準軍組織間で戦闘?他

2003年9月20-23

メデジン近くのサン・ロケ近くで、コロンビア最大の右派準軍組織AUCとブロケ・セントラル・ボリバル(BCB)の重武装した兵士約2000人が10日程前から右派準軍組織メトロ・ブロケを攻撃。メトロ・ブロケはAUCが政府と行なっている「和平交渉」[準軍組織を合法化するためのプロパガンダ演出]を拒否してきた、約1300名からなる準軍組織。この戦闘で、600名の農民(140人の子供と55人の老人を含む)がサン・ロケの難民キャンプに詰め込まれており、毛布や食料・薬品が求められていると現地役人は述べている。政府軍が派遣されたという[軍とAUCは共謀を続けてきました。一方メトロ・ブロケも元々AUCの組織で、軍と強い協力関係にありました](Reuters/個人情報, Sep 22/20)。

米国の傭兵契約企業ディンコープの飛行機が、21日、コカ撲滅の毒薬を空中散布している中、墜落した。ディンコープ筋によると、この機は、撃墜された模様ということだったが、その後、事故ではないかとの見方も。死亡したのはコスタリカ出身の米国人パイロット、マリオ・アルバラド(AP, Sep 21/23)。

9月13日に誘拐された8名のツーリスト(4人はイスラエル人)を救出すべくコロンビア軍がシエラ・ネバダ地域へ捜索を展開している。左派ゲリラFARC(コロンビア革命軍)は関与を否定しているが、FARCによるものと軍は考えているとのこと(別の筋ではELNが関与したのではないかと考えられている)。一方、やはり軍の発表によると、こうした追求を拡散させるためにFARCはコロンビア北部で列車爆破等の攻撃を強化しているという(Haaretz/AP, Sep 23/21)。

人権団体ヒューマンライツ・ウォッチは、現在コロンビア政府と準軍組織AUCとの間で進められている「和平交渉」において、準軍組織の人権侵害を免責することが議論されていることに対して、米国政府はそのようなことがあるならば、コロンビア政府への援助を停止すべきであるとの声明を発表した。コロンビアはイスラエルとエジプトに次ぐ米国の軍事援助第三の受け手であり、現在のアレバロ・ウリベ大統領は、元々メデジンの州知事のとき準軍組織と近しい関係にあった人物。準軍組織は、軍と密接な関係を保ちながら、コロンビアにおける人権侵害や虐殺の75%〜80%を行なっている(IPS/個人情報, Sep 16)。

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内戦・人権団体会議他

2003年9月7-10日

[9月8日・ベネスエラ電子ニュース] コロンビア内戦を逃れ、ノルテ・デ・サンタンデル州の4つの町から約300人の人々が、ベネスエラに避難している。難民たちは現在ベネスエラのヘスス・マリア・セムプルン市にいる。この戦闘では、コロンビア軍と右派準軍組織がハイロ・デュバン・ピネダ将軍の指揮のもと、いわゆる「ホロコースト作戦」という作戦下で、FARCとELNの部隊と戦っているもの。3月には、準軍組織の処刑を逃れるために、リオ・デ・オロ岸に住む500人の人々がベネスエラのスリア地方に避難した。

[9月8日・ジャマイカ・オブザーバ] アレバロ・ウリベ大統領は、ホテル経営者たちに、カリブ海岸のカルタヘナにクルーズ船で到着する観光客には港に付き次第、さらにはカルタヘナ滞在中も兵士と警察のエスコートをつける予定と発表[とても魅力的です。カルタヘナは素敵な町ですが、最近は国内避難民が流入して「汚く」なっており観光客が減っているとのこと]。

9月8日から、コロンビア及び国際的な人権団体・社会活動団体約80が人権関係の会議をコロンビアで開催。この1年で人権侵害は悪化したとウリベ大統領の「強硬」「対テロ」政策を批判。これに対してウリベ大統領は、人権団体は「テロリスト」の機関であり、臆病者であると述べた[AP・ロイター・現地情報]

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コロンビア法廷、毒薬散布中止を命令・他

2003年6月25-28日

コロンビア、クンディナマルカの行政裁判所は、2003年6月26日、使われている化学物質が環境と人々の健康に及ぼす影響を調査する研究がなされるまで、コカ作物に対する毒薬(農薬)散布を中止するよう命じた。毒薬散布プログラムは、コロンビアにおける「麻薬に対する戦争」の屋台骨であり、強行派のウリベ大統領は、今年もっと散布を行うと宣言している。政府筋は上訴するとのこと。訴訟は、弁護士クラウディア・サムペドロによるもので、彼女は「こうした政策は、健康と環境への影響を調査せずに決められたものであり」、コロンビアの「綺麗な環境」への権利が認められたことは嬉しいとしている。散布されているグリフォサートは、米国がベトナム侵略で用いた枯葉剤に近い者である(AP/BBC, June 28)。

コロンビア公務員・国営企業職員は、政府の経済政策に対してストライキと抗議行動で応えている。労働組合員たちが批判しているのは、アレバロ・ウリベ大統領が、コロンビア国営電話通信会社Telecomを再編する決定を行なったことに向けられている。6月13日、政府は、再編の第一段階として、同社を「解散」し首都ボゴタの同社本部を閉鎖すると発表した。Telecomに仕事がないわけではない。コロンビアにある1000の市区のうち80%以上が、Telecomを唯一の電話サービスとしている。「解散」は、同社職員を解雇するための法的な操作である。政府は、再編後のTelecom社は社名も社長も替わらないが、1万人の正規職員のうち5000人の首を切るとしている。現在、3000人の職員は「契約社員」である。Telecom労働者を代表するCUT(労働者連合)は代表ミゲル・アントニオ・カロ・ピネダの名のもとに6月13日政府の動きに反対する声明を発表し、6月19日のストライキを呼びかけた。コロンビアは労働組合員にとって世界で最も危険な国であり、2002年に世界中で殺された213人の労働組合員のうち、184名がコロンビアで殺されている(ANNCOL, June 25)。

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最近のニュースいくつか

2003年6月18-23日

コロンビア軍と右派準軍組織「死の部隊」による一連の共同作戦により、数十人の民間人が殺害された。コロンビア政府は準軍組織とコロンビア軍との関係を絶とうとしていると述べるが、人権団体は、実際には関係は強化されていると述べている。最も最近では、6月15日に、コロンビア軍第三旅団の兵士と準軍組織「ブロケ・カリマ」が同時にバジェ・デ・カウカ州ブエナベンチューラ市のサバレタスに侵入し、フリオ・バジェホ・モントヤ、ルス・マティルデ・レンテラ、ワルベルト・リアスコス、レディ・バレンシア、ホニエル・バレンシア、アンヘル・バレンシアを、FARC(コロンビア革命軍)へのシンパであるとして殺害した。多くの人々が殴打されるなどの暴行を受けた。ワシントンを拠点とする人権団体ヒューマンライツ・ウォッチによると、「ブロケ・カリマ」は数年前にコロンビア軍第三旅団が創設したもので、両者はそれ以来多くの暗殺と失踪に関与している。「死の部隊」を組織した上級士官はハイメ・エルネスト・カナル将軍で、現在は国会議員でありアレバロ・ウリベ・ベレス大統領の強力な支持者でもある。最近、米州機構の汎米人権委員会代表マルタ・アルトラグイレは、軍と準軍組織の関係は継続していると述べた(ANNCOL, June 18, 2003)。

コロンビア内戦により、エクアドルに亡命申請するコロンビア人の数が増えていると国連難民高等弁務官事務所及びエクアドル外務省は発表した。今年5月31日までに、6099人のコロンビア人がエクアドルに亡命申請したが、認められたのは882名だけだったとエクアドル外務省は発表した。2000年1月以来、エクアドルでは2万2928件のコロンビア人亡命申請を受理しており、そのうち4308人が受理されたという(Xinhuanet, June 21)

コロンビア軍は2003年6月21日、バランカベルメハで450人の殺害に関与したという極右準軍組織のサイド・セプルベダを逮捕したと発表した(Reuters, June 21)。

