5. ベ平連に関係する小説、詩集、童話、写真集、歌集、テレビ、録音

   

  左から堀田善衞『橋上幻像』、さとうまきこ『絵にかくとへんな家』、なだ・いなだ『陰の部分』、ソノシート『新宿広場'69』、さかさのいし編『遊撃詩集』 、斎藤憐『お隣りの脱走兵』, DVD『殺すな!』の各表紙。表紙をクリックするとそのページに飛びます。

(1) 小説

堀田善衞『橋上幻像』新潮社、1970年

堀田善衞がベ平連に協力して脱走兵をかくまう援助をしたことは今ではよく知られている。この小説はまさにそれを扱っている。以下は著者自身の言葉。「時間のなかに生起して、時間そのものによって摩滅させられず、ついにいくつかの核のようなものとして残ったものどもは、次第に意味付与を拒否するようになる。それは逆立ちをした神のような幻像として、人々の存在をゆるがし脅かすものとなる。文学の場合で言えば、作品を不可能にさえしようとする。戦後二十数年、『橋上幻像』は、私の不可能の場からの報告である。」

ジョン・フィリップ・ロウ「われらが歓呼して仰いだ旗」(『すばる』1、7号、集英社、1970年{1972年所収)

未完であるが、ベ平連にかくまわれていた間に、米脱走兵自身が執筆した小説としてユニーク。

桑原恭子「風の記憶」(同人誌『作家』No.261 1970年10月 所収)(2006/02に記載)

作家、小谷剛が主宰する同人誌『作家』に掲載された、同人による小説。元同人メンバーだった党派の活動家から脱走兵への援助を頼まれた後の、さまざまな心の揺れを描いたもの。のち、この同人誌の主宰者の小谷剛も、脱走兵援助についての作品を書いている。(二つ下の「あちらからきた人」参照。)。

小中陽太郎『小説 ふあっく』現代評論社、1972年

『私の中のベトナム戦争』で事実を小説風に書いて好評だった著者だが、これは同じ体験をもとにして小説を事実風に書いたものだから、発表当時、ベ平連運動の中でかなり物議をかもし、埼玉ベ平連だった小沢遼子などは、もはや小中とは一切同席しないといきまいたようなこともあった問題作。

小谷 剛「あちらからきた人」(同人誌『作家』No.285 1972年10月 所収)(2006/02に記載)

戦後の第1回芥川賞受賞者で、名古屋市で産婦人科医院を開業していた作家、小谷剛(つよし)(1924〜    )は、米脱走兵を自分の医院の病室に匿った。その体験を自分の主宰していた同人誌『作家』に、小説として掲載した。アメリカ兵への感情的反撥や共感、医院の看護婦たちや炊事婦の米兵に対する対応ぶりへのさまざまな感情、そしてベトナム戦争や政治に対する自分の姿勢への再検討などが描かれる。なお、小谷氏の脱走兵援助の事実関係については、元豊田市市議の渡久地政司氏のホームページの中の「老パルチザンのあしあと・岡田孝一の記録」(http://www4.ocn.ne.jp/~toguchi/partisan.html)のなかで触れられている。

西木正明『オホーツク牒報船』角川書店、1980年

ベ平連が日本漁船の協力を得て米脱走兵を北海道から脱出させていたことを題材にした小説。ある程度の取材はしたようだが、筆者はベ平連と何の関係もなく、執筆の姿勢も愉快ではない。

小中陽太郎(小)「ジーンズの平家たち」(毎日新聞社)、1979年

小田実「」(中央公論社『海』1983年11月号、のち『小田実全小説』第三書館、1993年所収)

最初『海』に一挙400字350枚が一挙に掲載されたが、その際に『海』の目次に載った紹介の言葉は以下のとおり。「構想十年。老脱走兵トニイをめぐる、滑稽、悲哀、ロマンチシズムが入り乱れた荒唐無稽の壮大な物語り」

夏堀正元「マリモ国道241」1983年(夏堀正元『木製の飛行機』実業の日本社、1984年所収)

