自我作古 第170回

沖縄知事選
広告宣伝技術の勝利

筑紫哲也


 出典:『週刊金曜日第244号(1998年11月20日)


 よほどの知恵者が蔭に居るにちがいない。その知恵も、広告代理店の手法が臭う内容だ。と、思っていたら、本当に勝者の背後には大手の代理店が動いていたのだという。

 一五日投票の沖縄知事選挙。

 告示少し前、県内のいたる所で、電柱に黒地のポスターが貼られた。「9.2%」。県内失業率を示す数字だ。だれが貼ったかは今もって不明。

 告示後。選挙戦の基調を創り出していったのも、三選を目指す現職、大田昌秀知事側ではなく、挑戦者の稲嶺恵一氏側だった。「9.2%」に加えて、キーワードは「県政不況」。“当初案”は「大田不況」だったらしいが、どきつすぎて逆効果のおそれありと改訂されたという。

 保守県政の時代もふくめて、沖縄は県民所得全国最下位。失業率は本土平均の約二倍が「常態」であり続けた。不況は全国的であり、「県政」にその責を帰する証拠はない。むしろ沖縄は税収で欠損を出していない数少ない県のひとつ、観光収入は上向いている。だから、そういう造語はデマゴーグ(人をうまく扇動する政治家)すれすれなのだが、その分だけ先制攻撃としては効果的だ。

 「流れを変えよう」「ピッチャー交替」「理想より現実」「解釈より解決」。

 次々と繰り出されるキャッチフレーズは、米軍基地の撤去を求めることどころか基地について語ることすら、時代遅れであるかのような錯覚を与え「まるでマインドコントロールにかけられているかのようだ」と語る人もいた。

 マインドコントロールと言えば、投票日前日、那覇市の目抜き通り(国際通り)で興味深いものを見た。

 大型バス大の車が横付けになっていて、その横腹が大型テレビ画面。次々と普通の人たちが登場して、自分の望みを語る。「髪型を変えたい」「背が大きくなりたい」「就職(結婚、旅行、などなど)したい」と他愛のないものが大部分だが、なかに「仕事を下さい」この不景気をどうにかしてほしい」などがまぎれ込んでいる。そして登場するだれもが、最後に「チェンジ!」と叫ぶ。「今が変える時」とナレーションが入り、「Change 11.15」と大きな文字が画面一杯に出て終る。その繰り返し。

 一見、選挙管理委員会の啓蒙広告のように思えるが、巧みに誘導的である。県内数力所に置かれたというこの装置、だれがやってるのか訊ねたら「ボランティア団体です」と答が返ってきた。

 ボランティアと言えば、「勝手連」があちこちにある。他の前例とちがうのはただ勝手連と名乗るだけで、だれを推しているのかを明かにしないことだ。県民のだれもが、どの候補の“別働隊”であるかは知っているようだったが。

 投票前々日、彼らは同じ国際通りで、河島英五コンサートを主催した。

 「県民党」を名乗り、普通は革新・環境派のシンボルカラーであるグリーンを自派の色にした点も、従末の保守陣営とはがらりと異なる戦術を採った稲嶺侯補だったが、もっとも大きな、そして卓抜した相異点は、本土政府・自民党を徹底して“隠し”たことである。閣僚・要人の来援という、これまでおなじみの光景を完全に排除した。「私自身が来るな、と断った」と稲嶺氏は言うが、綿密な分析と計算なくして出てくる思い付きではない。

 かくして、沖縄の象徴的人物とされた現職相手に勝ち目はないとだれもが尻込みし、沖縄経済界が半ば本土政府へのアリバイ証明のために選挙二ヶ月前に“犠打”覚悟で擁立した人物が勝利をおさめた。この結果には、諸々の政治的要因が彼我双方にからんでいることはもちろんだが、広告宣伝技術の選挙への導人が見事な成果をおさめた例としても特筆さるべきだろう。そういう「流れの変化(チェンジ)」を私は決して歓迎はしないが。


 本論は著者・筑紫哲也氏と『週刊金曜日』編集部の許可を受けて掲載しています。転載等に関しましては、『週刊金曜日』編集部(03-3221-8521)にお問い合わせ下さい。


沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック