165 中川六平『ほびっと 戦争をとめた喫茶店――ベ平連 1970-1975 in イワクニ』(抄)(講談社 2009年10月刊) 09/10/16掲載)

 同書の「第7章 72年の初夏」より一部の紹介。

…… ほびっと オフ・リミット!

17日(土) アンドウが話す。夜のミーティングだ。今日、福岡べ平連から連絡があったという。ぺ平連が、家宅捜索の記事に対して掲載した新聞社に抗議していたが、今日の17日付の「西部版」で、ほびっと捜索はもともと初めから無理があったようで、急ぎ警察庁の指示で捜索した、という記事が載ったという。やっぱりなあ、とアンドウはいった。
22日(木) プレイ・バッハが流れている。ハラさんの置き土産のレコードだ。アレグロとアンダンテが好きになっていた。コーヒー10人分を入れ終えたときだ。ドアの鐘の音がなるが、人が入ってくる気配がない。
「どうぞ、やっていますよ」と声をかけ、カウンターから身を乗り出すと、年配の男が一人立っている。ネクタイ姿で小太りだ。「中川さん、いますか」という。
「あー、ぼくですけど」といった。すると、背広の懐から茶色の封筒を取り出し、手渡そうとする。「何ですか、それ。それに、あなたはいったい誰です?」といって、ネクタイ姿の男の前に行くと、「CIDのアリタです」という。
「CID? ぼくに何ですか」
「岩国基地からです」
 アリタと名のった男は、封筒をカウンターに置くと、そのままドアのほうに向きを変え、足早に出ていった。店に入ってくるのとは逆で逃げていくようだ。CIDといえばアメリカ軍の犯罪調査部、そのCIDがぼくに何だろう。そう思いながら、茶封筒の中から用紙をひっぼり出した。英語と日本語の文章が左右対称に並んでいる。左は英語、右側に「訳文」とある。「立ち入り禁止令」とある。「オフ・リミット」だという。みんなを店に呼んだ。

《岩国市今津2丁目2−39 『ホビット』 中川文男殿
 拝啓 「ホビット」の店を米軍構成員が訪れておることは、それら構成員の福祉に有害な影響を及ぼすと共に当基地隊、居住部隊、並びに米合衆国の安全にとっても有害であります。よって、「ホビット」への「立入禁止」を直ちに実施します。公務執行中の軍官憲を除き、在日米軍構成員が岩国市今津二丁目二−三九所在の当建物にはいることを禁止します。
                                        敬具
                 司令官 米軍海兵隊大佐  H・L・バンキャンペン》

「構成員の福祉」「米合衆国の安全」という言葉を何回かつぶやいた。トミさんとワシノがやってきた。アンドウにサワダも顔を見せた。サンデーはまだだ。
「ほぴっと立入禁止令」が出されたのである。まるでビーンボールだ。アメリカ軍は、ぼくらの頭をめがけ、ストレートのボールを投げてきた。ベースボールでは、そんな野蛮な行為はすぐに退場だぜ。退場処分で試合に出ることなんかできなくなるんだぜ。
「家宅捜索に、こんどは立入禁止令! 日本とアメリカからの挟み撃ちだ」とワシノが、一枚のベラベラの紙をみつめていった。アンドウは、やっと起きてきたサンデーとテーブルに座った。

23日(金) ほびっとの立入禁止令を、今朝の新聞は伝えている。岩国基地報道部のコメントが紹介されている。今日のカウンターはトミさん。
《「ほびっと」への立ち入り禁止令を、22日、兵士に通報したことを明らかにした。基地当局は、「ほびっと」開店当初には「兵士の出入りに干渉しない」態度をとっていたが、22日になって急に立ち入り禁止令を出したことについて、「基地司令官の権限と責任のもとにやったことで、その理由は一般に公表できない」と話している》
 これだけだ。新聞には、もちろん、ぼくの名前も出ている。ほびっとのマスターだからしょうがないが、新聞に連日のように名前が出ている。活字になったぼくの名前を見ると、ぼくがぼくでなくなっていくような感じに襲われる。「反戦喫茶店のマスター」。ぼくを見たことのない人は、勇気にあふれ正義感に満ちた若い男を連想するかもしれないなあ。実際はちがうのに。昨夜なんて、鎌倉でキッスしたブンちゃんを思い浮かべていたというのにさ。ボブ・ディランが「A Hard Rain's A-Gonna Fall
を歌っている。
 夜遅く、京都の鶴見さんから電話がかかってきた。日本の警察から「銃刀法違反」という家宅捜索。昨日の米軍から米兵に対する「ほびっとへの立入禁止令」。反撃しましょう、打って出ましよう。ほぴっと連続講演会をやりましょう。耳に響いてきた。鶴見さんの声はいつものように穏やかだが、ときどき考えこみ、無言になる。最後に、連続講演会をやりましょう、手を打つには早いほうがいいでしょう、と話し出した。
 ――7月2日(日) 吉川勇一さんでテーマは「満州事変とファシズム」。3日(月)中尾ハジメさん。「性と文化」。4日(火)笠原芳光さん。「背教について」。5日(水)橋本峰雄さん。「仏教について」。6日(木)岡林信康さん。「おいらいちぬけた」。7日(金)小沢遼子さん。「ウーマン・リブ」。8日(土)小田実さん。「ぬけぬけとやろう」。
 鶴見さんの話をメモしながら、この1週間を「ほびっと夢の一週間」と呼ぶことにしようと思った。……
 (本書176〜179ページより)

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