コロンビア当局によると、民族解放軍(ELN)がサン・パブロの警察パトロールを襲撃し、2名の警察官と4名の民間人が殺されたという。また、子供一人を含む負傷された人々は州都パストの病院に運ばれたが軽傷の模様(RTE Online, June 22)。

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捕虜10名が殺される

ANNCOLニュース/La Republica紙(ウルグアイ)
2003年5月14/15日
アレバロ・ウリベ大統領は、FARC(コロンビア革命軍)の捕虜救出作戦を命令。この中で、FARCの捕虜となっていた2名の政治家と8名の軍士官がFARCにより殺された。ウルグアイのラ・レプブリカ紙のニコ・シュバルス記者によると、ウリベが救出作戦を命じたのは、4名の元コロンビア大統領が4月28日、ボゴタ北部のドン・カールトンのホテルで会談し、コロンビア政府とFARCとの間の捕虜交換に関する人道的合意を巡る問題を協議したためであるという。

5月5日、コロンビア軍特殊部隊を乗せた米国から提供されたブラック・ホーク・ヘリの編隊がアンティオキア州ウラロ近くのゲリラ・キャンプを襲撃した。襲撃の目的は、捕虜となっていた政府軍兵士と2名の政治家(アンティオキア州知事グイレルモ・ガビリアと元国防相ヒルベルト・エチェベリ)を救出することだったが、事態は破滅的な状況となった。

数時間後、10名の捕虜の遺体がキャンプに残されていた。FARCのゲリラ兵士たちはジャングルの密林に撤退した。この救出劇で生き残った捕虜は3名だけだった。ロイター通信によると、ガビリア州知事の妻ヨランダ・ピントはウリベ政権を涙ながらに違反したという。彼女は、「政府がこの状況を挑発した」と述べ、自分たち家族が事前に何の相談も受けていなかったと語った。

ウリベ大統領は、これまで繰り返し、ゲリラ側からの捕虜交換提案を拒絶し栄太。FARCの司令官ラウル・レイェスは、この事件を嘆く電子メールを公開し、同時に、この結果はウリベ大統領の過激な政策によるものと述べた。

その数日前に、15機のフドラ航空機がアルト・ボバリの小さな村を襲撃し、現地のカンペシノ指導者ミゲル・クインテロとその家族を襲った。クインテロはウリベ政権を批判することで知られており、この爆撃を生き延びたが、10歳の娘ケリが殺された。クインテロの妻と6歳の子供、5カ月の乳児は重傷を負ったとカンペシノ組織ASOBOBALIは述べている。

4月28日には、ボゴタ北部のドン・カールトンのホテルで、4名の元大統領が人質交換を巡る会談を行っていた。その会談の議長だった平和高等弁務官ルイス・カルロス・レストレポは、ウリベ大統領から会談に参加しないよう命令を受けた。同じ日の同じ時間に、ウリベは別の宣伝イベントを行っていた。

この会談に参加していたのは、アフロンソ・ロペス・ミチェルセン、フリオ・セサル・トゥルバイ・アヤラ、カルロス・レモス・シモンズ、エルネスト・サムペル・ピサノの4名の自由党元大東用たちで、米州機構の書記長で元大統領のセサル・ガビリアはワシントンからこの会談に手紙を送っており、もう一人の元大統領ベリサリオ・ベタンクールも簡潔な挨拶を送っていた。他に、元検事アルフォンソ・ゴメス・メンデスや元行政長官ハイメ・ベルナル・クエラル、FARCの捕虜となっている人々の家族、上院議員何名か(ウィルソン・ボルハ、サムエル・モレノ、カルロス・モレノ・デ・カロ)、カルロス・ロドリゲスなどの労働組合関係者、ジャーナリストなどが出席していた。

この会議の出席者は全員が、人質交換の人道合意に賛成しており、内務相フェルナンド・ロンドニョ・オヨスの、これに反対を宣言する態度と、ウリベ大統領のやはり合意に反対する態度が、この会議で批判されていた。これらに対し、ウリベ大統領は「私はFARCのリズムで踊るつもりはない」と明言していた。

FARC側は4月27日、2月8日にFARCが出した提案を繰り返し、対立する両者が会談を行い、人質を交換する意志を表明していた。

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コカコーラ下請け会社の労働者、訴訟で第一次の勝利

ANNCOLニュース
2003年4月11日
コロンビアのコカ・コーラ社労働者が、会社が雇った「死の部隊」により多数の労働組合活動家が殺されたとして、訴えを起こしていた件で、最初の勝利を収めた。

2003年3月31日、米国地方裁判所判事ジョセ・E・マルティネスは、コロンビアのコカ・コーラ子会社パナムコとベビダス・イ・アリメントスのために活動していた準軍組織が犯した人権侵害に関して、海外損害請求法(Alien Tort Claims Act)のもとで訴えを起こしていたコロンビア人原告団に対し、審理を進める資格を有するとの判断を下した。

法廷は、コロンビア政府が準軍組織と共謀している行為は原告らに対する「国家の行為」を構成するとし、海外損害請求法の要件を満たすものであると判断した。また、同法廷は、拷問被害者保護法のもとでも告訴を進める資格があるとし、被告側が提出した、法人ではなく個人だけが同法に基づき訴えられる対象になるという主張を却下した。

電子ニュースレター週刊米州ニュース速報によると、この判断は、異なる原告が訴えた4つの件に影響するという。4件全てにおいて、全国食品産業組合(SINALTRAINAL)が原告となっており、コカ・コーラ社が雇用した準軍組織による労働組合に対する暴力キャンペーンで負傷した等と主張している。

また、コロンビアのアンティオキア州カレパにあるベビダス・イ・アリメントスの瓶詰め工場で、経営者側が雇った準軍組織に殺害されたイシドロ・ヒルの遺族も原告となっている。また、パナムコのために活動する準軍組織による組合指導者たちの拷問と殺害も、訴えの一つである。

これら原告を代表しているのは、鉄鋼労働組合連合の副組合長ダン・コバリクと、国際労働権利基金の委員長テリー・コリングスワースである。

法廷は、パナムコとベビダス・イ・アリメントスに対する訴訟を進めることを認めたが、コカコーラ社とコカコーラ・コロンビアに対するこの件での訴訟については、認められないとした。コカコーラ社の瓶詰め合意では、コロンビアの瓶詰め子会社における労使関係について、コカコーラ社に権限があるとしていないとの理由である。

原告側はその点については上告する予定であり、コロンビアにおける労働組合弾圧に、コカコーラ社が実際に関与していることを見つけだそうとしている。

「実際のところ、コカコーラ社が一言言うだけで、コロンビアにおけるコカコーラ社の瓶詰め下請け工場の労働組合指導者たちに対するテロ・キャンペーンは止められたと、我々は固く信じている」とコリングスワースは言う。「これについての証拠を集め、裁判で証明したい」。

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この2カ月で米国製飛行機が3機墜落

ANNCOLニュース
2003年4月11日
2003年4月7日、コロンビア南部で米国国務省所有の飛行機が墜落した事故で、米国人傭兵パイロットが一名死亡した。この事故はゲリラの発砲によるものではないかとの疑いが持たれている。過去3カ月に米国の飛行機3機が失われ、この数年で、米兵17人がコロンビア内戦で死亡している。

ボゴタの米国大使館は、4月7日月曜日の航空機事故で米国市民1名が死亡したことを確認した。墜落があったのは、エクアドルとの国境近く、ナリオ州で、ゲリラの拠点地域の一つである。

このパイロットは、米国国務省と契約するディンコープに雇われた元米国空軍のパイロットではないかと思われている。ディンコープは、コロンビア内戦で米国と契約した傭兵部隊の主要な提供元となっている。政府よりのコロンビアTVカラコルによると、このパイロットは、米国から寄付されたブラック・ホーク攻撃用ヘリ数台と一緒の作戦で、T−65スプレー機を操縦していたという。

米国の薬剤散布機は、コカインやヘロインの製造に使われる不法農作物に対する有毒化学物質の散布に使われていることになっているが、100万人近くのカンペシノたちを代表するコロンビアのカンペシノ連合であるCOCCAによると、米国の農薬散布機は、豆やトウモロコシなどの合法的な作物にも毒物を散布し、ゲリラへの支持が強い地方部から人々を追放しているという。

