早尾貴紀氏の《粗訳》(2)  Thinking ahead

                早尾貴紀さんへ /アメリカの思想/Home

★のものが掲載されて一月ほどして、まったく同じパターンのことがサイードの次の記事についても起こりました。早尾さんが確信的にこういうことをなされているのに驚き、、今後もずっと同じことが続くのかと思って頭を抱えてしまいました。さいわい『戦争とプロパガンダ』の続編が出ることになったので、この後は同じことは起こりませんでしたが、一時は私もウェッブで翻訳を公表するのを止めようかとも思いました。
右端のコラムのものは、早尾貴紀訳として「パレスチナオリーブ」のウェッブ・サイトに公表されている(2003年11月15日現在)ものです。まんなかのコラムはその一月以上前に私が同じ原文から翻訳し、早尾さんを含む多数の方々にメールで送付したものです。推敲前のものなのでいろいろ不備はありますし、しつこいので、もう途中からしか載せていません。


Thinking Ahead
Al-Ahram Weekly, 24 -10 April 20 Issue No.580


この先を考える

(中野が出した4月11日のサイードオンラインの更新通知)


先のことを考える.

(早尾貴紀訳として、5月後半にパレスチナオリーブで公開されたもの

Since the end of the Cold War, Europe has faded into near-insignificance so far as the organisation of opinion, images and thought are concerned.

冷戦が終結して以来、世論や映像や思考の組織化という点でヨーロッパの退潮は著しく、取るに足らぬ存在と化している。

冷戦の終結以来、ヨーロッパは、世論や映像や思想を組織化するということに関しては、退潮しほとんど無意味な存在になってしまった。

America (outside of Palestine itself) is the main arena of battle.

アメリカが(パレスチナそのものは別にして)その主戦場となっている。

アメリカが(パレスチナ自体の外部では)主戦場となっている。

We have simply never learned the importance of systematically organising our political work in this country on a mass level, so that for instance the average American will not immediately think of "terrorism" when the word "Palestinian" is pronounced.

この国においてわたしたちの政治運動を大衆レベルで系統的に組織することの重要性をわたしたちはまったく理解してこなかったが、普通のアメリカ人が「パレスチナ人」という言葉が出るたび即座に「テロリズム」を連想するなどというようなことを防ぐにはそのような努力が必要なのだ。

この国において私たちの政治運動を大衆レヴェルで体系的に組織化することの重要性を私たちはまったく理解してこなかったが、そのために、例えば平均的なアメリカ人が「パレスチナ」という言葉が発音されると即座に「テロリズム」を思い浮かべるという事態が生じているのだ。

That kind of work quite literally protects whatever gains we might have made through on-the-ground resistance to Israel's occupation.

イスラエルの占領に対する現場の抵抗運動を通じてわたしたちが獲得したものがあったとすれば、それをこの種の活動がまさに文字どおり「守って」くれるのだ。

イスラエルの占領に対する現場の抵抗を通じて私たちが獲得したものがあったとすれば、それをまさに文字通りに「守って」くれるのは、この種の大衆的な政治運動であるはずなのに。

What has enabled Israel to deal with us with impunity, therefore, has been that we are unprotected by any body of opinion that would deter Sharon from practicing his war crimes and saying that what he has done is to fight terrorism.

イスラエルがわたしたちに何をしても平気なのは、わたしたちを守ってくれるような世論体系が存在しないためだ。そういうものがあれば、シャロンも戦争犯罪を犯しながら自分の行為はテロリズムに対する戦いだなどと言ってのけるようなことは憚るだろう。

そのため、イスラエルが大手を振って私たちを始末できるのは、多くの世論の集まりによって私たちが守られていないからである。そうした世論があれば、シャロンが自らは戦争犯罪を犯しつつ「テロリズムとの戦いをしているのだ」などと言うのを思いとどまらせることができただろう。

Given the immense diffusionary, insistent, and repetitive power of the images broadcast by CNN, for example, in which the phrase "suicide bomb" is numbingly repeated a hundred times an hour for the American consumer and tax-payer, it is the grossest negligence not to have had a team of people like Hanan Ashrawi, Leila Shahid, Ghassan Khatib, Afif Safie -- to mention just a few -- sitting in Washington ready to go on CNN or any of the other channels just to tell the Palestinian story, provide context and understanding, give us a moral and narrative presence with positive, rather than merely negative, value.