ベ平連が保護された米脱走兵が日本脱出のため釧路に向かう途中、根釧原野で米軍と日本警察の合同作戦によって、同行していた活動家、山口文憲と逮捕された事件は、当時大きな反響を呼んだ。これもその事件を題材としたフィクション。

なだいなだ『影の部分』毎日新聞社、1985年

この本の初版の帯にある紹介文。「ベトナム戦争が投げかけた陰――脱走したアメリカ兵を匿いながら、ノンポリを装う父、その気持ちを知らずに過激な学生運動に走る娘。一つの時代を象徴する出来事に巻きこまれた父と娘の姿を鮮明に描く長編。」

佐々木譲『勇士は還らず』朝日新聞社、1994年 \1,600 (1997年に朝日文芸文庫に入った。\780)

1993年10月12日号から94年8月23日まで『朝日新聞』夕刊に連載されたものに加筆したもの。脱走兵援助にかかわった若者たちの関係、交友を題材にした推理小説。帯の紹介の言葉は「サンディゴ、謎の射殺事件――太陽が降りそそぐ南カリフォルニアで、農業視察団の日本人が射殺された。捜査への協力を求める警察に被害者の妻はなぜか応じようとしない。彼女の恐れていることとは……」
 

 小田実『終らない旅』新潮社  2006年11月 \2,300+税

本書の「帯」の言葉。――男は日本人、神戸の大震災で落命。女はアメリカ人、「9・11」テロに衝撃を受
けて病没。今は亡き二人の、秘められた偕老同穴の恋。終戦前日の無残で無意味な大阪大空襲について、ベトナム戦争当時の脱走兵支援運動について、被害者がそのまま加害者にならざるを得ない戦争の悲しいメカニズムについて、男と女は熱烈に語り合い、論じ合い、そして愛し合った。その切実な思いは、二人の娘たちの世代に引き継がれて……。旅は終らない。
 小さな人間たちの、
     まともに生きぬくための旅はつづく。

 

(2)詩集・和歌集

條冬樹『優しいうた』思潮社、1972年

「……後もどりのきかない一歩 また一歩 自らを押し出す / おお それが優しさである ことを先ず / きっぱり言いきろう / ベトナムから遠く離れて / 此所には検問が ガス銃が 無差別逮捕が……」という「優しいうた・24 70年6月ずぶ濡れの清水谷から」をふくむデモの中から生まれた詩集。

長谷川修児編『ベトナム反戦詩集

ベトナム反戦運動の中で生まれた詩集としては、先ず何よりも長谷川が編集した『ベトナム反戦詩集』第1輯〜第 輯までを挙げなければならない。すべて長谷川の謄写印刷による手作りの詩集だった。残念ながら、これは、現在では入手不可能で、図書館にもないだろう。

「遊撃」編集室編『遊撃詩集』さかさのイシ 1994年

ベトナム戦争が終わり、上記の『ベトナム反戦詩集』の刊行が終わってから、長谷川は、やはり謄写印刷による詩集・文集『遊撃』の刊行を続けた。本書は1971年1月の『遊撃』1号から79年5月の第100号までの中から選ばれた詩集である。『遊撃』は現在も刊行を続けており、1998年3月現在第311号を数えている。

大野静子『わがうた――大野静子歌集』短歌出版社 1983年

1997年4月24日に急逝したクリスチャンの歌人、大野静子は、ベ平連の集会やデモにも参加し、絶えずカンパを送り続けた。1972年、現代歌人協会主催第1回全国短歌大会(朝日新聞社大講堂)で、応募歌のトップとして朝日新聞社賞牌を受けた和歌「戦ひに死すよりも反戦のゆゑに死なむといひきれり吾娘(あこ)は匂ふごときはたち」をはじめ、日常の生活の中から生まれた感動的な歌が収められた歌集。反戦歌集としてあまれたものではないが、いくつかをページを繰って拾い出してみる。

ベトナムとも重く繋れる祖国にて貨車の列に著し United States Army (1967)