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国連、軍が殺人ネットワーク支援を強化と発表

ANNCOLニュース
2003年3月28日
アレバロ・ウリベ大統領が2002年8月に非常事態宣言を出して以来、米国の支援を受けたコロンビア軍は、人権侵害を悪化させていると、先週、国連は発表した。コロンビア政府は、この国連報告書に対してはコメントをひかえている。この間、アラウカ州では、軍につながる「死の部隊」が調査ジャーナリストの口を封じている。 (マリア・エングヴィスト ANNCOL 2003年3月28日)

国連人権高等弁務官事務所のコロンビア代表ミカエル・フルフリングは、年次報告書の中で、アレバロ・ウリベ大統領の政権は、コロンビア軍と極右準軍組織の殺人ネットワークとの関係を切断するために実質上何もしていないと発表した。

国連は、ニュース・リリースにおいて、「この報告書は、コロンビア軍のメンバーに直接帰することのできる暴力行為に対する訴えが、2001年と比較して2002年には大きく増加している。そうした行為の多くは、政府の新たな治安政策の一環として行われている」と発表した。

ウリベ大統領は2002年8月に政権の座について以降、まもなくして、非常事態宣言を出した。ウリベ大統領は、コロンビアのいくつかの地域で、治安部隊に、人々の移動の統制やIDチェックといった権力を与えた。国連報告は、人権侵害や戦争犯罪に関与した治安部隊の兵士たちを停職処分とするよう求めている。

報告書は、コロンビアのルイス・カミロ・オソリオ検事総長を、軍士官たちの配置換えをしたり政府の治安政策を支持する発言をするなどして、司法の中立を傷つけたと批判している。米国はウリベ政権のこうした政策を賞賛しており、コロンビアに20億ドル相当の軍事援助を提供してきた。

コロンビア政府は国連の報告に対してコメントをしていないが、ウリベ政権は国連の報告書に大きな影響は受けていないようである。報告書が公開されてからまもなく、ベネスエラとの国境に近いアラウカ州の東部で、コロンビア軍につながる「死の部隊」により、ジャーナリストのルイス・エデュアルド・アルフォンソ・パラダが殺害された。

アルフォンソは、地元のラジオ局メリディアノ70のために働いていた。メリディアノのマネージャ兼レポーターであるエフライン・バレラも、2002年の6月28日に、軍の「死の部隊」に殺害されており、同ラジオ局は、それ以来調査ジャーナリズムに基づく報道を停止しており、メリディアノで働いていたアルフォンソとほかの3名のレポーターは、準軍組織から殺害脅迫を受けて、アラウカから避難していた。数カ月後、1名を除くほかのレポーターはアラウカに戻っていた。

アフフォンソは、3月18日、自宅を出たところで、バイクに乗った2名の男に射殺された。アルフォンソは内務省のジャーナリスト保護プログラムによる保護を受けていることになっていたが、護衛はついていなかった。アラウカでは、米国の多国籍企業オクシデンタル石油などが所有する設備を防衛するために、米軍特殊部隊がコロンビア軍に訓練を与えている。

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米国機さらに一機が撃墜される

ANNCOLニュース
2003年3月26日
左派ゲリラFARCが米国の偵察機を撃墜しCIAエージェント3名を拘束してから6週間もたっていない3月25日、米国の偵察機がさらに一機、コロンビア南部で撃墜された。乗組員3名が全員死亡したと、コロンビア軍報道官は発表した。 (マリア・エングヴィスト ANNCOL 3月26日)


米軍は、コロンビアにおける戦争で今一度打撃を受けた。コロンビアのカラコルTVによると、3月25日の午後7時頃(日没後約1時間)、カクエタ州のエル・パウジル近くで、米国の偵察機が1機撃墜されたという。カラコルが伝えたところによると、コロンビア軍報道官が、墜落した飛行機は火を噴き、3名の乗組員全員が生存していないと認めたという。

この墜落は、左派のコロンビア革命軍(FARC)が伝統的に拠点としている地域で起きたもので、FARCのテオフィロ・フォレロ隊が、偵察セスナ208を撃墜した可能性がある。米国国務省は、詳細の発表を行っていない。

しかしながら、コロンビアのメディアによると、この偵察機は、2月13日、米軍ラランディア基地近くのゲリラ統制地域で撃墜されたCIAのセスナ208に登場していた3名の米国諜報エージェントを捜索し救出する大規模な作戦に参加していたと伝えている。

2月13日のセスナ撃墜の際には、CIAエージェント1名とコロンビア軍兵士1名が、撃墜後のゲリラとの銃撃戦で死亡している。3名のCIAエージェントは、その後、ゲリラ側に投降し捕虜となったもので、それ以来、1000人規模のコロンビア軍兵士と米国諜報筋が、コロンビア南部でCIAエージェントの捜索を行っている。

FARCは、拘束されたゲリラの釈放と交換に、CIAエージェントおよび以前に拘束されたコロンビア軍兵士、政治家たちを釈放すると述べている。右派過激派のアレバロ・ウリベ政権は、この提案を拒絶しており、米軍の介入のもとで軍事作戦を教化している。

今回の事故により、ここ数年間の米軍筋(米軍兵士と傭兵を含む)のコロンビアにおける死者は16名となった。現在、コロンビアでは、1000人以上の米軍兵士が戦闘に参加していると考えられている。

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コロンビア閣僚と外交官が銀行の資金を横領

ANNCOLニュース
2003年3月14日
コロンビアで最も有名なコラムニストの一人フェルナンド・ガラビトが、駐米および駐カナダ・コロンビア大使、そして政府の閣僚2名が銀行の資金を横領する計画に関与していたことを暴露したとき、彼はババリア・コングロマリットが所有する日刊紙エル・エスペクタドルをクビになった。 以下にフェルナンド・ガラビトの記事を紹介する。


人生は大きなパーティーのようなもの(フェルナンド・ガラビト)

2001年10月15日、エルナンド・カルバリョ議員が、駐米コロンビア大使ルイス・アルベルト・モレノに有無を言わせぬ手紙を送った。

この手紙は、マイアミ、ボゴタ、クイトで発表されたニュースに言及していた。 そのニュースは、ロナルド・アンドラデ議員がエクアドルで刑事裁判手続きを開始したというものだった。 これは、パシフィック銀行(バンコ・デル・パシフィコ)の1998年から1999年の理事会の役員に対するもので、ニセの財政記録を認可して提出し、実際の銀行の財政状況を当局から隠し、エクアドルのバンキング・コミッショナーが知るべき事実に手を加えたことに対するものである。

カルバリョは、理事会の議長であったモレノはエクアドル当局に回答を提出しなくてはならず、法廷が禁固刑判決を下した経済相ホルヘ・エミリオ・ガヤルドの件と同様、そのうち投獄されるだろうと述べていた。

ガヤルドの犯罪は、銀行の頭取だったときに株主に有利なように7800万ドルの投機的基金を認めたというものである。 カルバリョは、大使の役割を明るみに出している。 「あなたは、私に、異なるときに三度、古い株主は投資額をすべて失ったけれど、投機的基金は逆の結果となったと述べた」と。 外務省が何も対策を講じなかったため、カルバリョはモレノに辞任を求めた。

けれども、これは氷山の一角に過ぎない。調査によって、大使が意図していたのはウェストフィア社を中心に金融帝国を作ることだったことが明らかになった。 その過程で、ルイス・フェルナンド・ラムレスの共謀に頼ったのである。 ルイス・フェルナンド・ラムレスは、アンドレス・パストラナ元コロンビア大統領の時代に国防省であった。 また、アルベルト・モレノ大使は、パストラナ元大統領とその取り巻きを利するための秘密金銭授与のための多くの作戦のブレーンだったジャッキー・ビブリオウィツに頼っていた。

この目的を達成するために、モレノとラミレス、ビブリオウィツは、自分たちで、そして恐らくはより大きなグループの一部として、エクアドルのパシフィック銀行を完全に支配したのである。 1998年一連の犯罪が開始されたとき、ビブリオウィツは銀行の重役に名を連ねており、モレノは頭取だった。