CNNなどが放送する映像ははかり知れぬ浸透力と執拗な反復力を持ち、アメリカの消費者や納税者の耳に「自爆攻撃」という言葉を毎時百回もたたき込む。例えば、ハナン・アシュラウィやレイラ・シャヒ-ド(PAフランス代表)、ガッサン・ハティーブ(ジャーナリスト、Al Quds大学Institute of Modern Media所長)、アフィーフ・サフィーイなどのような人々をワシントンに待機させ、CNNをはじめとする各放送局に随時出演してパレスチナ側の話を聞かせ、前後関係を説明して理解を求め、悪いところばかりではなく肯定的な価値も持つ存在として、倫理面や叙述的な側面も認識させることもできるはずだ。これに対し、パレスチナ側が対抗する努力を怠ってきたのは最大の怠慢である。

CNNなどによって放送された映像は、計り知れない普及力、執拗さ、反復力があり、「自爆攻撃」[suicide bomb] という言い回しをアメリカの消費者や納税者の耳に毎時何百回と無感覚になるまで繰り返している。このことを考えると、パレスチナの側の怠慢はひどさを極める。例えばハナン・アシュラウィ やライラ・シャヒード、ガッサーン・ハティーブ、アフィーフ・サーフィーなどの人々(何人かを挙げてみただけだが)でチームを組んでワシントンに待機させ、CNNや他のチャンネルに出演してパレスチナ側の話をし、前後の文脈を説明して理解を求め、単に否定的なのではなく肯定的な価値も合わせ持つ倫理的かつ自ら語ることのできる存在であると示すこともできたはずなのに、それをしてこなかったのだ。

We need a future leadership that understands this as one of the basic lessons of modern politics in an age of electronic communication.

このことを、電子コミュニケーションの時代における現代政治の基本的なレッスンの1つであると解釈するような将来の指導体制がわたしたちには必要だ。

私たちに必要なのは、こうしたことを電子コミュニケーション時代における現代政治の基本的教訓として理解できる将来の指導部である。

Not to have understood this is part of the tragedy of today.

それが理解できていないことが、今日の悲劇の一部なのだ。

これを理解してこなかったことが、今日の悲劇の一部なのだ。

3) There is simply no use operating politically and responsibly in a world dominated by one superpower without a profound familiarity and knowledge of that superpower -- America, its history, its institutions, its currents and counter- currents, its politics and culture; and, above all, a perfect working knowledge of its language.

3) 唯一の超大国が支配する世界においては、その超大国を熟知し深い知識を獲得することなしには、政治的に機能し責任をとろうとしてもまったく無意味である。アメリカについて、その歴史、制度、潮流と奔流、政治と文化についての知識を備えること、そして何よりも完全に使いものになる言語力が不可欠なのだ。

三、唯一の超大国が支配する世界においては、その超大国について深く精通し知識を得ることなしには、政治的にかつ責任をもって動こうとしてもたんに無意味である。つまり、アメリカについて、その歴史、制度、潮流と反流、政治と文化について熟知すること、そしてとりわけ完全に使える言語力が必要なのだ。

To hear our spokesmen, as well as the other Arabs, saying the most ridiculous things about America, throwing themselves on its mercy, cursing it in one breath, asking for its help in another, all in miserably inadequate fractured English, shows a state of such primitive incompetence as to make one cry.

アラブ諸国にありがちなように、わたしたちのスポークスマンの話しぶりは、情けないほどたどたどしいお粗末な英語で、アメリカについて愚劣きわまりないことをしゃべり、そのお情けにすがり、ののしったかと思えば、またすぐ助けを請うという、泣きたくなるほど情けない初歩的な無能をさらけだしている。

他のアラブ諸国も同様だが、私たちのスポークスマンが、まったく惨めなほどにお粗末で滅茶苦茶な英語で、アメリカについてばかげたことをしゃべり、そのお情けにすがりつき、その舌の根も乾かぬうちに悪態をつき、そうかと思いきやまた助けを請う、そういう姿は、こちらが泣きたくなるほどの初歩的な無能ぶりをさらけ出している。

America is not monolithic.