ダン・タイ・ソンのポロネーズ激しベトナム戦のさ中地下室に習ひそめしとふ (1971)


かの集ひに少年のごと明るかりし米兵君らベトナムに死ぬな(1972)


大学も国も形骸にすぎぬと見抜く娘の深淵に懼れ向きをり (1972)


娘の作りし夜食喜びて戦車阻止に君らゆきしとふ雨しぶく夜を (1972)


汝(なれ)ら覆ひ真の敵ひそむを機動隊の若きもデモの若きもかなし (1974)

 

(3)児童文学

飯田栄彦『飛べよ、トミー!』講談社、1974年

著者は1944年生まれ。1972年、講談社児童文学新人賞に入選。この本は「小学5年生から」。帯の紹介文 「あいつがとつぜんあらわれた日から、平和なぼくらの家庭にも、戦争のくらい影がしのびよってきた。――〈新鋭〉が熱っぽく語りかける長編大作!」「ぼくたちは、来年のちびっこ飛行機大会の優勝をねらって、ひみつのほらあなで、製作にはげんでいた。ところが、そのほらあなに無断ではいりこんできたのは、こともあろうに、ベトナム戦争の脱走兵だった。ぼくの家では、その男をかくまうことにした。ぼくは、考えてもみなかった戦争が、ぼくたちの上にも、死のみよっていることを知る。」

さとうまきこ『絵にかくとへんな家』あかね書房、1975年 \980

著者は1947年生まれ。この作品で1973年児童文学者協会新人賞を受賞した。長谷川潮・きどのりこ編著『子どもの本に戦争はどうつたえられているか―日本編』(梨の木舎)に載った高橋武智の評より。「マッチ(この小説の主人公)が嫌悪し恐怖した戦争や殺戮は、地上から姿を消したのだろうか。とんでもない! 現代でも、殺人の隊列を逃れる若者を助ける『へんな』行為は、世界のどこかでつづいているにちがいない。そういう行為が『へん』どころか、ごくまっとうだとする心性を育んでくれる――これまた、時を超える本書の魅力であろう。」

岩瀬成子『朝はだんだん見えてくる』理論社、1977年初版、2005年10月再刊 \1,500+税

著者は1950年生まれ。岩国にベ平連が開いた反戦喫茶「ほびっと」にかかわる中からこの小説は生まれた。以下は今江祥智の紹介文。「……マシンの轟音が、馬のいななきみたいなソプラノ・サックスが伴奏を相つとめる。ドラムのソロが奈々の心情を語る。――リズムが呼んでいる。……デテイク、デテイク……。何処へ? 奈々は出ていくところがあるのだろうか? この作品を一読したとき、わたしは児童文学の新しい世代のあざやかな登場を身にしみて感じとった。久方ぶりのことだ。」なお、この作品は劇化され、劇団「民芸」によって、全国で上演もされている。
 

(4)写真集・図説

ベ平連運動それ自体を扱った写真集はごく僅かしかないし、入手も困難だ。図説はない。ただ、多くの「昭和史」ものの記録には、ベ平連の記述がかなりある。さしあたって以下の数点を挙げておく。

福島菊次郎『迫る危機――自衛隊と兵器産業を告発する!』 現代書館、1970年

中に、日本人脱走兵、清水徹雄の写真などが収録されている。

COPE編集室『歩き続けた人達の記録――反戦運動'68〜'74』COPE編集室、1980年5月

これは太陽賞を受賞した故佐藤元洋氏が出していた個人雑誌『COPE』の第17号だが、115ページに68年の6月行動、新宿西口、王子、そして清水谷の定例デモなどのすぐれた記録写真が多数収められている。ただ、印刷は、一時あった「謄写FAX」によるもので、残念ながら写真の画質はとても悪い。この佐藤氏のネガがどこに保管されているか、ご存じの人はぜひお知らせ願いたい。