銀行はコロンビアに子会社を有していた。モレノとラミレスは、パストラナ政権の銀行コミッショナー、サラ・オルドニェスを抱き込み、この子会社とアンディノ銀行合併を画策した。 実際のところコロンビア子会社は債務超過で支払い不能状態にあり、最終的には清算人を必要とする状況にあった。 この事実を全く無視して、税務総監ファニー・カーツマンは、不法に、その時期、コロンビア人何百万人もの税金を使って給与を提供した。

これを背景に、モレノとラミレスはキャンペーンを行い、自分たちの会社に払い込みをした人々には大きな利益を提供した。 彼らは1億1000万ドルを集めることに成功し、それを、自分たちの利害に関係する企業に優先的に貸し付けた。 この時期の頭取はフェルナンド・ロンドニョであった。 つまり、彼がこれらすべての策謀を許可したに違いないのである。 この結果、3500万ドルから3600万ドルがコロンビアの人々から横領されたことになる。 人々のお金、私たちのお金、私のお金が横領されたのである。

けれども、いつものように、これに関与した者たちはすべてこの事件から完全に逃げ去ることができた。 頭取のロンドニョは現在、大きな力を持った司法/(不)正義省の大臣である。 モレノは駐米コロンビア大使に指名され、そのポストを利用して自分のビジネスが円滑に行くよう監視している。 オルドニェス氏は閣僚職を褒美に与えられた。その職について彼女は何も知らないにもかかわらず。 また、カーツマン氏もパストラナ政権によりカナダ大使に指名された。彼女の協力への見返りである。

つまり、人生は一つの大きなパーティーのようなものなのである。 しかしながら、毎日毎日優雅なホワイト・カラーの犯罪者たちと仕事をしている政府高官たちが、これらすべてについて何を考えているか知っても悪くはあるまい。

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左派ゲリラ、爆弾は政府秘密部隊によるものと発表

ANNCOLニュース
2003年3月12日
コロンビア最大のゲリラFARCは、ボゴタで37名の死者を出した裕福な地域での爆発事故には関与していないと発表した。 FARCは、テロリズムに反対していると強く宣言すると同時に、この爆弾襲撃は、政府の秘密部隊によるものと非難した。 (リズ・アサートン、コロンビア平和協会、2003年3月12日)


2003年2月7日、ボゴタの裕福な人々の会員制クラブであるエル・ノガルで爆発した爆弾により、37名が亡くなった。 政府筋は、証拠がまったくないままに、すぐさま、これはFARCのテロ行為であると発表した。

アルバロ・ウリベ・ベレス大統領は、この事件を利用して、コロンビアそして周辺諸国、さらには世界中で反テロリズム感情を引き起こそうと試み、それによって、FARCに対する戦争への支援を得ようとした。 事件が起きてから数時間のうちに、ウリベ大統領は、アンデス地域の政府にFARCをテロ組織と名指すよう求めた。

これに対し、FARCは3月9日に声明を発表し、エル・ノガル爆撃はFARCによるものではないと宣言した。 この声明は真面目に検討されるべきものである。 数年前の爆弾事件のときにも、FARCがただちに非難されたが、そのときもFARCは関与を否定した。 そして、実際、その後、その事件は、FARCの信頼を失わせ、当時進められていた和平交渉にダメージを与えるために計画された政府治安部隊メンバーによるものだったことが明らかになっているのである。

コロンビアにおける対テロ戦争は、捏造とプロパガンダ、そして準軍組織を利用した戦略からなるニセモノである。 対テロ戦争と称されるものは、内戦に対する政治的解決、コロンビアの主権、社会正義を伴う平和につながる可能性がある、真の問題に対する有意義な対話をさけるために発明されたものである。 これらは、すべて、米国のコロンビアに対する野心にとって邪魔なのである。

エル・ノガル爆破から浮かび上がる疑問は、コロンビアの国家テロと人々の意見に対する弾圧と同様、暗澹たるものである。 これに似た出来事についてこれまで何千回も目にしてきたことを思い起こすならば衝撃を受けシニカルにならずにはいられない。

誰が実行したのだろうか。誰が常に実行犯なのだろうか。 治安部隊、準軍組織、政府、国家、CIAが頭に浮かぶ。

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先住民コミュニティ、米国企業撤退を要求

ANNCOLニュース
2003年3月10日
ブッシュ政権は、コロンビアに対して9800万ドル相当の軍事援助を与え、左派ゲリラの攻撃からロサンゼルスに本社のあるオクシデンタル石油の石油パイプラインを防衛するために、グリーン・ベレーをコロンビアに送り込んだ。 こうした状況下、先住民ウワの人々が、オクシデンタル石油(OXY)とコロンビアの提携企業に対して、ウワの土地から出ていくよう求めている。


われわれが先祖から受け継いできたケラ・チカラで石油が見つかったことをめぐる、コロンビアおよび国際社会に対するウワのメッセージ

2003年3月3日、17のウワ先住民コミュニティ、指導者、人々の最高決定機関であるウワ伝統統治評議会は、サモル地区のヒブラルタルIで石油が発見されたことについての手紙をエコペトロル社長イサック・ヤノヴィッチから受け取った。 ウワ・コミュニティは、最高決定機関のもとに、自分たちの立場を知らしめたい。

ウワは権利侵害を被ってきた。そして、1995年1月11日、OXYがわれわれに、炭化水素をわれわれの領土で開発し採掘する意図を知らせて以来、コロンビア政府と多国籍企業に騙され欺かれてきた。 ウワは、われわれの伝統的な指導体制と、決定機関、教授、組織者、指導者、長老、女性たちの見解に従って、コロンビアでも世界にもよく知られている理由により、われわれの土地で石油開発を許可しないという立場を採用した。

本2003年3月4日、われわれは、エコペトロル、コロンビア政府、オクシデンタル石油そして世界に、われわれは決してこの立場を変えないことを改めて表明する。 ウワは、われわれの母なる大地、自然、環境、文化、歴史、崇高な法をめぐる交渉を行ったりそれらを売り飛ばすことは決してしない。 ウワにとって、これらすべては売却できるものではない。 それはわれわれの生存権を表すものであり、それは、経済的、社会的、政治的な権利などのいかなる権利にも優先する。

2003年3月4日の出来事は、エコペトロル、コロンビア政府そしてOXYが、破壊、そして、われわれの民族としての先祖伝来の伝統の一部である歴史と文化を次第に強制的に消し去っていくことに関して、直接の責任を負っていることを明らかにした。 われわれが求めているのは、自然と調和して生きるための健全なわれわれの領土、平和、平静であり、神シラがわれわれに与えてくれた法に従うことである。

コロンビア政府がエコペトロルと一緒にこの計画を進めるならば、それが生みだす自然破壊と環境破壊について、コロンビアそして世界中の人々に対処しなくてはならなくなるだろう。 さらに、暴力、そして社会文化的不公平の増大に責任を負うことになるだろう。

原則をもったコミュニティに値段を付けることはできない。

プエブロ・ウワ
ルイス・テグリア・テグリア
クバル、コロンビア
2003年3月4日

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軍、先住民2名を誘拐殺害

ANNCOLニュース
2003年3月7日
2名の先住民エムベラの火吹き竹ハンターが村に戻ってこなかった。 これら2名は軍に殺害されたのちに、戦闘で殺されたゲリラであるかのように見せかけられていた。 別の事件では、コロンビア空軍が村を爆撃して9歳の少女を殺害した。 空軍の司令官は「軍事的過ちではない。彼女はゲリラ兵士の親類だったのだ」と述べている。 (マリア・エングヴィスト、2003年3月6日)


2月24日、コロンビア軍の「アルフォンソ・マノサルバ・フロレス」第12歩兵部隊が、チョコ州の戦闘で2名の先住民「反対派」が殺害されたと報告した。 チョコ先住民行政委員会は、実際には、この2名は、タド行政区のサン・フアン渓谷上流にあるペナス・デル・オリビド保護区ラ・メセタの先住民コミュニティの一般市民であると発表した。

エヴェリオ・サナピ・シンチュアとフェルナンド・アンティビアが狩りに出かけたのは2月23日の朝6時のことである。 2名が夜になっても戻ってこなかったため、コミュニティは捜索隊を結成した。 翌朝、グアラトの軍パトロールが捜索隊の一つに、2名は前日に逮捕されたと述べた。 また、捜索隊は司令官に尋ねるようにとも言われた。 司令官は2名はすでに殺されていると述べた。 エヴェリオ・サナピとフェルナンド・アンティビアは、ともに2人の子供を持っている。