アメリカは一枚岩ではない。

アメリカは一枚岩ではない。

We have friends and we have possible friends.

 わたしたちの友人もいるし、これから友人になってくれそうな人々もいる。

私たちには友人がいるし、これから友人になれる人々もいる。

We can cultivate, mobilise, and use our communities and their affiliated communities here as an integral part of our politics of liberation, just as the South Africans did, or as the Algerians did in France during their struggle for liberation.

わたしたちの解放運動の一環として、合衆国におけるわたしたちのコミュニティと彼らが所属するコミュニティを開拓し、動員し、利用することは可能なのだ。それは南アフリカの人々が彼らの解放闘争において用いた戦術と同じものであり、アルジェリア人がフランスで行なったものとも同じである。

自分たちを解放する政治運動の不可欠な一部として、私たちは、この国の中の自分たちのコミュニティと友人らが入っているコミュニティを開拓し、動員し、利用することができる。それはちょうど、解放闘争のなかで、南アフリカの人々が行なったこと、アルジェリアの人々がフランスで行なったことと同じである。

Planning, discipline, coordination.

計画と統制と調整。

計画と規律と調整。

We have not at all understood the politics of non- violence.

わたしたちは非暴力の政治を全く理解していない。

私たちは非暴力の政治をまったく理解していない。

Moreover, neither have we understood the power of trying to address Israelis directly, the way the ANC addressed the white South Africans, as part of a politics of inclusion and mutual respect.

そのうえわたしたちは、ANC(アフリカ民族会議)が南アの白人たちに呼びかけたように、相互の尊重と一体化の政治の一環としてイスラエル人に直接呼びかけることの威力も理解していない。

そしてさらに私たちが理解していないのは、相手を含み込んで相互に尊重する政治の一環としてANC〔アフリカ民族会議〕が南アフリカの白人に呼びかけたのと同様に、イスラエルに直接呼びかけを試みることの持つ力だ。

Coexistence is our answer to Israeli exclusivism and belligerence.

共生が、イスラエルの排他主義と好戦的態度に対するわたしたちの回答だ。

共生こそが、イスラエルの排他主義と戦争行為に対する私たちの回答である。

This is not conceding: it is creating solidarity, and therefore isolating the exclusivists, the racists, the fundamentalists.

これは一方的に折れることではない。団結をつくり出すことであり、それによって排他主義や人種差別主義や原理主義を孤立させようとするものだ。

これは降参することとは違う。連帯を創りだすことであり、そうして排他主義者や人種主義者や原理主義者を孤立させることなのだ。

4) The most important lesson of all for us to understand about ourselves is manifest in the terrible tragedies of what Israel is now doing in the occupied territories.

4) わたしたちが自分自身を知るためのもっとも重要な教訓は、イスラエルが現在占領地で行なっている行為の恐ろしい悲劇にはっきりと現れている。

四、私たちが自分自身について理解すべきもっとも重要な教訓は、イスラエルがいま占領地で行なっている恐ろしい悲劇の中に明白に現れている。

The fact is that we are a people and a society, and despite Israel's ferocious attack against the PA, our society still functions.

結局のところ、わたしたちは一つの民族、一つの社会なのであり、イスラエルがパレスチナ自治政府に加えた猛攻撃にもかかわらず、わたしたちの社会はいまも機能している。

実のところ、私たちは一つの民族[a people]、一つの社会なのであり、イスラエルがパレスチナ自治政府を猛烈に攻撃したにもかかわらず、私たちの社会はいまもなお機能している。

We are a people because we have a functioning society which goes on -- and has gone on for the past 54 years -- despite every sort of abuse, every cruel turn of history, every misfortune we have suffered, every tragedy we have gone through as a people.