色川大吉『図説・昭和の歴史 11 経済大国集英社、1980年

色川大吉日本歴史展望 第12巻 戦争と平和に生きる』旺文社、1982年

福島菊次郎戦争がはじまる――福島菊次郎全仕事集』社会評論社、1987年

中の一部に三里塚闘争やベ平連のデモなどの写真が収録されている。
 

(5)映画・演劇・テレビ・DVD

映画・ビデオ・DVD ベ平連『イントレピッド号の4人』モノクロ 40分「帰ってきた脱走兵」企画 1993年 \3,000 〒360

これはベ平連が1967年10月に作製し、同年11月の記者会見で発表した歴史的ドキュメンタリ映画(16mm)のビデオ化で、横須賀寄港中の米航空母艦からの4人の脱走兵の発言と、同席した小田実、開高健、鶴見俊輔、日高六郎の発言が含まれている。脱走兵の声明は20歳の青年とは思えぬほどの立派な内容。同席した日本人の緊張した発言もよく当時の雰囲気を伝えている。
申し込みは  e-mail: yyoffice@jca.apc.org まで。

記録映画 『ベトナム平和へのたたかい』 モノクロ  40分(?)

    制作・現代ぷろだくしょん  監督・編集・音楽・山田典吾 1966年

これは、社共両党、総評、ベ平連などが協力して作成されたごく初期のベトナム反戦のドキュメンタリ映画。各団体向けに、運動の画面が違って編集されたいくつかのバージョンがあるようだ。今では、どこにフィルムがあるのか不明。いいだもも 『転形期の思想』(河出書房 1968年刊)のなかに、「免疫をぶちやぶる――ベトナム平和へのたたかい――」(最初は『社会新報』1966年10月16日号に掲載)という、この映画の紹介文が載っている。

劇映画・ビデオ『サマー・ソルジャー カラー 勅使河原プロ 1972年 テレビはCBS/ソニー \14,300

監督=勅使河原宏 脚本=ジョン・ネースン 撮影=大島満洲夫 音楽=武満徹 出演=キース・サイクス、李礼仙、小沢昭一、観世栄夫、中村玉緒、黒柳徹子、井川比佐志、北村和夫、田中邦衛ほか

日本人家庭に匿われる米脱走兵と日本人との関係、そのなかでの煩悶、葛藤、希望などを日常生活の中から描いた問題作。ビデオ化され、市販されている。

記録映画・ビデオ 地下広場』モノクロ 84分 1969年春〜秋

製作・監督=大内田圭弥

1969年春から夏にかけて東京、新宿駅西口地下広場で毎週土曜日の夕刻から展開されたベ平連の東京フォーク・ゲリラの活動とそれに集まったときには5,000人を超える大群衆の動きを克明に追ったドキュメンタリ。当時一般公開されたが、数年前、フォーク・ゲリラの同窓会が新宿で開かれたのをきっかけにビデオ化の動きが生まれ、入手可能となった。(ただし、製作した200本のビデオは、99年8月に完売したため、それ以後は、借り出しか、ダビングする以外に入手できない。)

記録映画・ビデオ『怒りをうたえ――68・10・21 →70・6・23 全3巻 モノクロ 撮影・編集=宮島義勇 各巻 \15,000

大部分は、全共闘、反戦青年委員会の街頭闘争の記録だが、このうち第2巻には、新宿西口のフォークゲリラ集会が、また第3巻には、小西誠反軍闘争、ベ平連の新宿デモなどがでてくる。各巻とも2時間30〜40分という長大な記録。 (株)一隅社(ザ・スキャン)発売 連絡先 TEL:03-3295-6238

記録映画・ビデオ『日本の中のベトナム――朝霞反戦放送の記録 1991年 モノクロ 36分

製作・撮影・編集・説明=「くそったれ!中原里美」

これは1971年にベ平連と協力関係にあった東京・練馬区の「大泉市民のつどい」にかかわっていた制作者がつくったスライド映画を20年後の1991年に、そのままビデオ化したもの。ただし、これは個人の使用範囲の中で限定制作されたもので、一般に公開、市販、宣伝されていない。個人的な関係で頼んで見せてもらうことしか出来ない。