チョコ先住民指導者委員会によると、「アルト・サン・フアンの先住民コミュニティに対して治安部隊が行った攻撃はこれだけではない」という。 「今でもまざまざと思い出すのは、ナルシソ・バレンシア・カラムパイマの暗殺である。 彼は軍によりムチド・コミュニティの会合から連れ出された。 軍は、彼を暗殺した上で、彼は軍との戦闘の中で殺されたという噂を広めた」。

さらに先住民指導者たちは次のように言う。 「私たちは、第一に責任者を処罰するよう、そして第二に、生命の権利と、われわれの十全な自治のもとでわれわれの領土で暮らす権利という、神聖な権利に対する侵害を防止するような手だてをとるよう、中央政府に対して求めるのに疲れてきている」。

別の事件では、コロンビア空軍機がノルテ・デ・サンタンデル州のエル・カルメン行政区にあるクレブリタス村の数件の家に向けて何発も発砲した。銃弾の一発が9歳のアンドレア・キンテロの首に当たり、彼女はほとんど即死した。また、彼女の6歳の弟ミゲル・キンテロも足に銃弾を受けて負傷した。 18歳の隣人ハネイリ・カラスカル・ガルビスも足に怪我をした。

ウマニダド・ビヘンテによると、空軍司令官はメディアに対し、アンドレア・キンテロは左派民族解放軍(ELN)ゲリラ兵士「モノ・キンテロ」の「親類」であり、彼女の死は「軍事的過ちではなく、事故だった」と述べた。というのも、彼女は「たまたま」機銃掃射が標的とした家にいたからであるという。 この家には彼女と父親のミゲル・キンテロ、弟と祖母が住んでいた。

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警察と「死の部隊」、労働組合攻撃を継続

ANNCOLニュース
2003年3月5日
コロンビアの代表的な労働組合連合CUT(コロンビア中央労働組合連合)は、労働組合に対する攻撃の恐ろしい数値を発表した。 2003年に入って最初の2カ月で9名の労働組合活動家が暗殺され、多くの組合組織者が不法に拘留された。 CUTは、ウリベ大統領に責任があるとしている。 (CUT)


2003年に入ってから2月26日までに、9名の労働組合員が暗殺された。 コロンビア大統領アレバロ・ウリベはこれに責任を負っている。

コロンビア中央労働組合連合(CUT)の人権部は、改めて、世界に向け、労働組合、特にCUTに加盟する組合に加えられている攻撃を批判する。 私たちは、このメッセージを受け取った人に、これを広めるようお願いするとともに、こうした攻撃行為をめぐる政府の責任についてコロンビア政府に抗議するメッセージを送るようお願いする。

暗殺

2003年2月20日、アルバンからビトゥイマに向かう路上で、ビトゥイマ市の労働組合役員でありFECODE−CUTの組合員であるフアン・アントニオ・ボオルケス・メディナが暗殺された。 彼は、クンディナマルカのアルバンで働いていた。 3日後、彼の遺体が発見された。アルバン行政区の管轄内で、殺害されたのである。

2003年2月21日午後7時30分頃、EMCALI電話会社(EICE)の職員でSINTRAEMCALIの活動家であるフレディ・ペレイラ・モントヤが、特殊ガラスを備えた白のバンに乗った一団に拉致されそうになった。 一団は彼を車に押し込もうとした。 彼が抵抗したため、車に押し込んで連れ去るのは無理だと考えた一団は、彼に6発の銃弾を撃ち込み逃走した。

家宅捜索と拘束

2003年2月19日水曜日の夜、ラファエル・パレンシア・フェルナンデスの自宅が押し入り捜索された。 彼は労働組合SINTRAMINTRABAJOのメンバーであり、この組合は、多国籍企業コカ・コーラ社に対して、運輸労働者のために訴訟を起こしていた。

現在、ラファエルは、カルタヘナのSIJIN牢獄に投獄されている。 都市ゲリラ民兵に所属しているとの疑いがかけられ、また、2003年2月10日と21日に行われたウリベ大統領とビジネス界との会合にあたり都市でテロ攻撃を計画したとの疑いがかけられている。 けれども、彼は、国が仕掛けた罠の犠牲者であると主張している。

同じ2003年2月19日の夜、FECODEの組合員で教員であるサムエル・レイェスの家が押し入り捜査 を受けた。彼もまた、同じ捏造の被害者である。

2003年2月22日、マンシナレス市で、秘密警察のメンバーが、疑わしい環境で、ロビンソン・ベルトラン・エレラを拘束した。 彼は大西洋岸のオトロラ・コレルカの独立扶助共同組合の労働組合SINTRAELECO CORELCAの組合長である。 秘密警察は、カルタヘナの検事局から彼を逮捕する命令を受けてそれを速やかに実行しただけだと述べている。

脅迫

2月17日午前11時30分頃、コロンビア・グラフィック・レポーター組合に、組合長のグラジャ・バラハスと彼女の家族に対する脅迫状が届けられた。

2月20日木曜日午後1時10分に、労働組合委員長であり市民グループの中心人物であるエルベル・アルベルト・グランハ(SINTRAMUNICIPIO YUMBOの元委員長、現在はバイェ・デル・カウカのビヘス行政区コミュナル・アクション委員会の委員長)が自宅外の歩道を歩いていたとき、火器を持った人物が彼に発砲をはじめた。

そのとき、一人の青年が道を歩いてきて事件を目撃した。

2月22日午前6時頃、SINALTRAINALの組合員ウィルソン・カスト・パディージャは、新聞から切り抜いた文字で書かれた脅迫状を受け取った。 手紙を発見したのは彼の妻であり、現在彼は、自分と家族の命を犠牲にするか、組合の仕事をあきらめるかの選択を迫られている。

こうした野蛮な行為は、コロンビアの現状を映し出している。 コロンビアでは人権は尊重されていない。 そして、こうした人権侵害の主な責任は、国家とアレバロ・ウリベ・ベレス大統領の政府とにある。 過去16年間にCUTの組合員に対して加えられた3800件の暗殺のうち、ただ一つとして実行者は処罰されていないのである。

私たち労働運動が置かれているこのひどい状況のため、私たちは、国際的・国内的な連帯を求めている。 人権団体や労働組合をはじめとする諸団体は、こうした人権侵害を批判し、コロンビア政府に対して、労働組合活動を保証するよう求めてほしい。

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コロンビア軍ヘリ墜落

ANNCOLニュース/ロイター
2003年3月2日
2月25日、首都ボゴタの北約290マイルにあるパイリトスの町近くで、コロンビア軍ヘリ合計3台が飛行中に一台が墜落し、乗っていた23人(6名の乗組員と17名の兵士)が死亡した。 当初、軍当局は悪天候のためと発表したが、目撃者によると、ゲリラが撃ち落としたという。


コロンビア軍は米国製ブラック・ホーク・ヘリを、また一台失った。 2月25日、左派ゲリラに撃墜されたものと思われる。 これにより、乗っていた23名が死亡した。

コロンビア軍当局は、当初、コロンビア北部山岳地帯で対ゲリラ作戦を遂行中、悪天候のためにヘリが事故を起こしたと発表したが、現地のカンペシノ、ダニエル・リナレスが日刊紙エル・ティエンポに語ったところによると、ヘリは、撃たれたのちに墜落したという。 恐らくは、左派ゲリラのコロンビア革命軍(FARC)か民族解放軍(ELN)によるものという。 両ゲリラともに、この地域で強い勢力を持っている。

最近、コロンビア軍は米国政府から63機の攻撃用ヘリを提供された。 その多くはブラック・ホーク・ヘリで、対ゲリラ作戦に適したものという。 2000年10月にも、アンティオキア州ダベイバの戦闘で、FARCにより、コロンビア軍のブラック・ホークが撃墜されている。