わたしたちが一つの民族である理由は、わたしたちにはちゃんと機能している社会があり、一つの民族としてのわたしたちが経験してきたありとあらゆる嫌がらせ、歴史の残酷な回転、不運、悲劇にもかかわらず、その社会は(過去54年間続いてきたように)これからも続いていくからだ。

私たちが一つの民族であると言えるのは、私たちがきちんと機能する社会を持っているからである。そして、私たちが一つの民族として被ってきたあらゆる種類の虐待、あらゆる残酷な歴史の展開、あらゆる不運、そして一つの民族として経験してきたあらゆる悲劇にもかかわらず、この社会は継続しているのだ。過去五四年間続いてきたように。

Our greatest victory over Israel is that people like Sharon and his kind do not have the capacity to see that, and this is why they are doomed despite their great power and their awful, inhuman cruelty.

イスラエルに対するわたしたちの最大の勝利は、シャロンや彼の同類たちにはそれを認識する能力が欠けているということだ。それゆえに彼らは、その巨大な力と非人間的な残虐性にもかかわらず、いずれは敗退する運命にあるのだ。

イスラエルに対して私たちが最も勝っている点は、シャロンや同類の人々にはこうしたことを見る能力がないということだ。このために彼らは、その巨大な力と恐ろしい非人間的な残忍さにもかかわらず、敗北する運命にあるのだ。

We have surmounted the tragedies and memories of our past, whereas such Israelis as Sharon have not.

わたしたちは自分たちの過去の悲劇と記憶を克服しているが、シャロンのようなイスラエル人たちにはそれができていない。

私たちは自分たちの過去の悲劇と記憶を乗り越えてきたが、シャロンのようなイスラエル人たちはそれをしないできた。

He will go to his grave only as an Arab-killer, and a failed politician who brought more unrest and insecurity to his people.

彼が墓場に持っていくのは「アラブ殺し」の名前だけで、政治家としては自国民に動揺と不安の増大をもたらした失敗者として記憶されることになるだろう。

彼の墓碑に刻まれる名前は、「アラブ人殺し」と、自国民にいっそうの騒乱と不安をもたらした「ダメ政治家」以外にはない。

It must surely be the legacy of a leader that he should leave something behind upon which future generations will build.

もちろん彼があとに残すものは一人の指導者の遺産であり、これから来る世代の足場となるもののはずだ。

彼があとに残すものは、たしかに指導者の遺産には違いなく、将来の世代はそれを踏まえて事を進めるだろう。

Sharon, Mofaz, and all the others associated with them in this bullying, sadistic campaign of death and carnage will have left nothing except gravestones.

だが、シャロンもモファズ(参謀総長)も、また彼らと共にこの死と大虐殺のサディスト的なキャンペーンを遂行している者たちは皆、その後に残すのは墓石だけということになるだろう。

シャロン、モファズ、そしてこのように大暴れで死と殺戮のサディスト的なキャンペーンに関わっているあらゆる者が、あとに残すのは墓石だけであるということになろう。

Negation breeds negation.

否定は否定を増殖させるだけだ。

否定は否定しか生みださない。

As Palestinians, I think we can say that we left a vision and a society that has survived every attempt to kill it.

パレスチナ人としては、わたしたちは、潰しにかかるあらゆる試みをかいくぐって生き延びてきた一つのヴィジョンと社会を残したと言うことができると思う。

パレスチナ人として私たちが言えることは、潰そうというあらゆる試みを生き延びてきたヴィジョンと社会をあとに残したということだと私は思う。

And that is something.

これはかなりすごいことだ。

これは大したものだ。

It is for the generation of my children and yours, to go on from there, critically, rationally, with hope and forbearance.

それは、わたしやあなたの子供たちの世代のためのものであり、彼らが希望と忍耐を持って批判的かつ理性的に進んでいくための出発点となるはずのものだ。

それは、私とあなたの子どもたちの世代が、批判的に、理性的に、かつ希望と忍耐をもってこれから進みつづけるその出発点となるべきものだ。