NHKテレビ・ドラマ『私が愛したウルトラセブン』1.夢で逢った人々私が愛したウルトラセブン』1.夢で逢った人々 2.夢見る力 各90分

脚本=市川森一 演出=佐藤幹夫、出演=田村英里子、松村雄基、日向薫、仲村トオル、佐野史郎、香川照之、梨本謙次郎、別所哲也、財津一郎、鈴木清順 NHK土曜ドラマ 1993年2月13日、同20日に放映。

第2部『夢見る力』は、『ウルトラセブン』製作グループが米脱走兵を援助し、匿い、日本から脱出させようとするが最後には宮城県の港で逮捕されてしまうというフィクション。市川はその後、小中陽太郎との対談で、脱走兵援助活動の当時、ベ平連をたえず意識していた、と語っている。60年代に人気を集めた『ウルトラセブン』の製作グループの中にあったエピソードなどもふくめ、60年代後半の時代の雰囲気をよく描写している。

神奈川テレビ・ドキュメンタリ『父と母の生きた時代――映像でつづる神奈川の半世紀』 1992年4月5日放映

神奈川テレビ(TVK)の開局20周年記念番組としてつくられたドキュメンタリだが、この中で、スタッフは神奈川県と米軍基地およびベトナム戦争との関わりとして、岸根基地から脱走した元米海兵隊員のテリー・ホットモアのケースをとりあげることを企画、彼をスウェーデン、ストックホルムに探しだし、インタビューに成功する。彼は日本人の援助に感謝しつつ、また横浜を訪ねてみたいという。この放映がきっかけとなって、彼を日本に招待しようという関係者の企画が実現する。

フジテレビNONFIX『帰ってきた黒人脱走兵――ベ平連25年目の再会』テレコムスタッフ(株)

企画=太田英昭、金光修 ナレーション=牧原俊幸 プロデューサー=菊池俊一、西野肇 ディレクター=別府隆 AD=工藤靖与 撮像=杉下光二 音楽効果=岡田貴志 1993年7月13日放映。

1993年、旧ベ平連、旧ジャテックのメンバーが25年ぶりにストックホルム在住の元米海兵隊員、テリー・ホイットモアを日本に招待したときのドキュメンタリ。当時みな20歳前後だったテリーとそれを支援した5人の若者、吉岡忍、山口文憲、遠藤洋一、大木(山本)晴子、望月広保の当時と現在とを重ね合わせる。 なお、2003年12月に逝去された小川武満さん(元平和遺族会全国連絡会代表)は、ホイットモアを自宅に10日間も匿うが、小川さん宅をホイットモアが訪ね、25年ぶりに感激の再会をする模様も詳しく記録されている。

大阪・朝日放送・驚き ももの木 20世紀『ベ平連・友情の大脱走作戦』 製作:えふぶんの壱

チーフ・プロデューサー:岡野均、演出:御牧賢秀 1995年8月18日放映。

当時の珍しい実写フィルムと、あとから劇化して再現したドラマ場面を交錯させてつくられた感動的ドキュメンタリだが、やはり実写(たとえばアメリカで博物館になっている空母「イントレピッド号」やジョンソン大統領から直接勲章を授与されるテリー・ホイットモアなど)場面は貴重だ。出演は壇ふみ、鳥越俊太郎のほか、脱走兵援助にかかわった飯島伴子、栗原幸夫、小中陽太郎、山口文憲、吉岡忍、吉川勇一らも出ている。しかし何よりも驚くのは、かつて北海道の原野でのカー・チェイスのあと、山口文憲とともに逮捕され、米軍の軍法会議に付された脱走兵、ジェラルド・メイヤーズ(当時19歳)が、ワシントンのベトナム戦争戦没兵士の碑の前に登場し、日本人への心からの感謝のメッセージをのべていることだ。これは、TVスタッフがアメリカ取材の中で彼を探し出してインタビューに成功したからだ。最後に当時は中学生だったという壇ふみは、「こういう日本人がいてくれて誇りに思う」と語り、鳥越は涙をぬぐう。