最近のFARC発表によると、南部プツマヨ州および東部のアラウカ州・カサナレ州で、コロンビア軍は打撃を受けたという。 数週間前には、コロンビア軍第18旅団と密接な関係を持つ準軍組織の兵士43名がアラウカ州とカサナレ州での一連の戦闘で死亡し、さらにその数日前には、プツマヨ州のFARCによる奇襲で、46名の準軍組織兵士と5名のFARC兵士が死亡したという。

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ゲリラは「捕虜交換」でCIAエージェント釈放準備があると発表

ANNCOLニュース
2003年2月26日
コロンビア最大の左派ゲリラFARCは、拘束したCIAエージェントを、コロンビア政府との戦争捕虜交換の一環として釈放すると提案。 ゲリラはまた、米軍戦闘部隊のコロンビア増派を、「あからさまな侵略」と見なすとも述べた。


FARCの書記局として知られる7名の最高司令官は、拘束した3名のCIAエージェントを、交渉パッケージの一環として釈放する用意があると述べた。 ゲリラ側が交渉パッケージに加えた中には、FARCが拘束している著名なコロンビア政治家や軍士官も含まれている。

FARCは和平の姿勢を示すために、以前、300人近いコロンビア軍兵士捕虜を釈放したが、コロンビアの過激は大統領アレバロ・ウリベはゲリラとの間でのあらゆる戦争捕虜交換を拒絶している。 まら、ウリベ大統領は、40年間続いてきたコロンビア内戦を終結されるための和平交渉開始にも反対している。

FARCが24日に発表した声明によると、2月13日に米国偵察機が撃墜された際に拘束された3名のCIAエージェントは「戦争捕虜」であると宣言しており、コロンビア政府との捕虜交換プログラムの一環としてならば、3名を釈放すると述べている。

先週、ホワイトハウスは、ブッシュ米大統領が150名の米軍特殊部隊のコロンビアへの追加派遣を命じたことを認めた。 拘束されたCIAエージェントを探すためという。 FARCは、この動きを、「あからさまな侵略」が行われつつある状態と述べた。 すでに数百名の米軍特殊部隊と他の国の傭兵部隊が、ウリベ政府の軍によるゲリラへの戦いを支援している。

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ゲリラは3名のCIAエージェントを拘束したと発表

ANNCOLニュース
2003年2月24日
コロンビアの左派ゲリラはCIAの偵察機を撃墜し3名のCIA諜報エージェントを拘束したと発表した。 ゲリラは米軍とコロンビア軍に対し、囚人の安全を保証するために軍事作戦を控えるよう求めている。 (マリア・エングヴィスト、2003年2月24日)


コロンビア革命軍(FARC)は、2月13日にコロンビア南部のカケタ州フロレンシア行政区でスパイ目的のセスナ機が撃墜された際に、3名のCIAエージェントを拘束したと発表した。

ゲリラはFARC−EP(コロンビア革命軍人民部隊)の中央司令部が署名した21日付けの声明で、米国エージェントを拘束していることを認めた。 コロンビア内戦において、コロンビアの過激派大統領アレバロ・ウリベを支援している米国にとって大きないたでの一つと見なされている。

飛行機は、撃墜されたときに、対ゲリラスパイ作戦を行っていたと見られており、撃墜の際、5名の乗員のうち2名が死亡した。 死亡したのはコロンビア軍のルイス・アルシデス・クルス軍曹と元米軍士官ジェニス・トーマスである。 ジェニス・トーマスはCIAの契約職員だった。

コロンビア当局は、この2名が処刑されたと主張しているが、事件を目撃した地元のカンペシノがコロンビアの日刊紙エル・エスペクタドルに語ったところによると、2名は、飛行機が墜落してから起きたゲリラとの戦闘で死亡したという。

米国の新聞マイアミ・ヘラルド紙によると、米国政府関係者は、同機に乗っていた米国人乗員は、実際に、諜報収集のための電子機材を持っていたという。

CIAエージェントが拘束されたのち、現場周辺では、米=コロンビア混合軍とFARCとのあいだで繰り返し衝突が起きている。 FARCが発表した声明によると、FARCは、米軍とコロンビア軍に対して、捕虜の安全を保証したければこの地域での軍事作戦を控えるよう求めている。

声明は、「サンタナ・デ・ラス・エルモサス、サン・アントニオ・デ・アテナス、サン・パチョ、サン・ギレルモ、アニョ・ヌエボ、ラ・エスペランサ、エル・パラ、ノルカシア地域でコロンビア軍が直ちに軍事作戦を停止し上空の飛行を停止しなければ、われわれの手の内にある3名のグリンゴの命の保証はできない」と述べている。

米国政府は、これに対し、拘束されたスパイ機の乗員を「探し出して救い出す」作戦の「情報と装備の支援」をするために、150名の米国特殊部隊員を送る決定をした。

CIA機が撃墜されたと同じ日に、米国議会は、2003年度にアンデス地帯に7億7300万ドルを提供する新たな連邦予算を可決した。 昨年比で1億ドルの増額である。 この援助の大部分は軍事援助にあてられる。 そのうち8800万ドルは、米国企業オクシデンタル石油がコロンビア東部で操業するカニョ・リモン石油パイプラインを防衛するためにあてられる。

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軍、先住民の村を銃撃

ANNCOLニュース
2003年2月19日
1月半ば、先住民ウィワがコロンビア軍の銃撃とヘリコプターからの襲撃による攻撃を受けた。 コロンビア軍のこの行動は、コロンビア北部サンタ・マルタのゲリラの牙城であるシエラ・ネバダ地域を再奪取するための作戦の一環である。 (マリア・エングヴィスト、2003年2月19日)


ウィワの先住民コミュニティは、コロンビアの人権オンブツマンに送ったオープン・レターの中で、2003年1月18日から3日間にわたり、「バジェデュパル基地に駐屯するコロンビア軍ラ・ポパ部隊所属の兵士達による無差別攻撃で、陸および空から、財産や家、学校、診療所、カンクラス(祭事場)、農作物、家畜が破壊されるという、テロ攻撃の犠牲になった」と述べている。

少なくとも70家族が家から避難を余儀なくされているという。 そのうち83人は子供であり、10人は老人である。 これらの家族はひどい状況下に置かれており、食料不足に直面している。 また、着る服もなく、全員が、テロと死の恐怖に怯えている。

先住民コミュニティの指導者アンヘル・メルキアデス・ロペレナは、兵士たちは「サンタ・マリアのシエラ・ネバダをいかなる犠牲を払っても奪回すべしという命令を実行していた。 私たちは、襲撃者が軍であることについては確かだと思っている。 というのも、軍以外、私たちの襲撃に使われたヘリコプターや重火器は持っていないからだ」と述べている。

手紙によると、爆撃前のコミュニティのパニックだけでなく、軍による侮辱と心理的侵害を被っているという。 この軍事作戦により、多くの家族が、シエラのより高地に移動を余儀なくされた。

ロペレナによると、ポトレリト・コミュニティの45家族(83人の子供、10人の老人、22人の男性と20人の女性)、メルセデスの先住民コミュニティの10家族、リンダの7家族、ライセリオスの5家族の、合計67家族が避難を余儀なくされた。

「これらの先住民は、シエラの高地(家から徒歩で4,5時間)のところに避難したが、現在食べるものもなく、多くの人々には着る服もなく、病気にかかっている。 子供たちと老人たちの状況が最も憂慮される」とロペレナは述べる。

先住民の権利を擁護する団体アクチュアリダド・エトニカは、ラ・ポパ部隊と連絡を取ろうとしているが、連絡が取れないでいる。 というのも、部隊との連絡は、短波でしかできない状況だからである。

先住民コミュニティは、アクテュアリダド・エトニカに対して、事実調査のための人道委員会派遣を求めておりまた緊急行動を求めていると語った。 さらに、コミュニティは、コロンビア政府と軍に、作戦行動のときには必要な予防策を取るよう、また、先住民コミュニティの権利を尊重するよう呼びかけている。

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米国偵察機墜落

ANNCOLニュース
2003年2月14日
4人の米国人と1人のコロンビア人を乗せた米国偵察機が13日コロンビア南部で墜落した。 2名の遺体が現場で発見されたとコロンビア当局は発表した。 死を免れた3名のスパイは左派ゲリラに捕らえられた可能性がある。 (マリア・エングヴィスト、2003年2月14日)


