反応していくということを知っておく必要があります。
 もし拷問というものが1つや2つの国にだけ存在しているならば、みなさんがここに集まる必要はありません。拷問が行われている国は75ヶ国です。日本は含まれていませんね。私たちのコペンハーゲンのセンターでは55ヶ国からの犠牲者たちの治療に当たりました。IRCTがコンタクトを持っている国は122ヶ国あります。コペンハーゲンで拷問の犠牲者を治療しても、それは本当に大海の中の一滴にすぎません。一番いいのは自国で治療することですね。難民になる前に治療するということです。そうすれば、もっと効果的な、効率的な治療を施すことができます。
 今日はまず、拷問等禁止条約について、ヨーロッパ拷問等防止条約について、また拷問とは何かという話をしました。どうもみなさんありがとうございました。


質疑応答