NHK教育テレビ・ETV特集『平和と非暴力を求めて――デーヴ・デリンジャーの旅と出会い』1998年2月18日放映  (45分)

撮影=田辺隆文 音声=森徹雄 音響効果=塩屋吉絵 取材=嶋野夏樹 構成=室口裕・坂
元良江 制作統括= 高橋昌廣・橋本裕次 共同制作=NHKエデュケーショナルdavetv.jpg (8988 バイト)

1997年12月、来日したデイヴィッド・デリンジャー、エリザベス・ピーターソン夫妻の滞日中の活動を綴ったドキュメンタリ。太平洋戦争への徴兵を拒んで投獄された良心的反戦主義者のデリンジャーが、日本で出会ったさまざまな人々と語る。登城するのは吉川勇一、中山千夏、ダグラス・ラミス、喜納昌吉、小田実、長倉洋海ら。それに新宿西口広場のホームレスを訪ねたり、国会前で大規模災害被災者への公的資金による支援を要求して座り込む人々に加わったりする様子も紹介される。夫妻の語る反戦と非暴力、正義への志は感動的。<右の写真をクリックすると大きな画像で見ることが出来ます。元に戻るには、上の「ツールバー」の「戻る」を, netscape の場合は、「ジャンプ」の中の「戻る」を押してください。>

 

NHK BS-2『世界 わが心の旅――アメリカ 忘れえぬベトナム戦争、脱走兵たち 』2001年10月14日放映  (45分)

撮影=田中久之 音声=大庭崇 音響効果=山下博文 取材=青沼千嘉 構成=神山真代 プロデューサー=神田聰 制作統括= 草川康之・豊永充夫 共同制作=博宣インターナショナル・NHKエンタープライズ21

ノンフィクション作家・吉岡忍さん。ベトナム戦争当時19歳だった彼は「ベトナムに平和を!市民連合(べ平連)」の活動に参加し、べ平連が支援した反戦米兵の脱走に手を貸した。あれから33年が経過し、彼らとのであいを拠り所に作家活動を続けてきた吉岡さんは、脱走に成功し、今もなお脱走先のスウェーデンに暮らし続ける黒人脱走兵(テリー・ホイットモア)や、脱走に失敗し、日本で逮捕されてしまった白人脱走兵(ジェラルド・メイヤーズ)に再会、そしていまでは行方が分からない朝鮮戦争孤児の脱走兵(キム・ジンスー)の手がかりを求め、今回アメリカを訪れた。キム・ジンスーの義兄の職業軍人は、義弟の脱走を認めず、それを支援した日本のベ平連を非難する。吉岡さんとの議論が行なわれる。
 吉岡さんは、脱走兵たちが歩んできた、それぞれの人生や当時の家族たちの思いに触れ、自分自身の作家としての原点を再確認する為に旅をする。 
<右の写真をクリックすると大きな画像で見ることが出来ます。元に戻るには、上の「ツールバー」の「戻る」を, netscape の場合は、「ジャンプ」の中の「戻る」を押してください。>

NHK 総合テレビ『あの人に会いたい 小田実』2007年12月9日放映  (10分)

【出演】小田 実 【語り】兼清麻美 【対談】鈴木智子(1985年のインタビュー) 井上ひさし(1997年の対談)【制作著作】NHK

NHK BS-3 ハイビジョン特集『小田実 遺す言葉』2007年12月13日放映  (89分)

【出演】小田 実 【朗読】李 麗仙 【プロデューサー】坂元良江 【演出】大原れいこ 【撮影】後藤修 二宮貴司 【音響効果】山崎恵美 【編集】弓削とよ 【アシスタントディレクター】備後一治 【制作統括】中山茂夫(NHK)行成卓巳(NHKエンタープライズ)【共同制作】NHK エンタープライズ 【制作著作】テレビマンユニオン NHK <右の写真をクリックすると大きな画像で見ることが出来ます。元に戻るには、上の「ツールバー」の「戻る」を, netscape の場合は、「ジャンプ」の中の「戻る」を押してください。>
 