米軍機は2月13日の朝9時頃にトレス・エスクイナスの米軍基地との無線通信が通じなくなったのち、FARCの牙城とされる地域で墜落した。

米国筋は墜落事故のあと、救援隊を現地に送ったが、コロンビア軍の未確認情報によると、ゲリラ側の「彼らを捕まえた」という無線通信を傍受したとのことで、ゲリラが生存者を捕まえているという。

生存者が捕獲されたとすると、コロンビア左派ゲリラにとって米国兵士を生きたまま捕まえたのは初めてのことである。

1999年7月にもナリニョ州の山岳部で同じような米軍偵察機が、FARCゲリラに対する情報収集活動をしていたときに墜落している。 このときには5名の米国兵士と2名のコロンビア人が死亡している。

1997年以来、12名の米国市民 −兵士と傭兵、スパイ・エージェント− が、ワシントンとボゴタの政府側に立ってコロンビア内戦の戦闘に参加し、死亡している。

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英国人連帯活動家への殺害脅迫

ANNCOLニュース
2003年2月7日
コロンビア軍の保護下にある殺人者ネットワークが活動を国際的に展開し始めた。 英国の連帯活動家が、コロンビア労働組合との連帯活動のために、殺害脅迫を受け取ったのである。 一方、コロンビアでは、平和の仲介を行っていたカルロス・ロサノがコロンビア軍の標的とされている。 (マリア・エングヴィスト、2003年2月7日)


英国を拠点とするコロンビア連帯キャンペーンによると、同グループの世話人であるアンディ・ヒギンボトムは2003年1月31日金曜日の午前4時に、ボゴタへ向かうため自宅を出た。 カリの労働組合SINTRAEMCALIがコロンビア政府と対立している中、SINTRAEMCALIの招きでコロンビアのカリに招待されたのである。

同日午前4時半頃に、アンディ・ヒギンボトムの妻は電話を受けた。 「アンディの家ですか」と尋ねた相手に、彼女が「そうです」と応えると、相手(男)は、「アンディはまもなく死ぬだろう」と述べた。 それから5分後にまた電話がなり、同じ声が、「われわれはアンディを捕まえる」と言った。

その2日前、アンディ・ヒギンボトムとコロンビア連帯キャンペーンは、ロンドンのナイツブリッジにあるコロンビア大使館前でピケを張っていた。 このとき、アンディ・ヒギンボトムは大使館のアシスタントと話をし、彼女に、コロンビア連帯キャンペーンから二人がカリに行く予定となっていると話していた。 翌日、アンディはこのアシスタントに、電子メールで、旅行の詳細とパスポート番号を伝えた。

SINTRAEMCALIは、カリ市職員と公共企業職員の労働組合であり、数年にわたって、コロンビア政府による私営化の動きに反対してきた。 その間、組合員のうち8名が暗殺され、多数がカリ市およびコロンビアからの避難を余儀なくされ、さらに多くが郵便や電話で殺害の脅迫を受け取っている。

これとは別に、コロンビア反対派の新聞「ボス」(声)の編集者であり以前アンドレス・パストラナ大統領とコロンビア革命軍(FARC)の和平交渉の仲介を行ったカルロス・ロサノ・グイレンは、コロンビア軍から酷い脅迫を受けた。

1月29日水曜日と30日木曜日の二日にわたり、カルロス・ロサノが装甲車に乗って護衛とともに自宅に戻ったときに、4台の車にのった何人もの人々に脅迫を受けた。 これらの人々は、自分たちは国家検察庁の調査官であり、調査を行っていると称した。

1月29日には、1日中、カルロス・ロサノの家の周囲をこの4台の車が巡回していた。 ロサノが自宅に着いたときに、これら4台は極めて危険で脅迫的に家の回りを回り始めた。家の回りを回り始めた。 ロサノの護衛が冷静な対応を取らなかったならば、撃ち合いが始まっていたかも知れない。

翌1月30日木曜日にも同じことが繰り返された。 夕方6時頃にロサノが帰宅したとき、同じ車が、カルロス・ロサノの車を取り囲んだのである。 このうち一台には、国家警察の制服を着た警官が乗っていた。

ロサノの護衛が行動を起こそうとしたとき、青いトヨタのバンに乗っていた一人が「落ち着け。われわれは検察庁から来たのであり、このあたりを巡回しているだけだ」と述べた。 けれども、ロサノの帰宅に合わせて脅迫行動が行われたのは明らかである。

「私の護衛と私が冷静な対応を示したために、予測のつかない事態には至らなかった。 挑発者たちの狙いはそこにあったのだと思うが」とロサノは言う。

ハヘル・クイロガ率いるレイニカル基金はこれらの事件について当局による調査を要求し、挑発者たちが検察庁の者だと述べたことにつき検察庁の説明を求めている。

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殺人を学ぶ生徒たち

ANNCOLニュース
2003年1月30日
コロンビアは米国の軍事訓練学校スクール・オブ・ジ・アメリカズ(SOA)に1万人以上の生徒を送り込んできた。 受講生数ではトップである。 SOAを監視する団体「スクール・オブ・ジ・アメリカズ・ウォッチ」(SOAW)によると、「米国本土にある最大のテロリスト訓練キャンプ」であるSOAでは、コロンビア軍高官の中から将来の殺人者達を多数生徒として受け入れている。 (ヘンドリック・ボス、2003年1月30日)


コロンビア軍による人権侵害は公式には減少しているが、ヒューマンライツ・ウォチも米国国務省も、コロンビア軍と準軍組織の共謀と同盟を指摘している。 軍の支援を受けた準軍組織が、軍の代理として「死の部隊」の活動を行っている。

人権報告で言及されたSOA卒業生を何名か以下に紹介する。

ヘルナンデス・ロハス少佐およびディエゴ・フィノ・ロドリゲス大尉は、米国国務省人権報告(SDHRR)で、1999年3月14日に、アンティオキア州平和コミッショナーであり元青年省副大臣だったアレックス・ロペラを殺害したと記載されている。 この2名はSOAの卒業生で、対ゲリラ第四部隊のほかのメンバーとともに、アレックス・ロペラとほかの2名が誘拐された人物の身代金を払おうとしたところを、3名とも殺害した。 道路封鎖を行い、ロペラほか3名をを拘束して殺害した上で、身代金を奪い、犠牲者とその車を深い谷に突き落とした。

ヒューマンライツ・ウォッチの報告書(HRWR)が言及している宣誓のもとでの証言によると、ヘルナンデス・ロハスは、部下の兵士たちに、事件の調査でどのように証言すべきかを指示し、ロハスに言及した者は殺すと脅迫したという。 1999年末に、実行者6名は全員有罪となったが、ロハスは逃亡し現在も逮捕されていない。 コロンビアの報道によれば、ロハスは現在準軍組織ACCUで活動しているという。

ヘルナンデス・ロハスはSOA心理作戦コースを1991年に受講、また、戦闘兵器幹部候補生コースを1985年に受講している。 フィノ・フェルナンデスはC−34幹部候補生コースを1989年に受講している。

ヘスス・マリア・クラビホ少佐およびアルバロ・コルテス・モリーヨ少佐は、HRWRの中で、1999年、携帯電話とビーパー装置を使って準軍組織と連絡を取り、また、軍基地で定期的な会合を開いていたコロンビア軍第四旅団のメンバーとして言及されている。

元第四旅団の兵士が宣誓のもとで証言したところによると、クラビホは、チョクのエル・カルメン・デ・アトラト近くで1999年2月に起きた準軍組織による殺害事件に関与しており、また、準軍組織が賞金稼ぎで持ってきた遺体を「正式に認めた」。 この証人は調査当局に対し、「クラビホが訪れるところでは、失踪と殺害が発生し、彼がいる場所では常に人権侵害が犯されているという報告が多数あった」と述べている。

クラビホは最近大佐に昇任し、部隊司令官となったが、その部隊は最近準軍組織の活動との関係が増えているだけでなく、市民に対する直接的な攻撃も行っている。 2000年1月、シミタラ川農民協会は、クラビホの部下たちが「麻薬作戦」と称してシミタラ川沿いに住む一般市民を襲撃していると発表した。

