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『一坪反戦通信』
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 第173号(2005年11月28日発行)

キャンプ座間を包囲し、

米軍再編中間報告を押し戻そう!


 去る十一月十三日の朝、会場に集まってくるスタッフの顔には安堵の表情が浮かんでいる。空は晴れ、小春日の暖かい日射しが照らしていたからだ。

 第一回包囲行動のあった本年二月十九日は、忘れもしない、朝から雨、しかも、真冬の冷たい雨だった。にもかかわらずその日は二千六百名で包囲を成功させた。

 今回の第二回包囲行動は天候には恵まれた。しかし、米軍再編を巡る状況は厳しさを増している。

 十月二十九日、ワシントンで行われていた日米安全保障協議委員会(2プラス2)で米軍再編に関わる中間報告が発表された。折しも、神奈川県知事松沢成文は訪米中であった。

 地元の相模原市・座間市は、米軍再編について再三、国に情報公開の申し入れをしている。しかし、その都度、「まだ何も決まっていない」という回答が戻るのみであった。

 留守中に出し抜かれた知事、一片の敬意も払ってもらえなかった両首長の怒りは、想像に難くない。小川相模原市長は入院先から、「二十一万人もの署名を重く受け止めるとのことだったが、これが重く受け止めた結果なのか。市民は、理解も協力もしないだろう。政府として責任ある説明をしてもらいたい。」と怒りのこもったコメントを発表している。
 

 中間報告を再掲しよう。
 キャンプ座間にワシントン州フォートルイスにある米第一軍団司令部を移転。更に陸上自衛隊の即応集団司令部の移転。近隣の相模補給廠には、陸上自衛隊普通科連隊千三百名を移駐させる。

 第一軍団司令部(UEX)は、世界各国に散らばった基地に配備された戦力を、戦時にピックアップし師団を形成する役割を持つ。即ちそれは日米安保の範囲を超えた世界的展開を可能にしている。

 自衛隊は、一九九七年の新ガイドラインで取り決めた二国間協力に基づき、米軍を支援する体制を整えようとしている。

 十三日十二時。第二会場である座間公園の準備は整い、「司令部移転反対」ののぼり旗が立てられた。受付テントでは、「移転反対コーヒー」が一杯五十円で販売される。

 チラシでは一時半開始になっている。一時に来た某氏はつぶやく。「大丈夫か?第一会場はもっと人が少なかったぞ」よろずピースバンドの演奏が始まる。県央共闘会議参加団体のアピールに続いて、韓国から来た仁川市民会議代表の金聖珍氏の力強いアピールがある。仁川で数百日にわたる座り込み闘争を行った彼は、来年仁川市の市長選挙に打って出るのだという。

 そうこうするうちに、続々と人が集まり出す。コーヒーはもう売り切れただろうか?

 本集会の中で、相模原市長のメッセージが読まれる。残念ながら座間市長からのメッセージはなかった。

 座間市は、一九七一年自衛隊移駐時に国が示した「キャンプ座間の基地縮小について最大限努力する」という覚え書きと「覚え書きのいずれかでも履行が不可能の時は自衛隊の使用は取り消す」という確認書の履行を強く求めている。相模原市は、一貫して自衛隊の移駐を許してこなかった。

 相模原市は十三日の午前に千七百名、座間市は十八日の夜千六百名の市民集会を成功させている。

 二時半、集会参加者は隊列を徐々に移動させ、キャンプ座間を取り囲む。三時の花火の合図で、正門から司令部を囲んでウエーヴが送られてくる。幾度も。シュプレヒコールが繰り返される。幾度も。

 正門前では三重の包囲ができあがっている。総数三千五百名が参加。しかし、まだこれは長い道のりの一歩でしかないのだ。

 帰り際、警察官から聞かれた。「今度の包囲はいつなんですか。」「わからんよ。終わったばかりじゃない。まぁ年内はもうないな。」

       (厚木基地を考える会 YM)