なお、この特集は、再編集されて、2008年3月9日にも、NHK教育TV(3チャンネル)で放映された。この再編集の版の方が、優れた内容になっている。 また、2012年2月1日と2日に、NHK BSプレミアム放送で2回、再放映された。
 

  • NHK BS-2 『あの人からのメッセージ 2007』 2007年12月30日放映  (180分)

    【出演】阿久 悠、城山三郎、安藤百福、西山 千、木原光知子、小田 実 ほか 【アナウンサー】石澤典夫 【ゲスト】織作峰子、佐高 信、吉岡 忍【制作著作】NHK 


    NHK
    BS-2 『日めくりタイムトラベル 昭和44年』 2008年9月13日放映  (180分)

    【出演】(1969年生まれ)山咲トオル、堀内健、浅香唯 (先輩組)天野祐吉(当時36歳)、篠原勝之〈当時27歳)、高橋源一郎(当時18歳)、ほんこん〈当時6歳)(後輩組)田中卓志、水野裕子 【当時のフォークゲリラからの出演者】伊津信之介、大木(旧姓山本)晴子ほか【制作著作】(株)AMAZON、NHK 

    3時間の番組中、2月の新宿駅西口地下広場におけるフォークゲリラの活動とそれへの弾圧の経過が何回かに分けてがとりあげられ、当時の闘うフォークソング運動の優れた紹介になっている。好番組。

    NHK BS-2 『日めくりタイムトラベル 昭和40年』 2009年4月11日放映  (180分)

    【出演】(1965年生まれ)藤田朋子、大澄賢也、桐島ノエル (先輩組)天野祐吉、ミッキ−・カーチス、きたろう・ほんこん (後輩組)室井佑月、水野裕子 【発言者】 湯川れい子、轡田隆史、芦原すなお 【証言者】美輪明宏、エド山口、モト冬樹、寺内タケシ、大林宣彦、田原総一郎 【時間旅行案内人】松本和成アナウンサー 【小ネタコレクター】神田山陽 【ベ平連関係者で登場するもの】穴井文彦、小田実、開高健、鶴見俊輔、いいだもも、松本市壽、ばばこういち、吉川勇一、椎野和枝、飯沼瑛、吉岡忍 ほか 【制作著作】(株)AMAZON、NHK 

    3時間の番組中、4月のベ平連発足、8月の徹夜ティーチイン、11月のNYタイムズ意見広告と、3回にわたってベ平連がとりあげられ、計1時間ほどがベ平連の紹介になっている。好番組。

    NHK 教育テレビ ETV特集『鶴見俊輔〜戦後日本 民衆の記憶〜』 2009年4月12日放映 (90分)  これは同年5月3日、BS-2でも再放映された。

    【出演】鶴見俊輔 【聞き手】黒川創 【プロデューサー】坂元良江 【撮影】後藤修、二宮貴司 【音声】吉田洋平、田中泰圭 【音響効果】塩谷吉絵 【技術】米山滋【制作著作】 (株)テレビマンユニオン、NHKエンタープライズ、NHK

    DVD『殺すな! 日本の市民はアメリカのベトナム侵略とどう闘ったか』2002年春制作 (58分)

    制作=〈殺すな!>制作委員会 制作=遠藤洋一、東一邦、引地茂、川崎通紀、高橋武智、戸井十月、吉川勇一、吉岡忍、四井雅文 監督・執筆=吉岡忍 翻訳=(ベトナム語)レ・ヴァン・タム、グェン・ティ・アイ・ティエン (英語)高橋武智、ウェスリー・ウエムラ、ジェンス・ウィルキンソン,山鹿順子 朗読=(日本語)山根基世 (ベトナム語)レ・キム・タイン (英語)河端理依子 音楽・音響効果=林恵吾、音響企画、山本コウタロー、四位雅文 編集=四位雅文 写真・映像・資料提供=朝日新聞社、神奈川新聞社、テレビ東京、九州大学資料室、埼玉大学共生社会研究センター、安藤公雄、遠藤洋一、藤林泰、福島菊次郎、福富節男、花崎价男、石田玲子、金子静枝、金子徳好、勝山泰佑、菊池治男、巨島聡、栗原達男、黒田光太郎、楠山忠之、峯村泰光、本野義雄。永野仁、貫田直義、小田実、大野浩二、大内田圭彌、酒井秀子、酒井淑夫、坂元良江、佐藤元洋、澤田偉治雄、澤田教一、澤田サダ、関谷滋、瀬尾央、島田昭博、進藤健一、戸井十月、戸井昌造、渡辺総子、渡辺清、山田政伯、吉川勇一、吉岡功、吉岡忍 協力=市民の意見30の会・東京、三進交易株式会社、青野丕緒、古川博志、羽根田新平、羽後栄、林るみ、越充則、槙枝元文、山田英春

