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2003年1月 第19回映画研究会はトルコ映画。ユルマズ・ギュネイ監督の「路」。

路 ー YOl

ユルマズ・ギュネイ/1982年/トルコ・スイス合作
場所:キノ・キュッヘ
日時:2003年1月26日(日)15:30〜

解説:佐々木

 今年2003年は、トルコでは、ムスタファ・ケマルがトルコ共和国を宣言した1923年から数えて80年目に当たる。日本でも祝「トルコ年」といったお祭りムードで様々なイベントが開催されるらしい。そこで、今年は思い切ってイスタンブールに行ってみた。商売柄「トルコ料理」研究を名目にした短い旅だったが、いろいろと考えるきっかけにもなった。夜10時過ぎの光の当たらない陰に10歳位の少女が、何かを書いた紙を持ってしゃがみ込んでいたり、市場の前では、わずか2〜30円程度と思われるポケット・ティッシュを売ろうとする少年がずっと付いてくるし、街では赤ん坊を抱いた女性が物乞いをしている。後で聞いたのだがそれらは全てクルド人だという。「ドネルケバブ」や「ドルマ」ばかり食べてる場合じゃないぞと、10数年前に観たトルコ映画「路」を改めて見直したのだった。

 映画は、1980年秋のマルマラ海に浮かぶ小島イムラル島の刑務所からわずか5日間だけ仮出所を許された5人の囚人を追う。この年は軍のクーデターが起ったのだから、時代設定はクーデター直後というわけだ。島から船でムダンヤにわたり、それぞれがバスで東への旅路に出る。たとえばセイットはコンヤに到着しても軍により外出禁止令が出され朝まで街に出られない。また、目的地のガジアンテップ直前の検問で、仮出所許可証が見つからないユスフは軍が確認を取るまで拘置され、5日間という期限に間に合わないことから妻との再開を諦めざるを得ない。故郷のクルド地方、ウルファについたオメールは夜中にクルド・ゲリラと憲兵隊との銃撃戦の様子を耳にする。オメールの兄アブゼルの声が聞こえてくるのだ。映画の終盤では憲兵隊のトラックに無造作に運ばれてくる死体の中に兄の姿を確認し、刑務所には戻らず自らゲリラとなって戦う路を選ぶ。

 こうした政治的状況と重なり合いながら、「仮出所」という視点で、トルコの現在(1980年当時)と歴史、男女の世界観、権力とクルド社会、因習、愛憎が描かれている。婚約者と再会したメヴリュットは四六時中監視されたデートの様子に頭に来て売春宿に駆け込む。なのに婚約者に対しては「他の男と口をきくな、外出するな、俺に従え」といった風に縛りつけようとし、婚約者のメラルもそれにうなずくのだ。 また、妻に対し「お前の兄を死なせたのは私に責任がある」と真実を告白したメメットは、妻(エミネ)の家族に恨まれ、子供を連れて村を出る。列車で逃げる二人が身体を求め合ってトイレに隠れたところ乗客全員から袋だたきにされそうになる。そして、結局は兄の復習の為に追ってきたエミネの弟に二人とも撃ち殺されてしまう。

 セイットの妻ジネは、セイットが入獄中に売春したため実家に戻され8ヶ月間もパンと水だけで鎖に繋がれていた。その上セイットは、家名を汚したジネを自ら殺さなければならないのだ。自分を裏切ったとはいえ愛する妻を殺さなければならないという不条理を背負い、身体の弱ったジネを極寒の雪山越えに連れ出さざるを得ないのだが、体力の弱ったジネは凍死してしまう。

 兄アブゼルを亡くしゲリラになることを決意したオメールには、心を寄せる美しい娘ギュルバハルがいたが、クルドの社会では兄が死に独身の弟がいる場合は、弟は兄嫁と結婚しなければならないのだ。ゲリラとなりクルドの自由の為に戦おうとするオメールもそうした因習を拒否できない。

 「仮出所」により見えたトルコの社会が果たして自由な社会なのか。またそれを観る私達自身がいる社会は自由なのかどうかなどと、いろいろ考えさせられる映画だった。

●おまけ

 1982年のカンヌ映画祭でグランプリに輝いた「路」は、レンタル屋さんのカンヌ映画祭のコーナーにあります。拘置所内でも皆「チャイ」を飲んでいたり、白く濁った酒「ラク」をレストランで飲んだり、長距離バスに乗ると「コロンヤ」が配られたりとトルコの文化もふんだんに散りばめられているので、いろんな発見も出来る充実した映画です。ちなみにトルコでは上映が禁止されていて1999年2月、トルコのクルド運動を率いる最大武装組織PKK(クルディスタン労働者党)の党首アブドッラー・オジャランが逮捕されたのちに内容を一部変えて上映が許されたそうです。オジャランは映画の冒頭のイムラル島に現在も拘留されています。監督のユルマズ・ギュネイもイムラル刑務所に服役していて脚本は獄中で書かれたもので、映画は逃亡したスイスで完成しました。

 トルコのお酒「ラク」は、キノ・キュッヘで飲むことが出来ます。

                       キノ・キュッヘ 佐々木健