クラビホは1981年に幹部候補生向け武器プログラム(C−3)を受講しており、コルテス・モリーヨも同じコースを1984年に受講している。

HRWRによると、第三旅団司令官のハイメ・エルネスト・カナル・アルバン准将は、1999年にコロンビア南部で「準軍組織」を設立し、武器と情報を与えた。

カナル・アルバンは1980年にSOAの幹部候補生コースC−3を受講している

HRWRによると、元第四旅団司令官のカルロス・オスピナ・オバジェ将軍は、人権侵害を行っている準軍組織と第四旅団との関係維持に深く関与していた「包括的な証拠」がある。 1998年と1999年の非合法活動に関する証拠はその一部である。 オスピナ・オバジェ司令官のもとで、第四旅団は、準軍組織とともに、1997年のエル・アロ虐殺を行ったとされている。

オスピナ・オバジェはSOA幹部候補生コースを1967年に受講している

第13旅団の諜報部長であるホルヘ・プラサス・アセベド大佐は、諜報部隊長だったときに、一連の誘拐と殺害を計画し実行したギャングを率いていたとして起訴されている。 残虐行為には、1998年にイスラエルのビジネスマンであるベンジャミン・クーラリを誘拐して殺害した行為も含まれている。 プラサス・アセベドは1999年7月に軍を退職させられ、現在彼の犯罪は文民法廷で扱われている(HRWRおよびSDHRR)。

プラサス・アセベドは、SOAの小規模歩兵戦略コースを1977年に受講した。

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アブラヤシ労働者の殺害

ANNCOLニュース
2003年1月23日
農業労働者がコロンビア全土で暗殺や拉致の標的とされている。 農業労働者組合の書記長ニコラス・ヘルナンデスも、軍と関係している準軍組織の襲撃を受けた。 (ANNCOL/FENSUAGRO、2003年1月23日)


全国農業労働組合連合(FENSUAGRO)は、国際社会とコロンビア社会の前で、以下の事件を批判する。

1. アベラルド・バルボサ・パエス暗殺。バルボサは、2003年1月21日午前5時45分、自宅から仕事場(サンタンデルのプレルト・ウィルチェスヤシ油製造会社)へバイクで向かっているときに暗殺された。 武装グループが彼に何度か発砲して射殺したのである。 この地域では数年にわたり準軍組織が政府の黙認のもとで活動している。

2. ウイラにある公選弁護人事務局のオスタニオ・モンテロによると、ウイラ州のサン・ホセ・デ・イスノス行政区で、2002年11月と12月に16人のカンペシノや小規模商人が準軍組織により殺害された。

3. コロサル旅団対ゲリラ第一グループは、2003年1月18日、スクレ州モロア市ドン・ガブリエル地区で「スクレ州小中規模農業労働者組合」(SINDAGRICULTORES)の指導者と書記長の娘ヌビア・エステル・ゴンサレスを拘留し、また、2002年9月16日に農業労働者を動員したという理由でエテルベルト・ゴンサレスを自宅拘禁している。 不当な刑事訴訟の対象となっている。

スクレ州ではまた、コロンビア共産党書記ホルヘ・ゴメスが拘留されている。

4. 2003年1月18日、ポリカルポ・カマチョとパートナーであるグロリア・オルグインの自宅が家宅侵入を受け、両者は拘束された。 両者はカラカ市の農業労働組合の理事であり、FARC診療所のオーナーであるとメディアに言われていた。 これはでっち上げにすぎない。

5. 「社会復帰・統合地帯」に指定されており、コロンビアでももっとも軍事化が激しいアラウカ州(60名の北米人が対ゲリラ戦のために駐留している地域)では、次のような事件が起こった。

1月20日午後7時30分、緊急展開部隊FUDRAの第14小隊がタメ市のヌエボ・ホルダン(プエルト・ヌエボ)の村に周辺地域で進めている作戦の一環として到着した。午後8時頃、2人のカンペシノ、カルロス・フリオ・バルボサ・ウリベとニコラスは村へ向かっていた。2名が村についたとき、軍が彼らに向かって発砲し、カルロス・フリオは死亡しニコラスは重傷を負った。 メディアがこの2名を戦闘で殺されたゲリラ兵士であると述べたことで、事態を知っている地域の人々の不安はさらに広まっている。

この作戦は身分証明書をもっていない兵士たちによって行われており、さらに、一部の兵士は、軍に属してさえいない。ラス・フィリピナス村では、文民当局も不在のまま、説明なしに家宅捜索を行っている。

6. 2002年12月6日、トリマ州チャパラルで、FENSUAGROの総書記ニコラス・エルナンデス・カブレラは、集会後自宅に向かっているときに、護衛のハイメ・ロドリゲスとともに、軍服と軍用帽を身につけた男たちによって、カイセド部隊の巡回地域の真ん前で襲撃された。

FENSUAGROは、以下を呼びかける。

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右派「死の部隊」 教員組合リーダーを殺害

ANNCOLニュース
2003年1月15日
コロンビア治安部隊と結びついている「死の部隊」が労働組合のリーダーをさらに一人(この度はコロンビア東部のタルネの町で)殺害したことで、労働組合の指導者たちは、ウリベ大統領が「あらゆるところで」戦争を強化していると批判した。 (コロンビア中央労働組合連合[CUT]、2003年1月15日)


コロンビア中央労働組合連合(CUT)は、世界に対し、コロンビアにおける労働組合員殺害、特にCUT組合員の殺害を批判するメッセージを送る。

2002年には170名以上の労働組合員が暗殺された。 ウリベ・ベレス大統領は、毎日「もうこれ以上暗殺は一つとして起きないだろう」と繰り返しているが、実際には、あらゆる側面で、ウリベ大統領が仕掛けた戦争は激化している。

労働組合運動に対して仕掛けられた攻撃のまた別の一例に、ホセ・マルセリノ・ゴンサレス暗殺がある。 ホセは教師で、コロンビア北東部のアラウカ州タメ市にあるフロイラン・ファリアス・カレッジの校長だった。 2003年1月13日に起きたホセの殺害は計画的なものであった。

ホセ・マルセリノはアラウカ教員組合(ASEDAR−FECODE)に所属する学校長組合の委員長だった。

われわれは、社会運動に参加する人々への暗殺が終わりを告げるまで、暗殺を批判し続ける。 改めて、コロンビアの人々に対する皆さんの連帯をお願いする。

ドミンゴ・ファラエル・トバル・アリエタ、CUT人権部部長、2003年1月13日ボゴタにて

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準軍組織 リオ・シマタラ渓谷に進出

ANNCOLニュース
2003年1月8日
人権団体によると、300人規模の「死の部隊」が、コロンビア中部のリオ・シミタラ渓谷に侵入したという。 この右派「死の部隊」は、すでにモーター付きの小舟で近くのマグダレナ川を巡回している。 コロンビア軍はそれを黙認している。 (ANNCOL、2003年1月8日)


国際人権団体エキポ・ニスコル発の情報によると、200名以上の準軍組織が2002年12月29日以来、ラ・イェ・デ・バリオとサン・ルイス・ベルトランに姿を現したという。 両地域はそれぞれヨンド市の中心から25分・45分のところにある。 ヨンド市には、コロンビア軍部隊プラン・ビアル/エネルヘティコ・ナンバー7の基地があり、国家警察の警察署もある。

2003年1月7日、準軍組織にはさらに100名が強化され、サン・フランシスコに進出を開始している。 準軍組織は、「われわれはサン・フランシスコに進出し、いかなるコストを伴おうともそこにとどまる」と宣言したという。

これにより、サン・フランシスコ地方とアンティオキア州ヨンド市の市政下にあるビエトナム村、ハボナル村、ノテ・パセス村、プエルト・マティルデ村が「死の部隊」の脅威にさらされることになる。

準軍組織は同地方で集中的な作戦を行う準備をしているようである。 2002年12月末以来、兵士の再訓練と称して、バランカベルメハでリクルートした70名を含む300名のメンバーを結集させている。

1月6日には、海軍基地から5分のところで、バランカベルメハからバジェ・デル・リオ・シマタラに向かう水上バスが準軍組織のカヌーに衝突され、25歳の女性と33歳の男性および2名の子供からなる一家族が拉致された。

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