    2002年、旧ベ平連の活動家の有志グループが、ベトナム・ホーチミン市の国立戦争証跡博物館に寄贈するために作成した58分のドキュメンタリDVD。ベ平連をはじめ、1965年〜70年代全般の日本市民のベトナム反戦運動の実態を映像で記録したもので、この運動の概要を知るための絶好の視聴覚による入門資料。そのナレーションの全文は ベ平連紹介のDVD 決定版原稿 をクリックしてください。

  • 演劇『お隣りの脱走兵』  2001年6月、東京・新宿・紀伊国屋ホールで公演

    仕事プロジェクト公演 作:斎藤 憐 演出:西川信廣
    ●出演 山本 圭/倉野章子/佐藤正文/森山潤久/志摩真実/赤羽秀之/松下惇/秋野悠美/進藤健太郎/キャメロン・スチール/ポール・オークリー・ストーバル
    ●スタッフ 美術・朝倉 摂/照明・森脇清治/音響・小山田 昭/音楽・後藤浩明/衣裳・宮本宣子/演出助手・道場禎一/舞台監督・伊達一成/製作・株式会社 仕事
     この演劇の脚本は、斎藤憐『お隣りの脱走兵』として刊行されている。詳しくは「ニュース」欄 No.136参照。

    DVD 『田原総一朗の遺言〜藤圭子/ベ平連 小田実〜』 制作:テレビ東京 制作協力:ALIVE 2012年1月(186分) 販売元:ポニーキャニオン \3,900(税込) 

     出演:田原総一朗 司会:水道橋博士 ゲスト:原一男・吉岡忍  収録ドキュメンタリー作品:「私は現在を歌う〜藤圭子 6月の風景」(1970年作品)、「直撃 小田実」(1973年作品)
     このDVDのケースにある「ベ平連 小田実」に関する説明文は、以下の通り。
    「昭和40年4月に結成された「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)は、それまでの学生運動とは一線を画した方法論で、市民運動のひとつのあり方を示した。リーダーの小田実がベ平連の総括から公害列島日本の現状、経済侵略の実態、ファシズム台頭、金大中事件まで日本の状況を語る姿を、ほぼ編集せずに放送した挑戦的な作品。(1973年作品)
    スタジオには、ベ平連に参加していた作家の吉岡忍をゲストに迎え、フォークゲリラなどの当時の学生運動の空気、小田実との出会いとベ平連参加の理由、岡本太郎によるベ平連缶バッジの誕生秘話などを熱く語る。さらに今だから話せる、米軍脱走兵逃亡支援の真相なども明らかにされる。


     

    (6)録音シート、レコード

    ソノシート『新宿西口広場 斗うフォークゲリラ』現代社、 1969年

     1969年5月17日と5月24日の実況録音の入ったソノシート(18分)

    特集特集 70への市民運動70への市民運動』(小田実『市民運動――その行動と論理』など所収)『朝日ソノラマ』、1969年4月

    新宿広場'69』(「べ平連べ平連 街を行く街を行く」など所収のソノシート両面判2枚)『朝日ソノラマ』、1969年8月

    ベ平連のうた――その発展の足跡』(「機動隊ブルース」など東京フォーク・ゲリラの歌など8曲の17cmLP2枚)、芸術出版,1969年 

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